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異世界に転生する話。  作者: 加藤凛羽/潮もずく
第0章 転生、そして寺院編(前世から5歳まで)
2/5

日食、そして道標。

 2


 4歳になった。

 1年も過ごすと、この世界のことがなんとなくわかってくる様になる。


 まず、この世界はいわゆる、剣と魔法の世界だ。

 ありふれた世界観で、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっている。


 建築は基本木骨煉瓦造で、電気の代わりに魔力が使われている……らしいが、いわゆる所の家電に相当するものは、一部のお金持ちに許されたものの様で、うちでは蝋燭が一般的だった。


 唯一、水道だけは魔導具の蛇口があるくらいが関の山。


 これがあることで井戸まで水を汲みに行く必要がないのは、母子家庭の我が家にはとても助かった。


 そう、この家には父親がいない。

 母は魔導具関係の会社で受付嬢の様なことをしている様で、昼間のその仕事の間は、近くの寺院に預けられることになっていた。


 寺院、と言っても何か特定の神様を信仰する宗教があるわけではない。

 雰囲気としては八百万の神々を奉る自然崇拝に近く、場合によってお願いする神様がさまざまに変化した。

 日本の神道に近いイメージなのだろうか?

 宗教にはあまり詳しくないが、決まった教義が無いということだけは、日本と親近感があって居心地が良かった。


「では、本日もよろしくお願いします」


 母、アリューシャが頭を下げるのを尼さんの手を繋ぎながら見送る。


 私は、彼女が仕事を休んでいる姿を見たことがなかった。

 いつも日が傾き始めた頃に迎えに来て、疲れ切った表情を奥に隠しつつも笑顔を向けてくるその姿が辛くて、何度休んで欲しいと訴えたか数えきれない。


 しかし彼女も生活があるからと言い訳して応えてくれず、このままでは過労死してしまうのではと少し心配だった。


「リューちゃんは優しいねぇ」


 そんな悩みを打ち明けると、尼さんはシワシワの顔に笑みを浮かべながら私の頭を撫でる。

 その笑みは慈愛に満ちている様で、しかし困惑も混ざっている様に見えた。


「でもね、働かざる者食うべからずなのさ。

 アパートの家賃、君をここに預けるための費用、その他諸々を考えると、女手1人でここまで育てるのは、すごく大変なのだよ」

「……」


 どこか遠い目をする尼さん。

 きっと、今まで色々あったのだろう。

 それが何かを知るには、まだ私は幼すぎるのかもしれないが。


「まぁ、それでもお前さんがお母さんを助けたいって言うなら、方法がないわけでも無いんだよ」


 唇を尖らせ、視線を落とす私を、無骨で大きな手でわっしと頭を撫でるのに驚き見上げる。


「方法?」

「そうさ、女でも大金を稼ぎ、親を楽させる方法。

 しかし、命の危険と隣り合わせな一世一代の大博打──冒険者だ」


 悪い笑みが、まるで日食の様に隠れた。


 ***


 尼さん──フィレンツェは元冒険者だったという。

 人魔大戦時代を僧侶(クレリック)として戦場を駆け抜け、数々の武勲を挙げた元Aランクだった様だ。


「まぁ、今は腰をやって、こうして寺院に隠居しているがね、昔はブイブイ言わせてたもんさ」


 後をついてくるように、と言った彼女の背中をついて歩きながら、彼女の昔話に耳を傾ける。


「人魔大戦時代?」

「昔はね、北蛮人(きたばんじん)──っと、今じゃ差別用語か。

 ノーブル族と、その他の人類が種族の存亡をかけて戦争をしてたのさ。

 どっちが始めた喧嘩だったかは忘れちまったが……いくつもの国同士が徒党を組んで大喧嘩して、いっときは文明が滅びかけたこともあった……。

 まぁ、お前さんにゃ想像もできんだろうがな」


 前世の歴史で言う所の世界大戦のようなものだろうか。

