からくり時計のテムル
「今日からこちらの工場で勤務させていただくトゴン・テムルと申します。よろしくお願いします。」
こうして簡潔な自己紹介を済ませると中年の社員が案内の途についた。
「君はこの手の仕事は初めてかい?」
「工場は何回かありますよ。」
「そうかい。まあ詮索はしないけどウチは少し特殊な商品を扱うからまあ油断しないことだ。まずここが便所。男女兼用で1つしかない。レーンを止めるとまずいから必ず交代要員を呼んでから便所に向かうこと。あそこが炊事場。便所の真横ね。」
金が無くなると工場から工場へと短期や長期の仕事を渡り歩いてきた自分にとっては聞き飽きた説明。眠くなる。こういう時は「哲学的夢想」をして時間を潰す。楽しかった人文系大学院時代を思い出しながら。自分はなんもしないまま工場で老いていくのだろうかという考えから逃れるために。
男性社員は長々とどうでもいい説明を終えるとようやく商品について語り出した。
「ウチで扱う商品は基本的にこの黒い袋に入ってベルトコンベアーを流れてくる。中を覗くと商品として出荷できなくなってしまうから気をつけて。」
化学物質のようなものでも扱っているのだろうか。
「君の持ち場はこの歯車だ。取手がついているからこれをひたすら回すんだ。止まると工場のラインがすべて止まるからね。」
「何故電気などの力ではなく人力でまわすのですか?」
「まあ細かいニュアンスがあるのだよ。」
持ち場に入ってひたすら歯車を回すこと5時間。自分は何のために生きていて何が楽しいのだろう。自由に用を足すことすら制限されひたすら同じ作業の繰り返し。この工場は異常に自動化されていないしどうなっているんだ。
何も起きない日々、生み出しているのに何も生み出していない日々。好きなように生きていけなくても用くらい好きにさせてほしい。そうして「私」は交代要員を呼ばずに走りだした。
その瞬間私の身体は動かなくなりすべてから永遠に解放された。これが突然死というやつだろうか?ラッキーなこともあるものだ。
いや、身体の感覚は無いのに意識は混濁していない。死後の世界はあった?助けて!
感覚的に10分くらいが経ったであろうか?巡回してる交代要員が呆れながら持ち場につくと私の身体は再び動きを取り戻し、不幸な現実世界に戻された。