バカンスはバトルじゃありません!
コロニーの中には人口の海が整備されていたけど、海とは名ばかりの水棲生物養殖場だったんだ。でも、波もあったし自転周期に合わせて夕陽みたいなオレンジ色の照明が点いたり、朝焼けみたいに真っ赤に染まったりって変化もあった。でも、養殖してた小エビより大きな生き物なんて居なかったんだ。
「うわああぁ~っ!? な、何かヌルッてしたぁ~っ!!」
泳いで逃げるつもりだった僕は叫びながら海から揚がると、透明のグニグニした何かは諦めたみたいで砂浜までは追って来なかった。
「どうしたの、ハジメくん?」
「ミラージュさんっ! 何か海の中に居ますっ!!」
「そりゃ居るに決まってるでしょ、この星は個人所有の代償として、テラフォーミングしちゃいけないの。そんな訳で生態系は野放しのままだし、私も何が居るか全部は知らないのよ!」
「そ、それって……?」
理由が判らない僕がそう尋ねると、ミラージュさんは水着のヒモを気にして直すと、腰に手を当てながら教えてくれた。
「このエルミラージュ星はね、大陸らしい大陸の無い海だけの星なのよ? だから、広大な海の中には過酷な生存競争を勝ち抜いた、想像を絶するような生き物だらけなの!」
「じゃあ、もし海の中に入ったら……」
「そうねぇ……ハジメくんなら五秒で骨も残らず食べられちゃうかもね!」
「ひいぃっ!?」
「やんっ! ハジメくんったらそんなに怖がっちゃってぇ……可愛い♪」
僕が海の中にそんな生き物がいっぱい居るのを怖がると、ミラージュさんがまた指先をワキワキさせながら近寄ってくる。海の中も危ないけど、砂浜の上もあんまり変わらない気がする……。
「あーのーねぇ、ミィ姉ったらあんまり僕ちゃんを怖がらせないでよ! そもそもこの砂浜は広~い浅瀬の真ん中だし、岩礁との境界線にバブル・フェンス沈めてあるじゃない」
「バブル・フェンスって何?」
「まぁ、そうね……ハジメちゃん、バブル・フェンスって言うのは、空気の細かい気泡を出すパイプの事よ。海中に沈めて気泡を出すと、海洋生物の視界を妨げて一種の結界を作り出す装置なの」
ミラージュさんはそう言って判り易く説明してくれたけど、海の生き物は眼と鼻、それと耳の三つで食べ物や敵を見つけてる。だから、気泡を作って壁を作ると視界や匂い、それに気泡が弾ける時の音が邪魔して向こう側に何が有るか判らなくなるから、近付いて来なくなるんだって。それに砂浜は大半の生き物には住み処の海から外に出ちゃう厄介な場所だから、視界を妨げられると更に来なくなるみたい。
「……でも、だからってバブル・フェンスの近くまで行けば相手に認識されちゃうし、大型の海洋生物の中には効かないのもいるから、あんまり信用して泳ぎ回るのも危ないかもね」
「ふぅ~ん、そうなんだ……」
「まあ、泳がなくても出来る事は色々あるし、警備隊も居るから心配は要らないけどね」
「えっ、警備隊の皆さんって僕らの事ずっと見てるんですか?」
「そりゃそーでしょ、その為の警備隊なんだから!」
おねえさんはそう言って降下船に向かって手を振ると、船の上に日差しを遮る日傘が立っていて、その下に居る警備隊の皆さんが手を振り返す。でも、良く見ると皆さん水着姿になっててあんまり緊張感が無い……。
「あのぉ、あの人達もバカンスしてる気がするんですが……」
「いいのよ、いつも色んな場所に引っ張り回してるから、たまには息抜きさせてあげないと! それにああ見えて優秀だから、僕ちゃん試しに溺れた振りしてみたら? みんな一目散に助けに飛び込むわよ~?」
「いや、他人の善意をもてあそぶつもりはないですから……」
おねえさんが当然のようにそう言うけど、それはそれで申し訳無いよ。でも、警備隊の人達、どう見てもお酒みたいなの飲んだり違う事してる気がするけど……あ、こっちに何か持って来るみたいだ。
「エルミラージュ様、お料理の準備が整いました!」
