溺れかけのレイス
ウィガンの脳裏からいまだ消えぬグライネの面影。失ってから惑星どころか銀河を代表するような数々の美女を求め、共にしてきたが彼女に勝る女性は遂に現れなかった。
グライネの喪失は覇道の邪魔になると、一時の感情で犯してしまった自らの行い。どれほどの覇道を突き進もうと、ウィガンの心の傷は事あるごとに疼くばかりだった。
その傷を穿り返したのはよりによって覇道の先にいるロキであった。
「グアァァァーーッ」
ゴゴゴゴゴゴ……
ドゴーーーーッ!ボゴッ!ボゴッ!
ウィガンの気合いと共に部屋全体がガタガタと揺れ出し、足元の床が割れ始めた。
「おーーお、怒ってる怒ってる。なんで?」
「何でって、グライネって人の名前出したからでしょ!」
「アイーシャ、ちと下がれ」
レイスが指示する。広げたその両手からは魔力が溢れ出ている。
「深き地中、滴る水の音、湧き出ずる水の音、集りて我が手中にあり……滾れ魔力」
広げた両手を胸の前で合わせウィガンを狙うレイス。
「あっ、待てレイス!」
なぜかロキは止めたが、詠唱は止まらない。
「水界幽封」
地獄の井戸で30mの巨大ゴーレムを木っ端微塵にした、あの術である。
ピンッ、ピンッ、ピンッ、ピンッ……
ウィガンを四角い黒線が囲う。
ゴゴゴゴゴゴ……
黒線で囲まれた中が水で満たされる。
その後は「深」に繋いで水圧を上げ、破壊に至る。
そのはずだった……。
尚も気合いを込めるウィガンの顔まで水で満たされるその直前、ウィガンが一瞬にやりと笑ったように見えた。
「ウラァァーーッ」
バリバリ……バリンッ
ウィガンの咆哮と共に、割れる水界幽封の結界。地獄の井戸では巨大ゴーレムが力尽くで割ろうとしてもゴムのように伸びてそれを許さなかったものをウィガンは気合い一閃、破壊してみせた。
そして、ウィガンはなんと広げた両手をレイスに向けて胸の前で合わせた。
「スイカイユウフウ」
ロキはやはりとばかりに防御結界を展開しようとするが、一瞬間に合わなかった。
防御結界の内側、自らの術で水中の人となろうとしているレイス。結界を割ろうと必死にもがく。
「レイス、待てって言ったじゃん。しかも自分の術返されて破れないとか……ホントお前、おもしれー奴だな」
ロキはそう言ってレイスを囲む結界に指で切れ目を入れていき、コンコンとノックした後、軽く力を入れて裏拳で殴った。
バリバリバリ……バリンッ
結界は割れ、水が溢れ出た。レイスが膝に手を付き咳き込みながら水を吐く。
「ゲホッゲホッ、ロキはわかっていたのか?」
「いんや、だけどアイツが最強とか言われる理由をずっと考えてたんだけど、だいたい強い奴って無効系か反射系を持ってるじゃん? 好戦的で侵略するような奴は防御に特化した無効系よりリフレクトしてくるんじゃないかってね」
ロキはレイスを止めた理由をいつもの飄々とした調子で答えた。
「ロキ様って意外と考えてるんですねぇ……」
アイーシャはロキが珍しくロジカルなことを言うので褒めるつもりで言うが、全然褒めてなかった。
「ちょっ、意外とって失礼だろ、アイちゃん……」
同じようなことを前にも言われた気がするが、覚えてないロキ。
「すまん、ロキ。俺の浅慮であった……」
レイスが失態を素直に謝罪する。
「まぁいいさ、お前が溺れかけたお陰で術系をリフレクトすることはわかった。後は物理がどうか、ちょっとぶん殴ってくるわ」
「そんな簡単に……」
軽く言うロキに呆れるアイーシャ。
「アイちゃん、レイス。RPG攻略のコツは、レベルを上げて物理で殴れ、だぞ?」
ロキは防御結界を真っ直ぐ進み、それを身に纏いながらウィガンとの距離を詰めていった。