表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

剣と憎悪と看護師

看護師業務を行っていた涼宮玲奈は突如として異世界に転生してしまう。

転生した玲奈は臆病ながらも真っ当な人生を歩んで行けるのだろうか。


コツコツと高鳴る靴音は出来るだけ静かに抑えた。

靴音と共に微かに聞こえる心電図モニターの音。

そして右手に持ったライトの光が静かに病室前の廊下を照らしていた。


「今日も異常ないかな。」


私、涼宮玲奈すずみやれいなはそうポツリと呟いた。

そしてその言葉の後にため息がふっと出た。

時間は深夜2時を回っている。


「詰所戻るか、、、。」


玲奈は持っていたライトをクルりと後ろへ無向け歩いてきた道を引き返した。


「玲奈帰りました~。患者さんたち良眠されてます~。」


玲奈は詰所と呼ばれるナースステーションに戻り次第そう言った。


「あら玲奈ちゃん遅かったわね。」


玲菜のその言葉に同じチームの岩崎さんはそう返した。


「はい~まだ夜の病院怖くって。」


玲奈は気だるそうにそう言った。

彼女は看護師だ。

年は23歳になる。

看護師になり2年を経過したが、夜の病院という環境は彼女にとって恐怖でしかない。

だってお化けやお化けがいるかもしれないから。

それとは反対に彼女の2周り以上も年を重ね、看護師としてもベテランな岩崎さんは玲菜のその発言を聞いて呆れたように軽くため息をついてその後に鼻で笑った。


「なんで笑うんですか!」


玲奈はその先輩の態度に少しむすっとし、プイっと顔を背けた。


「はいはい。ごめんね、今落ち着いてるみたいだし、ちょっと水分休憩入るね。直ぐに帰ってくるから。」


岩崎さんはそう言って玲菜の肩をポンっと叩き詰所の奥へとトコトコ歩いて行った。


「もう、岩崎さんったら。」


玲奈は先程の岩崎さんの態度を思い出し、またむすっとした。

それと同時に岩崎さんの優しさを感じて少し複雑な感情になる。

1人という恐ろしい状況にどっきとなる胸をそっと撫で下ろし、巡視記録をパソコンに打ち始めた。


「ふぁ~疲れた。あれ、、岩崎さん遅いな、、、」


玲奈は記録を打ち終えたあと大きく背伸びをした。

そしてある違和感に気付いた。

岩崎さんが帰ってこない。

記録入力には多少なりと時間が掛かる。

先程も少なくても10分以上は経過したであろう。

その10分の間に岩崎さんが帰って来なかったのだ。

いくら水分休憩とはいえ長すぎる。

その違和感が、怖がりな性格の玲奈を不安に陥らせた。


「大丈夫、、、。だよね、、。きっと仮眠してるだけだもんね、、。」


体は縮こまって指先は氷の様に冷たい。

なのに心臓は強く脈を打っている。

その感覚が玲奈を襲う。


「ひゃいい!!!」


玲奈は思わず奇声を上げてしまった。

ナースコールが鳴ったのだ。

唐突に鳴るそれは警戒心と恐怖心をむき出しにした玲菜にとっては強い刺激以外の何物でもなかった。


「何なの、、、もう。」


玲奈のその声は震え目には涙を浮かべていた。

しかし自分の恐怖心よりも患者さんの心配の方が強く胸にある。

看護師だからであろうか、玲奈が人として優しいからであろうか。

