機械の身体なんてなりたくない!
「ほら、僕ちゃんアーンしてぇ?」
「……イヤです」
「美味しいわよ、これ本物の牛肉だけのハンバーグなんだから」
「いーやーでーすぅ!」
「んもぅ、嫌がる君もホント、可愛らしいなぁ~♪」
僕は自分でちゃんと食べられるのに、おねえさんはわざわざナイフとフォークを手に切り分けながらハンバーグを食べさせようとしてくる。
「……一人で食べられますから」
「そんなつれない事、言わないで? だってたった二人の旅路なのよ? 仲良くした方が楽しくない?」
「そりゃそうでしょうが、貸し切り列車なんだから当たり前だし……仲良くしたくない訳じゃありませんけど……」
僕は目の前に座るおねえさんに抗いながら、でもお腹は空いてるから一人で食べたくて困ってしまう。だって、コロニーじゃご飯なんてチューブ入りの栄養補填剤か、悪くて廃棄処分された植物育成用の合成化合物(※大豆の搾り滓に近い味と栄養のみ)を水に溶かして飲むだけだったし。牛肉なんて、過去の情報を読んで知ってるだけだし……。
「……おねえさん、どうやって牛肉を載せたんですか」
「あらっ、ちゃんとおねえさんって呼んでくれてるっ!! 今夜はお赤飯ねっ!!」
「どうしてそうなるの?」
僕は頬を赤らめながら嬉しそうに身をよじるおねえさんを横目に、車窓を過る星々を眺める。見た目は古臭くて非論理的で無駄だらけ、おまけに矛盾と懐古主義で凝り固まった列車風の乗り物だけど、これは確かに宇宙の真ん中を移動してる。
「……おねえさん、この乗り物はどうやって宇宙を移動してるの」
「アッはい。それはですね、惑星間に互いを結ぶ引力ケーブルを亜空間経由で繋いでその渦中に列車を模した移動モジュールを投入した後に重力場発生装置を作動させながら牽引方向を操作しているからです、ハイ。だから見た目は列車でも大名籠でも問題有りません、ハイ」
おねえさんは何処から出したか判らない黒縁メガネをクイッとさせてから、無茶苦茶な理論をしれっと言う。つまり、最新の科学技術を無駄に垂れ流しながらバカみたいな理由で動いてるって事だけ、判った気がする。あと大名籠じゃ、すごく狭くて困ると思うな。
「……じゃあ、何で僕に親切にするの」
「それは単純に私がショタ好きだから?」
「……うわぁ、キモいなぁ」
僕があからさまに嫌な顔をすると、おねえさんは美人台無しにふひひっと笑い、それからちょっとだけ寂しそうな顔になる。
「……うん、確かに理由の一つは私が僕ちゃんが好みだったからよ、でもね……本当の利用の一つとして、君のコロニーは既に……生体保持可能数の限界値を超えてたの」
「……生体、保持……?」
「そう、生体保持可能数よ。限界値に達したコロニーは、許容範囲を超えた住人を生体脳だけ義体化技術で残して、生殖器から遺伝子情報だけ抽出して……」
「……コロニー内の、情報アーカイブに並列化して、保存するんですね」
僕がそう言うと、おねえさんは僕の手を掴んでいきなり自分の胸に押し当てた。
「いやん、あはぁん♪」
「やっ! い、いきなり何するんですかっ!? ……って、あれ……?」
急にそんな事をされた僕は、どうしていいか判らず赤くなって手を離そうとしたけど……僕の掌は、有る筈の大事な何かが感じられなくて、急に戸惑ってしまう。
「……判った?」
「……うん、おねえさん……心臓が無いんだね」
「そうよ、私は……君が選ぶ将来のどちらかの一択……完全義体化処置を受けたおねえさんなの」
掌に感じるおねえさんの胸の感触は、柔らかくて暖かいのに……規則的に刻まれる筈の、心臓の動きが全然無かった。