「ありがとう、皆さん。じゃ、ハジメちゃんも何か飲みましょう!」
警備隊の方達がそう言いながら運んで来たのは、見た事の無い調理器具と数々の食材、それに色んな種類の飲み物だった。どうやら僕達の目の前で料理を作ってくれるみたいだけど……
「……あの、これって何ですか」
「あー、僕ちゃんはバーベキューとか知らないわよねぇ。初期の野外調理を模したクッキングキットで、調理液に漬け込んだ食肉や有機栽培野菜を切って網の上で焼いて食べるのよ?」
「えっ、有機栽培野菜って……すごく高いんじゃないですか!?」
「そうねぇ、確かにそうだけど……あ、貯蔵車に積んである食材も、一部以外は同じ有機栽培野菜と重力下飼育畜肉よ~!」
「ひええぇっ!!?」
おねえさんの話を聞いた僕は思わず変な声が出ちゃったけど、そんな貴重な食材が当たり前みたいに出てくるのって……やっぱりミラージュさんもおねえさんもお金持ちなんだなぁ……。
「ハジメ様、とりあえずこちらのお肉と野菜はじきに焼き上がります。こちらの肉は下拵えしてありますが最後の加熱をしますので、もう暫くお待ちください」
そう言いながら女性の警備隊が僕に、黄色や緑の野菜と小さく切り分けた四角いお肉をお皿に載せて渡してくれる。
「さ、食べてみてハジメちゃん!」
「……う、うん……いただきます」
沢山の警備隊やミラージュさんに囲まれながら、フォークに刺した焼きたてのお肉を口の中に入れて噛むと……
「……ふわっ! あ、あふぃ!」
「アハハ! ハジメちゃん冷ましてから食べないとヤケドしちゃうわよ?」
うん、そうだね……でも、焼きたての料理なんて列車に乗るまで食べた事なかったし……んっ!?
「……うん! すごくおいしいです!!」
「そうでしょ~? ああ見えてうちの隊員って料理が趣味ってのも居るから、こーゆー時はありがたいのよねぇ!」
僕が思わず叫ぶと、料理を渡してくれた隊員さんが恥ずかしそうに笑いながら頭を下げる。でも、ミラージュさんの言う通りかもしれない! だって焼き方も味付けもすごく上手なんだもん!!
「うんうん、やっぱり赤身のお肉はじっくり火を通した方が美味しいわよねぇ~♪」
「あ、エリィずるい! そのランプ肉は私が狙ってたのよ!」
「え~? だってミィ姉、赤ワインがどーのって夢中だったから要らないかと思ったしぃ~」
「バカおっしゃい! ランプには赤だって私決めてるんだから!!」
ミラージュさんとおねえさんはそう言いながらお肉を取り合いし、隊員さんは困ったように苦笑いしてる。でも、取り合いしたくなるのも判る位おいしいよ? 噛むとギュッて歯ごたえ有るけど食べにくくないし、噛む度にジュワッて汁が出てきて柔らかくほぐれてくし!!
「ほら、僕ちゃんトーモロコシも食べ頃よ~!」
「なーに言ってんの! こっちのプルドミート(柔らかくほぐした長時間調理の味付け肉)もパンに挟んで食べると美味しいわよ?」
「んあっ!? それもいいけどこっちのガーリックシュリンプも凄いんだから! ほらソフトシェルだから頭まで食べられちゃうし!」
「くわっ!? だったらこっちのアップルシナモンも絶品よ! ほら適度なブラウンシュガーで焦げ目がアミラーゼ反応ですから!!」
「きいっ!? ならばマダラベニハタの清蒸こそ魚料理の白眉なんだから! 百年物の紹興酒を贅沢に使っちゃうなんて考えただけでも罪深い逸品よ!!」
「おごっ!? こうなったらミーナ(女性の警備隊員)ちゃん! 取って置きの小牛の丸焼きを持ってきて! そうよ中に子羊とカモとウズラが順番に入ってるの!!」
「……ミラージュさん、おねえさん……そんなに僕、食べられないよ……?」
「「……あらっ!?」」
このままだと想像を絶する何かが出てきそうなので、僕がそう言うと二人は同時にこっち向いた。うん、このままだと海から見た事のない生き物でも獲ってきそうだったし、バカンスってのが食べるだけで終わっちゃいそうなんだもん。