いずれにせよ恐怖心より勝ったその感情に彼女は震える足をパンっと叩き患者様の待つ病室へ向かった。


「あ、見てない。」


玲奈はハッとしまた詰所へ戻った。

恐怖と焦りのあまりコールが鳴っている病室を見落としていたのだ。

ナースコールが表示されているモニターへ目を向ける。


「え、、、。」


その言葉と同時に玲菜の持っていたライトは地面へ落ちた。

それは”ありえない”現象に玲菜が困惑したからなのか、それとも彼女の手汗により滑り落ちたのか。

いずれにせよその事実は玲奈にとってさらなる恐怖を煽ったのは言うまでも無かった。

存在しない104号室からコール受信が来ていたのだ。

玲奈の病棟には忌み数である”4”と”9”が使用されている病室が存在しない。

その筈が、モニターに表示されていたナースコールは104号室だったのだ。


「い、、わ、、崎、、。さん、、。」


玲奈は更に声を震わせた。

弱々しいその声は彼女がいかに今の状況に恐怖しているのかを物語る。

思い返せば、今聞いているナースコールの音楽も聴いたことのない音楽だ。

考えれば考えるだけ恐ろしい方へ思考が傾いてしまう。

玲奈はその恐怖のあまり遂には岩崎さんがいる休憩室まで走った。


「岩崎さん!!開けて!!助けて下さい!!」


玲奈は施錠されたドアをバンバンと強く叩いた。

いつもは開いてる休憩室も岩崎さんは自分が仮眠する時は施錠をする。

そのことに対しては何も感じてなかった玲奈も今の状況となれば話は別だ。

その事実に不満と怒り。そして恐怖をぶつけながらドアを叩いた。

ドアの前に貼られた休憩中と書かれた紙にも何故か苛立ちが沸いた。


「もう、いいや。」


鳴りやまないナースコール。

自分の置かれた状況

感情。

それら全てが彼女にとってどうでも良かった。

彼女はそのまま瞳を閉じた。

理由は分からない。

ただ――。


「やばい!!」


玲奈は急いで目を開けた。

自分の肌に当たった生ぬるい感覚と、眠気と疲れが体からスゥーっと消えていく感覚を感じたからだ。

夜勤中はよくあるこの感覚は身を任せるとそのまま睡魔によって長い眠りへと誘われる。

その睡魔によって失敗した経験がある玲菜は急いで目を開けた。


「え、、、え、、、ええええ!!!」


玲奈は声を上げた。

その声はお世辞にも小さくおしとやかな声とは言えなかった。

むしろその反対で図太く遠くまでに響きそうな大声だ。

それも仕方がなかった。

先程までいた病室。

薄暗く、自分を恐怖へ陥らせた環境、それらとは程遠い、透き通った自然の中にポツンと1人立っていたからだ。

優しく頬を撫でるそよ風は半袖のナース服を着ている玲奈にとっては少し冷たく感じるが、それを優しく温めてくれる太陽の光。

そして雲一つない清々しいまでの青空。

足首ほどまで生えている草は生き生きと緑に輝いていた。

その環境は玲奈の動揺していた心を落ち着かせていった。


「綺麗、、、。」


その景色に先程までのことなんてどうでも良くなった玲奈は大きく背伸びをし、深呼吸をする。


「さて、、。ここは何処なのかしら、、。」


玲奈は今の状況をゆっくりと考え始めた。

夜勤をしていた自分。

ありえない病室からのナースコール。

閉められた休憩室。

休憩室、、、?


