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異世界に転生する話。  作者: 加藤凛羽/潮もずく
第1章 1年生編
4/5

諦観と方言と入学式。

 4


 蝉の合唱が尾を引き、アンコールの余韻が残る9月。

 魔力風と偏西風の影響で湿った冷たい大気が西側の海岸からやってくる頃、私は6歳になっていた。


「今日から学校、楽しみだね!」


 そう言って隣を歩くのは、新しい制服に身を包むレヴィアだ。

 ふわふわの金髪とご自慢の広い額、腰から伸びる白い鳥の翼が、白地に青いスカーフのセーラーによく似合う。


 小さな体には少し大きめのサイズ感がまた新一年生っぽくて可愛らしく、天真爛漫な笑顔が、まるで夏の体現者のようで眩いばかりだ。


「そうだね」


 朝から元気が良すぎて、テンションについて行くのが少ししんどいので、笑みを浮かべて首肯するだけにとどめる。


 レヴィアとは幼馴染の関係になりつつあった。

 寺院での実習中や休憩の合間によく話しかけてくるようになったことがきっかけだったように思う。

 彼女の魔法の練習に付き合ったりしているうちに打ち解け、今ではたまに、お互いの家にお邪魔することも増えていた。

 

「寮生活、楽しみだなぁ。

 わたし、自分の部屋とかなかったからさ!」

「でも、寮って相部屋だって聞いたよ?」

「あいべや?」

「自分だけじゃなくて、他の人も一緒に使うってこと」

「えぇー……」


 知らなかったのか、先程まで元気にピンと立っていた腰の翼が、目に見えて萎れていく。

 心なしか、自慢の広いおでこの輝きも若干薄れたような気さえした。


「まぁ、子供だけで生活するのも危険だし。

 優しい先輩に当たるといいね!」

「うぅ、それもそっかぁ。

 できればかっこいいお兄さんと同じ部屋になりますよーに!」


 ……もしかすると彼女は、面食いなのかもしれない。

 変な虫がつかないように、ちゃんと守ってあげないとなぁ。


 ***


 冒険者学校までは、乗合の辻馬車──幌馬車を改良した、前世で言うところのバスに相当する──に1時間ほど乗って、隣町まで移動しなければならなかった。


 私は、重いキャリーバッグを身体強化の魔法で引き上げると、同じくレヴィアのそれも馬車の中に引き込んだ。


「ありがとうリューちゃん!」

「どういたしまして」


 ちなみにこのキャリーバッグは、まだこの世界にはこの2つしかない代物だったりする。

 学校の寮まで運ぶのに、重い旅行鞄──しかも車輪がついていない手提げの硬い鞄。よく中世を舞台にした洋画で見かけるやつ──を担いでいくのに耐えられず、苦渋の決断として作ったのだ。


 勿論、私の力だけではどうにもできないので、フィレンツェの元Aランク冒険者としてのコネを使って作ってもらったものだ。

 設計図を作って渡しただけだったが、1ヶ月もしないうちに作ってもらえるとは思わなかった。


(生前、キャリーバッグの修理なんてレアなバイトしててほんとよかった)


 しかもハンドメイドっていうのがまた役に立った。

 構造とか必要な部品の細かいところまで網羅できていたからこその再現力。

 アルミがあまり普及していなかったせいで木製革張りになって重くなってしまったのは難点だが、軽量化のルーンを後で仕込んでおいたので、実質、内容物の重さだけになるくらいには成功した。

 ……とはいえ、このアイデアを売ったせいで、将来のビジネスプランにヒビが入る心配ができたことだけは、憂慮するべき事態かもしれない。


 ……いや、むしろ発案者としてポートフォリオに加えたと思えばむしろプラスかも。

 あぁ、でもどうだろう?

 フィレンツェでさえ、女性だから開発者として見てもらえない可能性あるんだよなぁ。

 だから子供の私が発明したテイにはまだできないか……。


 うん、やっぱりマイナスかもしれない。


(なんとかして男装もできるようにしないと、クリエイターとして生きるのは難しそうだな)


