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ラーメンたべたい


 ウィガンの寝室に1人残されたローズマリー。

ふうっと深いため息をつくとゆっくりベッドへと歩み寄り、乱れた寝具を直した。出来るだけ綺麗にベッドメイクすると、もう一度ため息をつく。

 

「ここに戻って来られるのかねぇ、あの人は」


 ウィガンを愛していたわけではない。お気に入りの男、遊び相手、復讐の道具。掌の上で転がしていたはずなのに、愛想を尽かされ捨てられた。まだ利用価値があるはずなのに……いや、それしか無いから捨てられたのか。


 ベッドの足元に座って大きな窓の外を眺める。そこには宇宙でも稀に見る美しさの水と緑の惑星、地球があった。

「綺麗だねぇ、本当に綺麗だよ……ロキもろとも破壊しようなんて思ってごめんねぇ」

 これを聞いたら、ロキを始め、巻き込まれた関係者は、今更何を言ってんだこの女、と思うだろう。しかし、こういう性なのだ。その証拠に、彼女の頭の中では地球の日本の名曲、ちあきなおみの『ねぇあんた』がリピート再生されているのだった。歌の主人公からすれば、重ね合わされてはいい迷惑である。


『ねぇ あんた なんでそんなに不機嫌なの あたし何か言っちゃったかしら』

 ローズマリーは歌の一節を口ずさみながら転移魔法陣を出した。


「さてと、ラーメン、ラーメン。家系? それともがっつり系? がっつり系は店のマナーがうるさくて店主をヤっちゃったことあるからね、家系にしようか」

 全くこの女は……である。


 ブゥンッ


 ローズマリーの魔法陣は高級住宅街の路地裏に現れた。日本は既に昼間となっている。これから目指すラーメン屋は高級住宅街にひっそりとオープンする家系ラーメンの名店である。あっさりとしているがコクがあり、縮れ麺との相性が良い。それに海苔とチャーシューを増量し、半ライスと一緒に食べるのが、彼女のパターンだ。


 住宅街はいつにもましてひっそりとしている。しかし、どこからともなく聞こえてくる大音量のアナウンスで静寂は破られた。

 

「こちらは防災◯◯です。現在、政府から、緊急事態における自宅待機指示が発令されています。住民の方におかれましては速やかに帰宅、帰宅が困難な方は最寄りの災害避難所に移動し、政府からの指示があるまで待機して下さい。繰り返します……」


「あらあら、大変な騒ぎだねぇ。だから人がいないんだね」

 事の発端、張本人とは思えない台詞である。


 目的のラーメン屋に近づくと、店主がシャッターに手をかけていた。開けたのか、下ろすのかわからないまま声をかけた。

「あら? ご主人、もしかして閉店かしら?」


 ラーメン屋の主人はこちらに目を向けず、構わずシャッターを下ろしながら言った。

「これから宇宙人が攻めてくるんだ、ラーメンなんか作ってられねぇよ」

 そう言って振り向いた。

「あぁ、あんた、たまに来る外人さん、何してるんだい? 早く帰んなよ」


「ラーメン作っておくれよ」


「あんた外人さんだから事情がわかってないかもしれないけどね、アレ見える? 宇宙船! 5kmもあるとんでもねぇのが地球に絶賛接近中だ。話じゃ地球に攻撃する手段は無いんだそうだ。俺はこれからバイク飛ばして近くの地下鉄まで行かなきゃならねぇ、家族が先に向かってるからな」


「地下鉄は動いてるのかい?」


「んなわけねぇ、公共交通機関はぜーんぶストップだ。でもな、地下室がある家は別だが、攻撃されたら地上の建物は全滅らしい。だからみんな地下鉄とか地下街とか、とにかく深い所に殺到してるらしいぜ、だからあんたも……」


「一杯だけ、頼むよ。ね?」


「あんた……話聞いてたかい?」

 店主は呆れてさっさと店仕舞いを終え、バイクで去ってしまった。


「なんだい、ケチ!」

 そう言ってローズマリーは転移魔法陣を出す。

 

「そうだ、有名な繁華街ならまだやってるかもしれないね!」


 ◇

 東京有数の繁華街を彷徨うローズマリー、訪れたラーメン屋は全てシャッターが閉まっているか、店仕舞い中だった。

「ラーメンたべたーーい、半ライスつけてーー」

 変な替え歌を歌いながらまだ探し続ける。ラーメン屋どころか、飲食店の全てが閉店している。


 デパ地下に向かえーー!

 デパ地下は全部もう占領されてるぞ!

 じゃあ地下街だ!どこでもいいから地下への階段探せ!

 駄目だ!階段から人が溢れてる!


「まさにパニックだねぇ……おや、おやおや?」

 ローズマリーの目の先に黒いビルが見えた。一階の暖簾には『手打ちラーメン オヤマダ家』。

 都内に5か所あるというオヤマダザワールドレストランビルヂングの一つであった。店から支配人らしきタキシードの男性が出てきて暖簾に手をかけた。


 ローズマリーは駆け寄って叫ぶ。

「オヤマダの店だろう? お願いだよ、ラーメン食べたい!」


「申し訳ありませんお客様……ん、もしかして小山田社長の来賓の方ですかな?」

 支配人は断りを入れようとしたが、社長の来賓と聞いて手が止まった。


「そうさ、オヤマダとは長い付き合いだよ!」

 会ったことがあるのはオヤマダに化けたユーベだけであるが。


「……畏まりました。非常事態ではありますが、小山田社長の来賓でしたら無碍に断わるわけにも参りません。こちらへどうぞ」

 支配人は暖簾をしまい、ローズマリーを店内に案内した。


(オヤマダ本人とは会ったことないけど、姿は一緒だから嘘はついてないよ)

 長々と探し歩いて辿り着いたラーメン屋が、誘拐を企んだオヤマダの店とは皮肉なものであった。


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