「ちょっと待って。私たちの病棟って休憩室、、、。」


考えている内に玲菜はある疑問が浮かんだ。

自分たちの病棟には休憩室が存在しない。

いつから自分は休憩室があるのだと錯覚していたのか。

そして自分が強く叩いたドア。

目を閉じる前一瞬だけど目に入った。104の文字。

ゆっくりと考えていると自分の行動を客観的に鮮明に思い出していった。


「とりあえず、帰らないと。」


玲奈はそうポツリと呟いた。

自分には待ってくれている、必要としてくれる患者さんがいる。

その患者さんを支える仲間達が待っている。

その人達のもとに帰らなければ。

玲奈はそう思いまた目を閉じた。


「今、帰ります。」


目を閉じた時に言ったその言葉は非常にも、意味のない言葉に変わり果てた。

何度目を閉じようが、病院に帰れなったのだ。


「なん、、で。」


玲奈はとうとう座り込んでしまった。

自分が何故この状況に居るのか。

それらが理不尽過ぎたからだ。

仕事もある。

やりたいことも沢山ある。

それなのにここに居れば何もできない。

玲奈なのその思いは玲菜の頭をぐるぐると駆け巡った。


「はぁ、、。」


玲奈の顔からは笑顔が消え、とうとうため息さえも漏らすようになった。

そんな彼女を強く冷たい風が悪戯に突き飛ばした。


「きゃっ」


慌てて顔を無意識の内に両腕で守る。


「え、、この音楽。」


両腕によって閉ざされた視界。

その世界の中を聞き覚えのある音楽がゆっくりと歩いた。

それは横笛で演奏した様な高く透き通る音色でその曲はとても柔らかく自分を包んでくれそうなそんな音楽だった。


「やっほ。看護師さん。」


その音楽は直ぐに鳴り止み、次に少年の声が玲奈の耳に入った。

その声にハッと我に返った玲奈はようやく自分の視界を防いでいた両腕を外した。

瞳に入る景色は先程まで見ていた景色とは全くもって別の世界だった。

透き通る様に青々とした青空は何処までも深い漆黒に変わっていて、その空に美しいまでの星達が広がっていた。


「びっくりしたでしょ。」


またその声が聞こえた。

ーー少年の声ーー

その声は自分の頭を突き抜けるように後ろの方から聞こえる。

振り向いて姿を確認したい。

でもーー。

それをしては行けない気がして玲奈は振り返らずにいた。


「うん。いい子だ。振り向いてはいけないことを悟った君はいい子だよ。そんな君の疑問を幾つか解決してあげる。その上で朗報を幾つか伝える。それを聞いてどう感じるかは君次第だ。」


続けて少年はそう声を出した。

子供らしく声色は高いのに妙に落ち着ける不思議な声色。

そのうえ話し方が凄く落ち着いている。

そしてなぜか上から目線。

お前絶対年下だろ。

玲奈は様々な感情をぐっと押し殺し、その声に耳を済ませた。


「まず1つ目。此処は何処か。だね。答えは僕が住む世界だよ。そしてさっき居た自然に溢れた世界そこは”病に満ちた”異世界だ。そして2つ目なぜ自分が此処に来たのか。答えはその病をその異世界から解放して欲しい。その病は看護師にしか直せないと判断したから。そして君が適任だと僕が判断したから。だね。医師ではなく、何故看護師なのかそれは君が一番良く知っているはずさ。その上で朗報だよ。君には3つの能力を授ける。1つ目。【解析鑑定】だよ。これはありとあらゆるものを解析してその結果を鑑定する。使用用途は君の自由だ。2つ目。【想像創作】君が触れたことのある全てを想うだけで作ることが出来る。しかし、生命は作ることが出来ないから気をつけてね。最後の3つ目、それは【不死】だよ。これはいついかなる時も君は死ぬことが出来ない。この世界が”病”から開放された時、”1つの願い”と共に現実世界に返してあげる。それじゃ。」