 物珍しそうに鞄に視線を向ける、同い年くらいの生徒たちを無視して、私とレヴィアは歓談を続ける。


 寮の食事はどんな風だろうとか、授業では何をするのかとか。

 ……あと、お尻の下に敷いたクッションから伝わる振動で車酔いを催してきて、思わず窓から吐いたりとか。


 そういう他愛もない話を延々と続けられるのは、彼女の美点だと思った。


 私、前世ぼっちだったから、友達と何を話していいかとか全然わかんないからね……。

 こういう子はマジで助かる……。


 そうこうしているうちに目的地も目前に迫り、辻馬車は足を止める。

 私たちは運賃の1コルと3ピンスほどのチップを御者に渡すと、冒険者学校前駅から正門まで向かっていった。


 ***


 冒険者学校の風体は、一言で言えば巨大なお屋敷の様相をしていた。

 広い庭を囲むように、コの字型に建てられた3階建ての校舎は、赤煉瓦を巧妙に組み合わせた洋館の風貌を思わせる。

 前庭の噴水は大きく、その中央にはおそらく初代校長らしい銅像が緑青(ろくしょう)を纏っていて、かつての威厳を振りかざすように剣先を高々と掲げていた。


「偉い人って、なんで自分の銅像を作りたがるんだろうね?」

「んー、目立ちたがり屋だからかな?」


 ぽつりとつぶやいた疑問に、レヴィアが適当に答える。

 きっと、多分その通りなのかもしれない。


 けど、わたしとしてはもう一押し欲しいところだ。

 せっかく魔法があるんだし、何かギミックを──


「あ、リューちゃん、入学式こっちだって!」

「うぁあっ!?」


 思考の海に浸りかけたところを、彼女の強引な誘導によって現実に引き戻される。


 ちくせう、何かいいアイデアが閃きそうだったのに、と内心愚痴をこぼすが、そんなことを言ったところで仕方がない。


 私は彼女の柔らかな手の感触を感じながら、入学式の会場へ急いだ。


 会場──第1体育館は、沢山の人でごった返していた。


「2つ空いてる席ないかなぁ」


 人の隙間を縫いながら、周囲をクルクルと見渡していると、1人、赤毛で頭から生えた2本の角が特徴的な女の子の隣が、ちょうど空いているのを発見する。

 あの腰から生えた赤い鱗に覆われた太いトカゲのような尻尾から察するに、おそらく種族は竜人族だろう。


「レヴィア、あそこ」

「あ、ほんとだ!

 ねぇ、そこ空いてる? 座っていい? いいよね、ありがと!

 わたしレヴィア! 君はなんていうの?」

「な、なんだなんだ貴様ら!?

 一気に話しかけるでないわびっくりするじゃろが!?」


 傍若無人にグイグイと詰め寄るレヴィアに、赤髪の少女が身を引きながら叱咤するのを見て、ちょっと懐かしい気持ちになる。


 私も初めて話しかけられた時こんな感じだったなぁ。


「わかる」

「何がじゃ!? というか貴様はこいつの友じゃろ!? ちょっとは止めようとしろよ!?」

「いつものことだからつい……」

「え、わたしリューちゃんに呆れられてるもしかして?」

「呆れてないよ、諦めてるんだ」

「もっと酷かった……」


 彼女の行動力というかお転婆は、寺院の頃からのものなので慣れっこだった。

 冒険と称して入ってはいけないと言われていた宝物庫に侵入しようとしたり、それで寺院のお坊さんに叱られて1時間坐禅させられたりはしょっちゅうで、それに振り回され続けた結果、私は1つの悟りを得た。


 レヴィアは制御できない。

 ならば私は最小限に被害を抑えるのが役割なんだ、と。


「役割守れてなくないか?」

「ごもっともで」


 赤髪の少女──アレジアのツッコミに力無く首肯する。


 最小限に被害を抑えたいなら、あそこで『わかる』なんて共感を口にする前に、謝罪の言葉でも口にして少しはフォローを入れるべきだった。

 しかし、あまりの共感の大きさに、思わず口をついてしまったのだ。


 6歳の体で1時間超の旅路に疲れた、という言い訳が成立するなら、それで許して欲しい。


「まぁ、ずっとそんな感じじゃったら、疲れるのも頷けるわなぁ」


 呆れた様子で話す彼女に、私は苦笑いを浮かべる──隙もなく、ふと気になったのだろうレヴィアが、私越しに顔を覗かせて


「ねぇ、アレジアちゃんって、なんでそんなおばあちゃんみたいな喋り方してるの?」

「おばっ!?」

「レヴィア聞き方……」


 額に手を当て、項垂れる。


 しかし、それは私も気になっていたところだった。

 実はこう見えて結構年上だったりするのかなとか、あるいは厨二病的なやつなのかなとか。

 6歳で厨二病は流石になさそうだし、おばあちゃん子で、その口調を真似ていただけの可能性もあるかもしれない。


 しかしレヴィアよ。

 いつも思うけど考え無しに口を開く癖は改めた方がいいよ……。


「はぁ、まぁいいわぃ。

 貴様がそういうキャラなのはもう分かったからな」


 私と同じ悟りにたどり着いたのか、諦めたような顔で説明を始める。


「この喋り方はな、ホーゲンというやつよ」

「ホーゲン?」

「あー、地域によって、喋り方がちょっとずつ違うんだよ」

「へー、 リューちゃんさすが物知り!

 ということは、アレジアって外国人なの!?

 すごい、わたし外国人って初めて見た! 握手していい!?」


 目を輝かせて両手を差し出すレヴィアに、微妙な顔をしながらもリクエストに答えるアレジア。


「なんでそうなる……」

「なるほどそういう発想はなかった……」

「そして何で貴様は理解しとるんじゃ……」


 違う地域=外国というのは、さすが子供らしい感想だとちょっと感動した、なんて言ったら上から目線っぽいので心のうちに秘め、とりあえず『なんとなく?』と返しておく。


「それで、アレジアってどこの人なの?」

「うむ、わっちやぁ北方のボレアスティア領出身じゃよ」


 ボレアスティア。

 かつて、人魔大戦後期において戦場の最前線だったと寺院で習った記憶がある。

 たしかフィレンツェの出身は中でも南部……訛りが強いことを考慮すると、彼女はもっと北の方の出身なのだろう。


 なるほど、だからおばあちゃんみたい、か。


 私は先ほどのレヴィアの反応に1人納得しつつ、体育館に反響するチャイムの音で、壇上へと視線を向けた。



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