王都防衛戦 ⑻王都を開門させる男
「黒龍、東の不死の軍勢を片付けるから向かってくれるかい?」
黒龍は少し低空に高度を変え、気まぐれにワイバーンなど翼竜の類いを熱線や火球で蹴散らしながら飛行した。
まるで、歩きながら石ころを蹴ってる子供の様な気軽さだ。
下の様子を見ながらアイーシャが言った。
「ロキ様、こいつら……変じゃないですか?」
「うん、前の討伐の時と微妙に違うよね。具体的にはわからんけど、人間で言えば人種が違うみたいな感じかな?」
そう、北側にいたオーク等も牙や角が大きく張り出し、またサイズも前より巨大で、何より凶暴さが増している様に見えた。
翼竜の類も、前なら黒龍の姿を見るだけで逃げ出し、追いかけるのに苦労したが、今回はその様子も無い。
「何処かから新しく沸いてるんだろう、全面リニューアルにつき新商品大量入荷ってやつさ、飽きなくて良いじゃん。……問題は誰がやっているのか、だね」
言葉とは裏腹に、ロキは真剣な顔で何やら考え込んでいる。
アイーシャはロキの顔を見ながら思った。
(こんな表情は、その日シアターで何を鑑賞するか決める時と、夕食のメニューを決める時にしか見せない……じゃあ毎日じゃない、クスッ)
「いててっ!頭いったぁー!」
ロキは頭を抱えて痛がった。
「記憶の奥に触れると頭痛くなるから止めだ!目の前の事を処理する!そして、俺はゆっくり温泉に浸かるのだー!」
「そうですね、無理しないで下さい。痛がってるロキ様なんて、私見たくありません……」
「お、う、うん、ありがとうアイちゃん……」
(アイちゃん、シリアスからデレの振り幅大きすぎるんだよなぁ……でもそこが良いんだけど、ね!!)
「でもさー、最初に出会った時が俺一番痛がってたと思うんだけど」
「エラの土魔法ですね!エラとサラ、元気にやっているかしら……」
アイーシャが懐かしく思っていると黒龍が東側上空に着いた。
黒龍は一気に高度を下げ、熱線で不死の軍勢を焼いていく!
「ちょっと黒龍、焼くな焼くな!BBQにしたら余計に臭いから!」
黒龍が不満げに小さく咆哮した。
不死の軍勢は焼かれた死体を乗り越えて更に城壁に押し寄せる。
「降りたくねー、黒龍も絶対臭い移って臭くなってるわぁ……って、ん?あいつら人間の遺体かぁ」
「そうですね。可哀想に、今回の再侵攻で犠牲になった王国民だと思います」
「黒龍、悪いが王都の内側、東の城門前に着陸してくれるかい?」
黒龍が東側城門前に着陸した。城門前は王都防衛の兵団が待機していた。黒龍の着陸に驚いている。
「おぉ、黒龍、と言う事はロキ殿がとうとう出陣されたのか!何とかなるかもしれんぞ!」
「おおー!!!」
「おおー!じゃない。さっきまで死刑台の前の囚人みたいな顔してたくせに……」
ロキはキャノピーを開き、コクピットから降りながら言った。
「ロキ殿、直接お会い出来て光栄の至り、私は王都東防衛隊を指揮しております……」
ロキは相手が名乗ろうとするのを手で制した。
「ごめん、名前はいいや、どうせ覚えられん」
「ロキ様、武人にとって名乗りは大事な儀礼です。前にも言いましたよね?」
アイーシャが耳元で低く言った。
ロキは仕方なく名前を尋ねた。
「えっと名前は?ルイードザルエラファンバイーズ3世……」
「アイちゃん?覚えてね」
「はい覚えました、ルイードさんです」
「え、超短縮した、ずるいだろ……」
ロキは手を叩いて仕切り直した。
「さてと」
ロキは徐に両手を掲げて、何やら呟きながら結界を張り替えた。
「これで良し。ルイード、東の城門だけ開いてくれ」
「な、何を仰るロキ殿!奴等が雪崩れ込んで来るではありませんか!」
「いいかい、簡潔に指示するよ?城門を開けたら当然、不死の軍勢が結界を抜ける、魔族は死んで取り込まれるが、例外的に人間の遺体だった者は死ぬ直前の状態で生き返る。そうフィルターを追加してある」
「だが、生き返ったとは言えさっきまで死んでた訳だからすぐに元気一杯と言うわけにいかない。腕がない者、内臓がやられている者もいる。だから治癒魔法が使える兵は全力で回復にあたるんだ」
「しかし、残念ながら頭が無いものや、内臓が酷くやられている者はまた即死してしまうだろう。それは諦めろ。命が繋げられる者から優先的に治療、回復するんだ」
「それからルイード、北門から西門全てを回って治療が可能な者は此処に集めろ。職種は問わない、戦士だろうが荷物持ちだろうが治癒魔法が使えるものは全てだ。あとな、あの城壁で結界を守ってる魔法士達も結界は破られないから治療を手伝う様に指示してくれ」
「わ、わかりました……」
「国を支える国民がいなければ、城を守っても意味が無い。今、お前らが出来る最重要ミッションだ。従わないものは黒龍が片っ端から喰らうとロキが言っていると伝えろ、わかったら急げ!」
ルイードが副官に指示を与え、自分は鎧を脱ぎ捨て走り出す。
城門がゴゴゴと音を立てて開かれる。
城内の兵団は各々緊張した面持ちで待ち構える。
あの不死の軍勢が再び人間に戻るとは彼らには想像出来ていない。
アイーシャは胸の前で両手を組み合わせ祈っていた。
「どうか、生き返った人々が回復し再び笑顔を取り戻せます様に……」