その声は淡々と説明だけをした。そして「それじゃ。」その言葉と共に気配ごと消えていった。

変わり果てた世界も徐々に崩れ落ちていった。


「ちょっとまっーー。」


1人置いてけぼりの玲奈はその崩れていく世界に巻き込まれながら一緒に崩れ落ちていった。

暗闇の中、落ち続けていく様な感覚が玲奈を包んだ。


「ーーー。ーーー!ーー!」


声が聞こえる。

暗闇の中に一閃されたその声は静寂の中をうるさく駆け巡った。


「ーー!ーーー!起きろ!!人間!!」


その声は徐々に荒々しく強くなっていった。

その焦りに不安になったのかそれともその声に煩わしさを感じたのか玲奈は瞳を開けた。

目を開けると、視界に暖かな光が差し込んできた。

それはあまりも暖かだったが、とても眩しかった。

その光は玲奈の視力を奪いあたり一面を真っ白に染め上げた。


「おい、人間起きたか。大丈夫なのか?」


失われた視界の中で声が聞こえる。

甘ぬるい風がゆっくりと頬を撫でる中、先程の荒々しさはないが、確実に自分に声を掛け続けた人であろう、そう感じた。

その声は耳から心臓まで貫かれるような低い声で、逆らうと殺されるのではないかと思わせる程勇ましい男の声だった。


「ーーーーうん。」


私は無意識にその声に答えた。

雌としての本能かそれとも信用か。

渦巻く思考の中私の視界はみるみると回復していった。


「そうか、それならいい。」


初めて見えた景色は自然だった。

厳密に言うと大きな木々が生え揃う山の中をさっそうと車で駆けている様なそんな景色だ。

その情景と共に私は今、乗り物に乗っていると実感させた。

思えばガタゴトと合間合間に揺れていた。

そんな中響いたその声に私は自然と視界を移していった。


「わぁ。」


思いもよらぬ言葉が口から零れ落ちた。

それは玲奈自身の吐息を大きく混じらわせながら、ゆっくりと零れ落ちた。

自分の身長158cmを大きく上回る筋肉質な体に白く透き通った長髪、肌は褐色なのに透明感があって美しい。

おまけに髪色と同じモフモフの耳と尻尾が生えていいるーー。

自分の世界で何度か耳にし、何度か画面越しで見た獣人が目の前に居たのだ。

その獣人は馬に乗って移動していたことから自分は馬車に乗っているのだと理解する。

玲奈の口から言葉が零れ落ちたのは、彼女が唐突に未経験を突きつけられたからであった。


「人間。お前は何をしていた。」


その男はそう言った。

玲菜の方を振り向かず、ただ前を向きながら放たれた言葉は決して友好的な態度ではなかった。

思考が追いつかず戸惑っている玲菜に向けられた言葉は、玲奈の脳裏を突き刺し、ようやく我に返らせた。


「わからない。でもどうして?」


不思議と言葉がすらすらと出た。玲奈はそのことに自分自身でも驚いていた。

きっとそれは彼女が看護師で数多の患者とコミュニケーションを取ってきたからであろうか、いずれにせよ彼女にコミュニケーションの壁の隔たりがあまりないようだ。


「どうしてーー。か。」


「私を何処に運んでいるの?」


静くそう言った獣人に玲菜はそう聞き返した。


「俺達の村だ。人間。お前は御神託の供養物だからな。」


獣人が言った言葉は意外なものだった。

自分が供養物?何故そのような事になっているのか全く理解が出来ない。


「意味がわからない。それに私、名前あるんだけど。玲奈って。人間呼びは辞めて。」


玲奈は強く切り出した。

その言葉は数々の理不尽に対する不満の欠片をその獣人にぶつけているようにもみえた。


「そうかーー。玲奈か。供養物というのは神洞に月に一度、最後の満月の夜に現れる。それを神託まで運ぶのが俺たち”犬人”の努めだ。その神洞の中、玲奈が寝ていた。その結果が今だ。」