「……だから、私はね……可愛らしくて、食べちゃいたい位な僕ちゃんに、選ぶ自由を与えたいの」
「それは、義体化処置と……あと一つは?」
「……君の遺伝子情報だけ抽出して、星になって貰う権利……かな?」
「……かな? って軽く言える程に軽くないんですがっ!!?」
「うんうん、判るよー? 私も悩んだからねー。でもでも! こーやってモミモミしても生身か義体かどーかなんて区別出来ないでしょ? ほらほらぁ~♪」
「いやあぁーーっ!! このヒト痴女ですぅ!!」
僕の腕をがっちり掴んでしっかりあてがうおねえさんから逃れたい僕だったけど、少しだけ開いてた扉の向こうからカメラを向ける車掌さんと眼が合った。車掌、お前はいつか必ず殺す。
「……義体化、かぁ……」
すっかり空になったお皿を持ってくおねえさんの後ろ姿を眺めながら、僕は口に出して呟いてみる。おねえさんは僕から見ても、すごくきれいなヒトだ。でも、おねえさんは人間じゃない。
「ん~、僕ちゃん眠くなったかな?」
「いや、全然眠くないですが」
「もー、素直じゃないんだから!」
戻ってきたおねえさんが、僕の隣に座って肩に腕を回してくる。そうして喋りながら頬をつんつんと突き、僕の身体を抱き締める。
「……でも、僕は人間で居たいんだ……」
「……それはどうして?」
おねえさんに尋ねられた僕は、どうしてだろうと考えるけど、きっとその答えは直ぐには出せないと思うんだ。
「……わかんない」
「そうね、それも当たり前だと思うな……でも、いつかは答えを出さないとね」
「……判ってるよ、判ってる……」
おねえさんは、曖昧な僕の答えに優しく返しながら、ぎゅっと抱き締めてくる。
「……じゃ、おねえさんとお風呂入ろっか!」
「いえ、お断りします」
「この流れで!?」
「いえ、この流れだからこそ注意しないと、じゃ一人で入ります」
「あぁ~ん、意地悪ぅ!!」
おねえさんの拘束を解いて客室から抜け出した僕は、シャワー室のある客車に逃げ込んだ。この列車に乗るようになって、数少ない一人だけになれる場所なんだ。
個室に入って服を脱いで裸になった僕は、シャワーの蛇口を開けてお湯が出るまで待ってたんだけど、何か変だ。お湯どころか何も出てこない……
「おかしいなぁ、どうしたんだろう……」
取り付けてあるシャワーヘッドを手にとってみると、妙な振動が感じられて……何か出てくる気配?
「……ん? な、何だ?」
シャワーヘッドの振動が急に小刻みになり、やっとお湯が出てくるかと思ったら……
……びゅるっ、びゅるるるりゅ~っ!!
「うげっ! なんかドロドロしたのが出てきたっ!!」
「僕ちゃん、大丈夫っ!!?」
「うわっ、おねえさんどうやって入ったの!?」
「うんっ? 最初からずーっと居たけど……」
「最初からっ!?」
「ほら、こーやって光学的に視覚阻害しながら貼り付いてれば……」
「……なっ!? じ、じゃあこの変なドロドロは……」
「うん♪ それは人肌に温めたヌルヌルローション! さぁ、僕ちゃん私とヌルヌルぷれいしましょ!」
ひたひたとローションを掌に塗りたくりながら、怪しい笑みを浮かべておねえさんが近付いてくる……
「全力でお断りします」
「そう言わずに……ああぁっ!? ヌルヌルローションのせいで捕まえられないっ!!」
……と、ここまでは順調だったおねえさんなのに、自分の手に塗ったローションで僕の身体を掴めないみたい。
「んあぁ!! もどかしいっ! こうなったら体当たりで……ああっ!? もうぅ!!」
ぬるん、ぬるんと滑りながら悔しがるおねえさん。でも、捕まらないのはいいけど僕はシャワーを浴びたいんだ、ローションまみれだし。