蒼天、雲を貫く。
0
蒼天に白亜の塔が突き刺さる。
入道雲が蝉時雨を連れてくる頃、私の喉の渇きは体表の汗の量と反比例していた。
豪雨と乾天のイタチごっこに精神が振り回されるこの時期。
結局100を超える会社からどこも内定を受け取れないでいた私は、盛大なため息をつきながら天を仰ぎ見た。
「スーツが暑い……」
生まれる世界を間違えたと後悔するのは、これで何度目だろうか?
自分に向いた職がこれっぽっちもないことを就活エージェントから指摘されまくり、然しそのくせ精神的にも肉体的にも健康で在るがために、働かずにお金をもらって、ただ生きることすらさせてもらえない社会的弱者を改めて自覚する。
せめて、大学生の頃に作家になるという夢をクリアできてさえいれば、こんなことにはならなかったのに。
「あ、やっべ」
家に水筒を忘れたのが運の尽きか。
はたまた、精神的な疲労も併さってか。
天が落ちてくる不思議な浮遊感に身を委ねるしかなかった私は、その重い頭を勢いよくアスファルトに打ちつけた。
享年、22歳。
加藤凛羽、此処に眠る──。
1
物心のついた時というのが、正確にいつかを知る者は、おそらくこの世で私しかいないかもしれない。
立ち上る白い雲を見上げる煉瓦造りの街並みの狭い空が、デジャヴの様に重なる。
蝉の騒音を夏の訪れと聞き分ける銀色の猫耳がヒクヒクと細かく震え、喉の渇きを訴える汗を手の甲で拭ったのは、僅か3歳の頃だった。
「リュー?」
あまりの暑さに座り込み、影の中に避難する蟻の行列をぼうと覗き込んでいると、少し向こうまで籐籠を提げて歩いていた母親らしき人物が、こちらに声をかけるのを受け止める。
珠の様な汗が、蟻たちに恵みの雨を与えるのを他所に、この記憶の断片たちは私の脳を侵食した。
「ほら、うちまでもうちょっとなんだから」
手を差し出す彼女に、私は2本の尻尾をフリフリと揺らすことしかできなかった。
喉の渇きに、今直ぐにでも倒れそうだ。
記憶の嵐に頭痛を感じて、私は吐き気を催すのをグッと堪える。
(熱中症だ……)
記憶の中の女性が、この症状をそう呼んでいた。
(早く、涼しいところに行かないと。
それから水と、塩分補給を……)
滲んでゆく視界の中、ふらふらと立ち上がり手を取って──そこで私は気を失った。
***
次に目を覚ました時、私はベッドの上で横になっていた。
頭にはぬるくなったタオルが置かれていて、レモンの匂いが鼻腔にかすかな彩りを与えている。
私はガンガンと鳴り響く頭を押さえながら起き上がると、ワンルームの厨房で何やら作業しているらしい女性の獣人に目を奪われた。
高い背丈。
長い銀髪。
腰から伸びる一本の尻尾と、頭に生えた三角の猫の耳。
全体的に人間と相違ない容姿をしているのに、その部分だけがまるで作り物の様に付け足されている。
「私は……」
記憶が混濁する。
幼児性健忘によるものなのか、それとも熱中症か、あるいは前世の記憶を思い出したことによるものなのか。
自分が一体誰なのかを把握するのに、しばらくかかった。
(そっか、あの時倒れて……)
あの時、というのが自分でもいつを指しているのかがハッキリしないが、しかし倒れたことだけはなんとなく覚えていた。
たしか、買い物の帰りだった。
いや、面接の帰りだった気がする。
水筒を忘れたせいで、喉が渇いて、暑くて、倒れて──。
額に手をやると、やや膨らんだ様な感触があった。
前世では打ちどころが悪くそのまま死んでしまったのだろうが、今回はどうやらたんこぶを作るだけで済んだらしい。
(前世?
……そっか、私あそこで死んだんだ……)
この体に生まれ変わった後の少ない記憶を参照しながら、当時のことを思い出す。
散々適性がないとたらい回しにされた就活人生を、もうしなくていいのだと思うと途端に安堵の涙が溢れてくる様だった。
「リュー、起きたのね、良かった!
一時はどうなることかと……」
ホッとした様子の母親らしき猫獣人に抱かれ、なんとなく全てを許された様な気分になる。
(リュー……。
そう、これが今の私の名前なのね……)
頭の中で反復し、現実を受け入れる。
死んでしまったことは悲しかったが、そんなことを嘆いても仕方ない。
今は少しのモラトリアム。
少しは甘えたっていいじゃないか。
「お母さん、ありがと」
「どうしたの急に?」
「んーん、なんでもない!」
主人公の名前思いつかんかったからペンネーム使い回しました。