犬人いぬびとと言った彼は淡々とそう言った。

しかし、疑問がある。

私はそもそも何処までも水平線が続く草原の上に居たではないか。

そうか、あの少年のせいか。

玲奈はそう思うと何故かふつふつと怒りが込み上げてくるのを実感した。


「意味がわからない。でも、その御神託に行かないといけないのでしょ?」


玲奈のその言葉に獣人はコクリと頷いた。

玲奈はふぅっとため息を付いて馬車の荷台の柱に見を寄せた。

会話がすっと終わると同時に2人の空間は静寂に変わり果てた。

馬車のガタゴトと揺れる感覚が全身を包む。

そういえば獣人からは獣の匂いが全くしない。

獣臭くない獣もいるんだ。玲菜はそう思いながら自分の右手を見つめていた。


「玲奈!!伏せろ!!!」


唐突に怒声が響いた。

その声は若干の焦りを伴わせていた。

玲奈はその声にビクッとし、亀の様に身を丸めた。

その刹那ーー。

激しい衝撃と共に馬車が崩壊した。


「えっ!?」


砂煙はあがり、まともに周りを見れなくなった。

亀のように縮めた身はさらに硬直して、動かなくなる。


「やばいやばいやばいやばい。」


玲奈は無意識にブツブツとそう言った。

今の状況が死を連想させるからだ。

そんな中、玲奈の脳裏をある言葉が通って行った。

『君は死ぬことが出来ない。』そう。

あの少年声だ。

そう思うと不思議と何もかもがどうでも良くなり、恐怖は次第に薄れていった。


「死ぬ事無いよね、、はぁ…何やってんだろ私。」


そう自分に言い聞かせ、丸まった体をゆっくりと伸ばしていく。

段々と緊張もほぐれて行き、玲奈は立つことが出来た。


「さてさて、どうするの、犬人さん。」


玲奈はそう言って砂煙の中を歩いた。

自分のことで精一杯であったが、落ち着いた彼女は周りの視野を持つことが出来た。

砕け散った馬車の木の破片。

そしてドカドカと音が聞こえる。

金属が鳴り合う音すら聞こえる。


ちょっと待ってーー。


「え、金属!?」


玲奈が驚愕した頃、ようやく砂煙は落ち着き初め、視野が見え始めた。

そこにはーー。



「はぁっ!!」


2m以上の大剣を振り回す犬人が居た。


「ちょ!」


「玲奈!話すな!!逃げろ!!」


玲奈が犬人に声をかけるその刹那、荒々しくそう言った犬人は、玲奈の目の前に仁王立ちをし、剣を構えた。

音は鳴りやみ、先程までの騒音とは対照的に、しんっと静まり返った。

更に砂煙は落ち着きはじめ、視界が広くなっていく。


「えっ、、、」


玲奈は言葉を失い唖然とした。

目の前の景色があまりにも想像からかけ離れていたからだ。

玲奈が見たものそれは、身長190cm以上あるであろう犬人の一回りも二回りも大きな猪がこちらを睨みつけている。

しかも、明らかに普通のイノシシではない。

その大きな風貌もそうだが、玲奈が大きく違和感を持ったのはその猪から生えてる数多の金属物だった。


「ちっ、、、メタルボアーか、、。」


犬人はその猪を睨みつけそう言った。


「メタルボアー、、、?」


そんな犬人を横目に玲奈はそう聞き返した。


「あぁ。この森で頭1つ抜けた一番強い種族の魔獣だ。年に一回か二回見るか見ないかの稀種なんだが、、、危険度は上々といったところか。」


犬人のその言葉を聞きながら玲奈はその猪をじっと見ていた。

解析鑑定の能力を使えないかと考えていたからだ。

しかし結果は変わりなかった。

解析どころか玲奈の見ている景色は何も変わらなかった。


「おい!玲奈!何をしている!逃げろ!死ぬぞ!!」


犬人は玲奈に強くそう言って猪に切りかかった。

自分より大きい刀を自分より大きな敵に向け激しく振り回すその様は勇ましく、とても美しかった。


「スキル発動!剛腕強化≪ごうわんきょうか≫!!」


犬人は剣を振り回しながらそう叫んだ。

その刹那犬人の体は一瞬赤く光り、筋肉質だった両腕はさらに筋肉が膨れ上がった。

犬人の剣筋は先程よりも遥かに強く俊敏さを増していった。

そのこと剣の素人同然の玲奈ですら理解できるほどその変化は著しかった。


「ぐワァァァァア!!!」


そのことに警戒したのか相手の猪も激しく吠え、犬人を威嚇し始めた。


幾秒か経った後、最初に攻撃を仕掛けたのはメタルボアーの方だった。

大きな巨体をエンジン音に似たガタガタとした音と水蒸気を上げ、犬人に突進する。

その巨体からは考えられないほどの俊敏さと突進力に犬人との距離を一瞬にして詰める。

獣の牙を模した大槍とも呼べる自身の牙で犬人の体を貫きに掛かる。


「スキル発動!衝撃緩和!!」 


犬人はそう叫び、大剣を盾にしメタルボアーの突進を受け止める。

