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ミラージュさんは頑張りやさん!



 「……ぜぇ、ぜぇ……ミィ姉の、ぶきっちょ」


 息も絶え絶えになりながら、おねえさんはミラージュさんに一言告げてへたりこんだ。


 「……はぁ、はぁ……エリィの、ボケぇ……」


 ミラージュさんもヘロヘロになりながら最後の一言を吐き出すと、おねえさんと背中合わせになりながら黙り込んだ。


 「……でも、何で私に相談もなくいきなり運行始めたのよ」

 「……ミィ姉は、忙しいから私が連絡しちゃ迷惑だろうと思ったから……」

 「そんなの水臭いわ、姉妹なんだから……」


 おねえさんとミラージュさんはそう言いながらアハハと笑い合って、口喧嘩はおしまいになった。


 「……で、ホントの理由は?」

 「うーん、それは……」

 「……まさか、まーたエリィの悪い癖?」


 ミラージュさんがそう問いかけると、おねえさんはいつもと違い、何か言いたげにしながら口を閉じちゃってる。


 「……だって、バレたらミィ姉、必ず私も見たいって言うでしょ?」

 「……なーに言ってんの! 私も元老院第一書記よ? いちいちエリィが好みの子を見つけたからって……」


 ……と、ミラージュさんが僕の方を見ながら固まって、ピクリとも動かなくなる。うん、イヤな予感しかしないぞ。


 「……ねぇ、あそこの子……」

 「はいダメッ!! あれは私が見つけた子だからミィ姉はダメですぅ~!」

 「……ちょっとだけ貸して?」

 「だーめっ!! ミィ姉に貸したらぜぇーったいにぶっ壊されちゃうもん!!」

 「いやいやいやそんな事無いて」

 「あるもん!」


 ほら、やっぱり……イヤな予感が当たった。


 「忘れもしないわよ、ミィ姉が気に入ってうちの警護隊から一人引き抜いたでしょ? あれなんて骨抜きにされて役立たずにされちゃったもん!」

 「だーかーらー、あれは不可抗力だってぇ~」

 「ダメダメダメダメッ!! ぜぇーったいにダメ!!」

 「……ほんのちょっと! ほら、軽く挨拶するだけだから……」

 「……挨拶するだけよ? 触らない、噛まない、舐め回さない……オーケー?」

 「りょーかいですっ!」


 ビシッ、と額に片手の指先を当てながら敬礼したミラージュさんが、真っ赤なロングコートの裾をササッと手で払ってから僕の方に近づいてくる。


 「……初めまして、私の妹がお世話になっているそうで……」

 「あ、はい。いや、僕の方がお世話になってますから」

 「フフフ、そんなに畏まらなくても宜しくてよ? 自己紹介が遅れましたね、私は銀河連邦元老院の第一書記……ヘカテケリ・エルミラージュ。貴方のお名前は?」


 すごく威厳のある物腰でミラージュさんはそう言うと、僕の答えを微笑みながら待ってる。でも、ついさっきまでの口喧嘩を見たばっかりだから、長く垂らした巻き髪がドリルみたいだなとか関係ない事ばっかり思い付いちゃうなぁ。


 「はい、僕の名前は……ハジメです。第三十六拡張コロニーの、無登録市民……です」

 「エリトリアちゃんっ!! 無登録市民のコロニー外への移動及び滞在は銀河連邦法第二十一法に抵触しますわ! 今すぐ保護するわよ!」


 僕の返答にミラージュさんは笑顔を消し去って真顔になり、獲物を見つけたケモノみたいな勢いで僕に手を伸ばしてくる。でも、おねえさんが言った次の一言で、その指先は僕の目の前でピタッと止まった。


 「……あらぁ? その第二十一法って、例外としてコロニー内で治療の難しい処置や治療が必要な時は当てはまらないわよ?」

 「はぁ? こんなに血色良くて元気なのに!?」

 「そうよ? 僕ちゃんの妹ちゃんはね、感染度の高い免疫中枢干渉ウイルスに罹患してたの! だから、発症の兆候が無くなるまで隔離するって状態だからねぇ~何ならカルテ見るぅ?」