 かつてヒトラーが始めたとかいうナチスの行きすぎた人種差別が生んだ悲劇。

 おそらく似たようなことがこの世界でも起きていたのだろうと推測する。


「わしは当時、冒険者でね。

 そりゃあもうすごい功績を取ったもんさ。

 勲章なんて1つや2つなんてものじゃなかったんだぜ?」

「冒険者……って、兵士みたいなものなの?」

「ん? んー、まぁ、似たようなもんさ。

 歴史の話をすると長くなるから割愛するが、魔物をぶっ殺して人を守るって面じゃあ、兵隊とそう変わらんね。

 違うのは、なんでも金で動くことと、決まった君主を持たないことだな」


 なるほど、要するに傭兵ってことか。

 ということは、前世で読んだラノベとかと、設定上はあまり変わりがないかもしれない。

 Aランクなんて言っていたから、たぶんランク制の部分も結構似てるかも。


 なんて話をしていると、寺院の奥の薄暗がりにひっそりと佇む扉の前にやってきた。

 フィレンツェは鍵束を懐からジャラジャラと取り出すと、数回悩むように鍵の先端を睨んでから、ようやく1本を選んで解錠した。


「ここだ、入りな」


 廊下の自然光が、舞う埃を反射する。

 カビ臭い匂いがつんと鼻につくのに、彼女は眉を顰めて舌打ちする。


「こりゃ、目的のブツもちゃんと残ってるか怪しいな」

「……あの、ここ、何があるんですか?」


 見渡す限り、木箱、木箱、木箱。

 物の代償はあるが、長持ちに詰め込まれ蓋と鍵がされているので、一見してただの倉庫にしか見えなかった。


「冒険者時代の品だよ。

 目指すんだろ?」


 空中に何やら指を走らせながら一瞥するフィレンツェ。


 正直、迷いがないと言えば嘘になる。

 母を助けたいという気持ちに嘘はない。

 しかし、それに対して命をかけられるかと聞かれると即答しづらい面があるのもまた事実だ。


 そんな風に言い淀んでいると、フィレンツェが指を止めて口を開いた。


「別にならなくてもいいさ。

 ただ、今ここで諦めたら、この世界で生きてくことに苦労することだけは確かだがな?」

「苦労……?」


 小首を傾げる。


「言ったろう、女は仕事するのが大変なんだよ。

 そもそも、まともな職につけるかだって怪しい。

 何か手に職つけてた方が、この先何かと便利なのさ」


 言われて、確かにと納得する。

 この世界はまだ文明が未発達だ。

 日本のように男女共同参画社会が成立していないのなら、冒険者としてのアドバンテージは、今のうちに育てておいた方がいい気がする。


 私にチート能力はないけど……無いなら無いなりに、頑張ってみてもいいかもしれない。


 不意にカビ臭い臭いが消える。

 ハッとして顔を上げてみると、それまで埃っぽかった部屋が、まるで新品のように綺麗になっていた。


 ***


 彼女が最初にプレゼントしたのは、古びた本だった。

 かなり重くて1人で持ち上げるのが大変だったが、これも冒険者になるための筋トレだと思えば、自然と苦ではなかった。


「この本は、魔法の基本的な使い方が書かれている教本だ。

 これから毎日読み聞かせてやるから、それで文字と魔法の使い方を覚えろ。

 文字の読み書きは冒険者の必須スキルさ、読めるだけでも収入が一桁違うぞ?」


 というのは、彼女に最初に言われた言葉だ。


「一桁!?

 そんなに違うんですか!?」

「あぁ、文字の読み書きは知識階級以上の特権だからねぇ。

 おまえさんが男なら、二桁は違ったろうさ」


 ぐぬぬ、男ずるいな……。


 ちなみに、魔法が使えるかどうかでは収入は変わらないらしいが、低級でも治癒魔法を覚えていれば収入は上がるらしい。

 というわけでその日から私は、フィレンツェから文字の読み書きと魔法の基礎を教わることになった。


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