しかし、その威力にその巨体と大剣は数メートル先まで刹那に吹き飛ぶ。


「ガァア!!」


犬人の断末魔が周囲に響いた。

砂煙からその姿は見えずとも、先刻の状況から深手を負ってしまったことは玲奈にも理解出来た。

その証拠として、犬人が瞬時に戦闘に復帰していない。

つまるところ、メタルボアーの攻撃の対象は玲奈に移る。


「で……ですよねぇ……。」


メタルボアーと玲奈。

同じ2人きりであっても、 犬人とは違い明らかに敵意と殺意を剥き出しにした状況に玲奈は思わず固唾を飲んだ。


「調子に乗るなよ鉄屑ガァ!!」


その刹那、奮戦極まりない怒声と共にメタルボアーの頭上から犬人が大剣を振りかざし、首を断ち切らんと振り下ろした。

しかし、その剣がメタルボアーの巨頚を断絶することはで出来なかった。


「っ!!硬ぇ!!」


メタルボアーは犬人を振り払う。

犬人とメタルボアーの間にはまた互いを威嚇し合う距離が出来た。


「犬人さん、勝てるの??」


玲奈は声を若干震わせながらそう言った。

どうでも良くなったーー。とは言え、元々臆病者の彼女はどうしてもこの状況が自身を恐怖で蝕む状況であることは理解出来ていたし、なんなら早く逃げたいとすら思える。

しかし、戦況から容易にこれを脱することもまた困難。

それが故、玲奈は命綱である犬人に頼るしかない。


その時に初めて玲奈は彼を診た。

口からは血を流し、全身に打撲痕がある。

それほどまでに先程の突進が彼に深手を負わせた恐ろしいまでの衝撃と威力。

彼の体はーー。


ーースキル《解析鑑定》発動ーー


その言葉が脳裏に響いた。

そして、彼の情報が一気に脳に描かれる。

左肋骨第7〜10まで骨折。

全身に6箇所の内出血。

左前胸部、真皮までの皮膚組織の破損

背部を中心とした擦過傷。

左外果部周囲の捻挫。ーー。


流れる情報に玲奈は固唾を飲む。

先刻の自身を守るためメタルボアーに挑み、受けた攻撃が一撃で勇ましい犬人身体を傷付ける。

その状況が玲奈にとってどれほど恐ろしいかは言うまでもない。


「勝てるの?と聞いたな。俺は端から勝つつもりなんてねえよ。俺の目的はこいつから供物である玲奈を守り、御神託に添いお供えするだけだ。」


「え、ーーーーー。」


「つまるところだ。逃げるぞ。」


キョとんとする玲奈に口角を上げながらそう言った犬人にメタルボアーは遠慮もせず突進する。


「その事象!!読み通り!!」


犬人はそう叫ぶとメタルボアーの突進力を受け流すかのように、体を横方向に一回転させメタルボアーの側腹部付近へ体を入れる。


「はあああああ!!!!」


犬人の怒声とともにメタルボアーは前方にあった岩へ突っ込んで行く。


「くそざこが。」


犬人はそう言って玲奈の元へ歩を進めた。


「行くぞ。ヤツが動き出す前に。」


「え、、でも、行くってどうやって?」


玲奈は砕けた馬車を横目にそう言った。


「俺が担ぐ。しっかり捕まってろ。」


「えっ、」


玲奈が、状況を飲み込む時間すら与えず犬人は玲奈を無造作に持ち上げる。

いや、持ち上げるとはまた違う。

どちらかというとーー。


「これって担ぐでしょ!!」


そう言った玲奈に犬人は鼻で笑う。


「いや、待て。俺としたことが、見落としていた。」


犬人はボソリとそう呟く。


「え、どうしたの??」


「玲奈、降りろ。俺はやり残したことがある。」


犬人はそう言って玲奈を降ろし、地に放られた自身の大剣に足を運ぶ。


「あ、剣忘れてたんだ。」


玲奈はその状況にクスッと笑い、犬人の後ろを着いていく。


「はぁっ!!!」


犬人は転げた大剣を拾い上げ、メタルボアーが居る方面へ力強く投げた。


「グギャアアアア!!」


その刹那その断末魔が周囲を響かせる。

犬人はそこへ再度足を運ぶ。


「おい玲奈、作るぞ。」


犬人は亡骸となったメタルボアーの体を綺麗に解体し始めた。


「ピィ…?」


そして驚愕する。

犬人がメタルボアーの金属を全て取り除いた後、金属の中から出てきたのは小さなウリボーだった。

大きさは人間の赤ちゃん程度で、動物好きが見ると心を瞬時に射止めるであろう愛嬌がある。


「え、、、か、、、可愛い!!!」


玲奈もその中の1人だった。


「メタルボアー、こいつは元々これくらいの小さなイノシシなんだ。だが、とある時に凶暴化、金属生成を行う化け物になる。1度金属を全て剥げばまた、本来の姿に戻る変異種。つまるところ、俺らが今からやる事はーー。村に帰る移動手段を作ること。こいつの背には自動装置があった。周りの金属と馬車の車輪を使えば、馬無し馬車が出来る。」