 おねえさんは得意げに言いながら携帯端末をヒラヒラと動かし、ミラージュさんはといえばワナワナと身体を震わせながら、何か言いたげだ。


 「……ふん、確かにそう書いてあるわね。でも、そんなもんエリィの捏造じゃないって断言出来ないわよ!」

 「まーまー、そこらへんはオトナなんだから、黙って敗けを認めるべきねぇ~?」

 「くぅっ、エリィにそんな言われ方される事自体が屈辱極まりないわっ!!」


 携帯端末を読み上げながら、ミラージュさんは悔しそうにしてる。どうにもおねえさんと真正面からぶつかると、いつもミラージュさんは旗色が悪いみたいだ。


 「あの、そんなに怒らないでください……僕の事なんかで……」


 何となく、ミラージュさんが可哀想になって肩の上に手を載せて僕がそう言うと、


 「……ひゃんっ!? おっ、男の子はあんまり女性の身体に気軽に触れるものではありましぇんよっ!!」


 ミラージュさんはピョコンと小さく飛び上がってから、早口でそう言って僕から遠ざかった。あれ、悪い事しちゃったかな?


 「……ミィ姉はね、僕ちゃんみたいな子に触るのは平気なんだけど……逆に触られると純情乙女みたいにダメなのよ?」

 「ち、ちょっと! 何言ってんのよ!?」

 「ほらほら、僕ちゃんを触りたいんでしょ~?」

 「なぁっ!? あ、ぷにぷにぃしてるぅ~♪」


 ……おねえさんは僕に抱きつきながら、ミラージュさんの手を僕の頬に当ててくる。うん、僕はオモチャじゃないんだけど……


 (……僕ちゃん、ミィ姉にこう言ってあげるともっと喜ぶわよ?)

 (……そ、そんな事言わせないでください!)


 「……エリィ、何か悪い事吹き込んでるんでしょ! やめなさいよ嫌がってるでしょ!!」


 おねえさんが耳元でそう囁いて僕が抵抗してると、ミラージュさんはそう叫んで顔を背けちゃう。でも、耳が赤くなってる……


 「……ミィおねぇちゃん、僕が嫌いなの?」

 「ひゃいっ!? お、おねぇちゃんっ!? わわわわわわたしはべつにキラッてなんかにゃいわよっ!!」

 「……ホントに?」

 「ききききききラッてないわよっ!? うんうんうんうんホントホント!!」

 「じゃあ……ハグして?」

 「ハハハハハハハハハハぐぅ!? グーよねハグハグぅ……ぐぅ……ふぅ? (ギュッ♪)……ああぁ、もう死んでもいいわぁ……」


 僕は言われた通りにミラージュさんにおねだりしてみると、トロンと緩みきった顔になっちゃった。


 「……ミラージュ様、そろそろお戻りになられた方が宜しいかと」

 「……ふぇ? もうそんな時間……?」

 「はい、元老院から惑星間会談の申請が山のように届いています。今ならまだ、間に合いますかと……」

 「……ちぇっ、仕方ないなぁ……それじゃ、ハジメちゃん、また会いましょうねぇ……」

 「はい、またお会いしましょう」


 あれだけ元気だったミラージュさんはそう言うと、すっかりシナシナになりながら隊長さんに抱えられて帰っていった。


 「……おねえさん、僕、悪い事しちゃったかな」

 「ん~? あー、気にしなくていーわよ? あれはミィ姉の充電完了のサインだから」

 「……充電、完了……?」


 おねえさんは僕にそう説明してくれたけど、えらい人の考えてる事は良く判らないって事だけ判ったな。




 「……ミラージュ様、それでは中央星団まで戻ります」

 「……はい、宜しく……」


 エルミラージュは旗艦【ローゼン・ガーデン】の艦内に戻ると、暫くそんな状態のままだった。端から見れば魂の抜けたように見えるが、警護隊隊長は長い付き合いで得た知識から、ほっときゃいいと理解していた。



 「……おねぇちゃん、かぁ……うふ、うふふ……やっぱり、キュンキュンきちゃうなぁ……いいなぁ、ハジメちゃん……♪」


 エルミラージュはそう呟きながら、自分専用の豪奢な長椅子の上で身を捩りつつ余韻に浸り、エリトリアの言う通り御満悦といった表情で溶け切っていた。


 警護隊隊長は、やれやれと思いながら銀河連邦元老院でも高位のエルミラージュにふわふわのブランケットを掛けてやると、彼女はニヨニヨしながらその端を口に咥えて眠り始めた。




 ……それから元老院に戻ったエルミラージュは、一睡もせず凛としながら猛烈な勢いで職務を片付け続け、周囲の者もその働きぶりを見てさぞや素晴らしい気分転換法があるのだろうと感心した。


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