こんな列車に乗っていたくないっ!
そもそも、お客さんは僕とおねえさん以外乗っていない列車なのに、どうして客車が長々と連結されているんだろう。無駄だし、どうせならトレーニングルームとか繋げて欲しかった。
だから、何となく今まで行った事の無い車両の先を探検したくなったのは、只の気紛れだったんだ。
「……あっ!?」
「……きゃっ!?」
だから、何両も先に行った所で着替えしてる知らない女性とばったり鉢合わせするなんて、全然想像もしてなかった。
「あっ、えっと……ごめんなさい!」
「いえっ、こちらこそ失礼しました!」
知らない女性の人は、僕が謝ると自分も謝りながら背中を向ける。その背中は白いシャツの生地越しに人口表皮の模様が見えて、僕は義体化してるって直ぐに判ったけど、色んな意味で視線を外した。でも、先に進みたいから女の人が着替え終わりそうになってから通り抜けようとすると、ちょっと真面目な感じで行く手を塞がれた。
「あのっ、ここから先は立ち入り禁止になってますので……出来ればお戻りになってください!」
「……どうして?」
「ど、どうしてと言われましても……」
「じゃあ、おねえさんも一緒に来て見学させてもらえない?」
「そ、それは……」
何だかしどろもどろになる女の人。どうもおねえさんと違って、僕が強めだとイヤだとハッキリ言えないタイプみたいだ。
「どうしてもダメなの?」
「そ、その……」
「じゃあ、どうしたらダメじゃないの?」
「あっ、それじゃあ車掌に聞いてきます!」
女の人はそう言ってくるりと振り返り、先の車両に向かって歩き始める。で、その後を僕がついていっても何も言わない。もしかしたら、この女の人は一個考えると一個抜けちゃうみたいだ。
「車掌! 定時点検完了しました!」
女の人は誰も居ない次の車両の扉を開けて、向こう側にむかってそう声を掛けると、
「……はい、了解です。で、それでその子はどうしたの」
ちょっと暗い声が返ってくる。それが何回か聞いた車掌さんの声だって判ったけど、
「うえっ!? あっ、いつの間にっ!!」
「うん、さっきからずーっと一緒に居たけど」
「……あの……僕、退屈だから見学したいんだ。色々見たいんだけど、いい?」
驚いてる女の人越しに車掌さんに僕がお願いしてみると、扉の向こうからニュッと黒い服を着た車掌さんが顔を出す。
「……見学? ……エリトリア様がなんて言うか判らないけど……うん、見学ね、ちょっと待って」
車掌さんはそう言ってまた扉の向こうに引っ込むと、少ししたらまた顔を出す。
「……見学なら、いいですよ。但し、許可無く何かに触ったり、勝手に移動しないでね、車両運行に支障をきたすから……」
そう言って、僕の見学を許可してくれた。何だ、簡単じゃないか……。そう思いながら扉の向こうに抜けていくと……
「……これは、なんですか」
隣の車両は、僕の写真が一杯貼ってあった。うん、もう沢山過ぎて何が何だか判らない位に。
「……これは、エリトリア様のご要望で、私が撮った、写真のギャラリーです」
「そうじゃなくて、どうして僕だけ写真に撮ってるんですか」
車掌さんは何もおかしな事は無いといいたげに言ったけど、僕がサンドイッチ食べてる所や、車両の座席で寝てる所とか、シャワーを浴びて頭を乾かしてる所とか、いつ何処で撮ったか判らない写真だらけで……正直言ってすごく怖い。
「……それは、君がとても写真栄えする被写体だし、撮る側の好奇心をくすぐる存在……だから?」
「……だから? と言われても困ります」
僕が嫌そうな顔をすると、車掌さんはすかさずカメラを構えてシャッターを押した。だから写真撮らないでって。
「……ほら、少しだけスネた感じが、未成熟な面を強く感じさせてて……」
「車掌さんも僕みたいなのが好みなんですか」
「……いや、個人的には範疇ではないです。しかし、ファインダー越しに君を見ると……シャッターを切る指が、勝手に動くんですっ」
車掌さんはそう言ってまた写真を撮り、カメラのモニターを眺めながら深く被った帽子の奥の眼をキラリと輝かせた。うん、この人もおねえさんと同類だ。
「……何だか、申し訳ありません……」
「いや、気にしなくていいですよ」
車掌さんの所から戻った僕は、さっきの女の人に謝られる。でも、この人はあの二人と比べたら普通の人っぽい。
「あっ、自己紹介が遅れました! 私は当車両の整備班及び、調理担当兼警備主任のパルナと申しますっ!!」
「……えっ、はい……何でも出来るんですね」
「うえっ!? な、何でも出来る訳じゃないですよっ!! 車両の運行スケジュールや機関系操作はまだまだですし、未熟な面も多々有りますからっ!!」
自己紹介を聞いた僕が感心すると、パルマさんはひどく狼狽えながら困ったように首を振り、まだまだ半人前ですから! と謙遜する。うん、この人はやっぱり普通の人だ。
「じゃあ、これからも色々とお世話になりますね。よろしくお願いいたします」
「ひゃっ!? や、やらすくおねらいしますっ!!」
そう言って僕が手を出すと、パルマさんはあたふたしながら手を握り返してくれた。変な人だらけの列車だけど、そんな受け答えをしてくれる人がいると思うと、少しだけ安心した。