「ってことは??」


「直すぞ。馬車を。」


犬人のその言葉に玲奈が目を見開いたのは必然。

馬無し馬車、つまり、車を作ろうと企んでいる犬人に若干の恐怖心さえ沸いた。


「でも、待って、犬人さん。あなた怪我をしてーー。」


「大丈夫、これくらい何ともない。」


玲奈はその犬人の言葉に胸騒ぎがした。

もしかしたら彼はーー。


ーースキル解析鑑定を発動します。ーー


「やっぱり。」


「どうした?」


「犬人さんあなたに大事な話があります。今から2週間。あなたは私の治療を受けてもらいます。

その間に、怪我の手当も並行して行います。」


スラスラと出る言葉に玲奈は驚きすらしなかった。

これがいつもの彼女だからだ。

治療や処置に入る時の玲奈はそれほどまでに集中し、雑念すら無い。


「だから、何をーー。」


「破傷風菌です。犬人さんの世界でなんという名前かは分かりませんが、この菌が猛威を振るい、発症すれば、犬人さんあなたは死ぬかもしれません。全身の激痛、痙攣、発熱、呼吸困難。これらを容易に引き起こす恐ろしい菌だからです。」


「っ!!」


犬人はハッとした顔をして目を背けた。

そして玲奈の前にドスッと座る。


「頼んだ。」


「はい。」


ーースキル《想像創作》を発動ーー


玲奈は思い浮かべた様々な道具を創作した。

シーネ、包帯、ガーゼ、時計、ハサミ、シリンジ、注射針、駆血帯、アルコール綿、ポーチ、バッグ、消毒液、絆創膏。破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)、ペニシリンG、 ジアゼパム、点滴スタンド、ルート用チューブ、etc……。


「これくらいかな、、」


玲奈は今までに触れたことのある、日常的に使っていたそれらを創作した。

しかし、玲奈は戸惑っていた。

医療物品ならまだしも、薬剤まで創作出来るとは思ってもみなかった。

なぜなら今回創作した、TIGはその存在こそ知ってはいたものの、触れたことすら無かったからだ。

もし仮に薬が触れたことのあるものだとして創作できているのであれば、彼女は無限に多種多様な薬剤を創作出来る。


「これは……!?」


「はい。私の《武器》です。これから犬人さん貴方を治します!」


そこからは早かった。

玲奈は素早くそして効率的に犬人の処置をした。

この程度の真皮以下の欠損では縫合の必要性がなく、適切なガーゼ保護で難を抜けれる。

犬人の免疫力と、自己治癒能力がどこまで高いかは知り得ないが、犬が破傷風菌により死ぬといったケースは聞いたことがあった。

だからこそ、適切な処置と治療が項を成す。


そして約2週間後。

犬人は完全に回復していた。


「玲奈、感謝する。さぁ、ここが俺らの村だ。」


馬車から玲奈が降りた頃、そこは有り得ないほどにもふもふに囲まれた楽園であった。


「か、か、可愛い!!!」


玲奈はまた叫ぶ。

元々動物類が好きな彼女は、帰りついた犬人にすぐ様駆け寄った子供の犬人さん達2人に目を向けることに幸せを感じていたからだ。


「おかえりケイン、今回のお供え物はなーに??」


「ケイン!ケイン!また勇者さんごっこして遊ぼ!」


「こらこら、分かったから。あぁ。玲奈、こいつらはルカとルナ。俺の姪だ。」


ルカーー。

目と髪、尻尾はブルードパーズを砕いた様に染まりあがり、声は甲高く元気そのものを感じる。


ルナーー。

ルカとは対照的にガーネットを思い立たせる髪、目、尾をしており、ルカより声は少し落ち着いている様な気がする。


何よりこの2人。

身長は120cm程度だろうか。とにかく、ちっちゃくて、もふもふしてて、頭からぴょこっとある耳が柴犬のようで、もう本当に可愛い!

ルカは目が少しタレ目で、ルナは若干つり上がっている。何もかも対照的なのに、髪の毛は2人ともボブで合わせているとか本当天使!!


「今回の供物は、こいつだ。」


「ピィ?」


犬人、改めてケインはそう言って先程のメタルボアーを指さした。


「イノシシ……。」


「人間さん!?」


「いや、イノシシの方だ。とりあえず家に帰ろう。長老が待っている。」


「ちょっと待って犬人さん!供物って……。」


「どうした?」


犬人の小さく重い一言に玲奈は口を結んだ。


歩いて幾分か経ち、長老の家へ辿り着いた。

この村はとても穏やかだ。

竪穴式住居を思い立たせる家がそこらにポツポツとあり、住民はもちろん全員犬人。

もふもふの住民達は農作業であったり、洗濯であったり各々の日常的な生活を送っている。

ただ、1つ人間と違うのはやはりスキルというものであろうか。

洗濯は風魔法の様なもので浮かし乾燥させている。

農作業も人が一度に耕せる範囲を1とした場合、その怪力で4-5倍は耕している。

そして、美男美女が多く、高齢者が1人も居ない。

そう。

玲奈は長老の家に着くまでに年を老いた犬人に会っていなかった。

だからこそ長老の家というのに少し期待と希望を持っていた。


「長老様失礼致します。」


そう言ってケインは徐に戸を開けた。


「やぁ、ケインかい。此度も神託に導いた御運び感謝するよ。供物はなんだい??」


とても落ち着いた女性の声。

でもとても若い。

きっとこの方も若いのであろう。

しかし、その姿はカーテンによって隠されていた。


「は。此度の供物それはーー。」


「あぁ。そこの人間の少女だね。」


「ッ!?」


長老の一言にケインは固唾を呑んだ。

意図は分からないが、供物を玲奈からメタルボアーに変えた理由はあるだろう。

しかし、その全てを長老は理解している様子であった。


「ケイン。救われたんだろう?その少女に。意図していることはある程度は分かるさ。でもね、信託は神託。その少女の生き血がこの村の全てを救うんだ。分かってくれ。」


「し、しかし!!」


「あぁ。もう煩いなぁ。」


長老が苦言するケインに対しそう話した刹那、威圧が玲奈を取り組んだ。

それと同時に長老を隔てていたカーテンが吹き飛んだ。


「ッ!?」


思わず玲奈は言葉を閉ざしてしまう。

カーテンという隔たりが除され、露になった長老は、先刻に自分が可愛いと悶えたルナやルカと変わらぬ幼児体だったからだ。

その上、体の至る所に模様のようなアザが浮き出ており、その痣はひと目で分かるほどどす黒く、禍々しさを感じる。


「長……老……??」


その姿にケインすらも言葉を閉ざす。

思いは相違なれど、玲奈と似た実感はあるのだろう。


「ふふ、あはははは!!」


長老はその2人の様子を見て笑う。

その異常な光景に2人とも唖然とするしか無かった。


「どうだ!!醜いであろう??これが神を愚弄した罪だ!!」


「長老様どうか!!どうか落ち着いて下さい!!」


ケインは長老にそう投げかける。


「煩い。」


「ぐぁぁ!!」


長老はケインの声に冷たい視線を送り無言で吹き飛ばした。


「ひっ!」


そしてその視線は玲奈に移る。


「なぁ、人間の少女。私はね、この世界が憎いんだ。

神という名の概念である存在に、こうも苦しめられている。それはね、村民とて例外ではない。だからね、私が言いたいことが分かるかい?」


「私に、死ねって事ですよね、、」


「うん。ごめんね。」


そう言って玲奈の首は吹き飛ばされた。

この度は異世界看護師を手に取り読んで下さりありがとうございます。

不定期ではありますが更新して行くので、評価頂けましたら幸いです。

今後ともよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 非戦闘員系の転生SSも最近は種類が増えてきましたので、ここからその中でどう立場をこの作品が構築していくか…気になりますね…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