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♯8 腹芸とかは苦手な類


 空が橙色に染まる夕方。

 マルタはダグと約束した時間に、リブロ辺境伯邸のパーラーへ向かった。

 廊下を歩いていると、室内の照明の色が橙色になっている事に気が付いた。

 昼間は白色だったはずだ。

 まるで夕焼けの色みたいだと思って、そう(・・)しているのだとマルタは気が付いた。

 日のある内は外に出られないダグのために、時間の経過が分かるように。

 見れば飾られている花もそうだ。屋敷に季節の花を飾る事は普通だが、それだけではなく、リブロ辺境伯領に咲く花が中心となっている。


 ダグは本当に大事に想われている。

 良い関係を築いている彼らを微笑ましく思いながら、マルタはパーラーのドアの前に到着した。

 軽くノックをして中へ入ると、お茶会の準備が整えられた丸テーブルの向こうに、ダグは座っていた。


「お待たせしました、ダグ」

「いやいや、時間通りだよ。俺が早く来ちゃっただけ」


 ダグはそう言ってへらりと笑う。

 そう言えば、朝食の時もダグの方が先に来ていたなとマルタは思い出した。

 確かに時間通り――何なら気持ち早め――だけれど、何となく、いつも後で来るのは少々気になる。

 次はもう少し早く来ようとマルタは決めた。迎え入れる側、というのも経験してみたいからだ。

 もっとも、あまり早く来るのも使用人達の邪魔になるため、その辺りはちゃんと考えておかないとだめだけれど。


 そんな事を思っていると、メイドが紅茶を淹れてくれた。一緒にスコーンも運ばれてくる。

 紅茶とスコーン、それぞれの違う香りが、とても心地良い。

 朝食や昼食の時も思ったが、王都で飲んでいた紅茶と比べて、ここで淹れて貰ったものは味がとても優しい。

 素朴というと少し違うが、イメージとしてはそれに近い。

 好きだなと思って飲んでいると、


「マルタ、その紅茶、気に入った?」


 とダグから声をかけられた。


「はい、とても! 好きなお味です」

「そっか、良かった。見ていたら、美味しそうに飲んでくれているから」

「えっ、私そんなに顔に出ていました?」

「出てた出てた。良い表情していたよ」


 ダグはニッと笑うと、自分も紅茶を飲む。

 実に綺麗な所作だ。気さくで、快活で、若者らしい雰囲気のダグだが、やはりしっかりとマナーの教育を受けているのだろう。

 マルタも一般的な教育は受けているものの、この様子だと、彼の隣に並んだ時に違和感の元になりそうである。

 これは仕事だけではなく、一度、自分のマナーもしっかりと学び直した方が良いかもしれない。


 マルタがダグと結婚したきっかけや理由は、様々な条件が絡み合った結果という奴だ。

 こうして一日過ごしただけでも、自分はダグにつり合いが取れないとか、色々と思う所はある。

 けれども。

 それでもダグと結婚したのはマルタだ。他の誰でもない、マルタがダグの奥さんなのだ。

 カルム王から打診された時に、お断りする選択肢だってもちろんあった。しかし自分で考えて、結婚すると選択をしたのはマルタなのである。

 自分で選んだのだ。だったら頑張るのは当然だ。マルタの愛読書『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』のクロエちゃんだって、自分の選択に悩んでも、決して折れたりしなかった。

 ああいう風にマルタもなりたい。


(よし、頑張るぞ!)


 なんて決意をしていると、ダグが小さく噴き出した。

 おや、と思ってマルタが再び彼を見ると、


「マルタは色々表情が変わって良いなぁ」


 と、ダグはくつくつと楽しそうに笑いながらそう言った。

 しっかり見られていたのかと、マルタは少し恥ずかしくなって、たは、と指で頬をかく。


「いや~、家族にも良く言われるんですよ。お前は考えている事が丸分かりだって」

「素直で良いじゃない」

「でもほら私達って、感情はなるべく顔に出さない方が良いって聞くじゃないですか」

「あ~、貴族的に?」

「そうですそうです。腹芸が得意な方が、色々と上手く生きられるかな~とは思うんですが……その、私、向いていないんですよねぇ」

「確かにマルタって素直だから、そういうの苦手そうだね」

「そうなんです、苦手なんですよねぇ」


 そう言ってマルタは肩をすくめる。

 マルタはわりとストレートに物を言うタイプだ。無遠慮な言葉を投げつけるとか、そういう方面ではなく。

 ある程度の気遣いをした上で、回りくどい表現を使わない。顔で笑って心の中では何を考えているか分からない、と言われる貴族の中では珍しいタイプである。

 そもそも言葉にしなくても、マルタは感情が顔に出るタイプだ。

 なので、どちらの意味でも苦手なのである。


「その辺り、ダグはどうですか?」

「辺境伯の息子なので、まぁ、嗜み程度にはねぇ」

「おや、ロベルトさんと同じ事を仰る」

「お、そう? ロベルトは俺の師匠でもあるからな~」

「えっ」


 ダグの言葉にマルタは目を瞬いた。


「ダグのお師匠様は、お義父様ではないのですね」

「あ、親父もそうだよ。槍の。ロベルトは体術の方の師匠」

「体術ですか?」

「そうそう。素手だと親父より強いんだよ、ロベルトって」


 それはまたすごいなぁとマルタは思った。

 前リブロ辺境伯の噂――主に戦いに関してのそれは、マルタですら知っているくらい有名だ。

 向かうところ敵なし、どんな魔物や敵が現れても、彼さえいれば安泰だと言われていた。

 まぁ実際に、どれだけ強くても一人で全部を何とか出来るというわけではないものの、そう噂されるくらい彼は強かったのだ。

 そんな人物より、あの温和そうな執事が強いとは、人は見た目によらないものである。

 ほぁー、とマルタが感嘆の息を漏らしていると、


「あっはっは。マルタって本当に、表情が豊かで良いなぁ」


 なんて、また言われてしまった。

 ……何だかダグがとても褒めてくれる。咎められるようなそれではなく、良い印象を持って貰えたのは嬉しいが、やはり何だか恥ずかしい。

 マルタは頬に熱が集まって来るのを感じた。


「だ、ダグこそ、私の事をよく見てくれていますね」

「うん。だってマルタ、表情がころころ変わってかわいいもん」

「かわ」

「かわいいよ。もっと見てみたい」


 畳みかけるようにダグはそう言った。

 とんでもない誉め言葉が追加されたと、マルタは、ボンッ、と音が聞こえそうなくらい、顔が真っ赤になった。


「ダグはタラシと言われませんでしたか!」

「どうだろう、天然ってのはたまに言われるけど」

「くう、ごくごく自然に生まれた奴か……!」


 正直に言えば、マルタはダグに、そういう言葉はあまり使わなそうだなというイメージを勝手に持っていた。

 なのだが、これだけするすると口から出て来るあたり、そうでもないのだろう。言い慣れていると表現すると少し違う印象になってしまうが、普段使わない言葉はそう簡単に出てこないものだ。

 マルタは答えを求めるようにメイドの方を見る。泣きボクロのある、少しお姉さんな印象のメイドだ。マルタの視線を受けた彼女はにこりと微笑み、ゆっくりと頷く。ついでに軽く両手で拳を作って『ファイト!』なんて、口の動きだけで言われてしまった。

 どうやらそういう事らしい。

 マルタの背後に、

 ぴしゃーん、

 と雷が落ちたような気がした。

 あわわ、とマルタは慌てながらダグの方へ視線を戻す。

 ダグはのんびりとスコーンを食べていた。


「だ、ダグ、あの……」

「なーに?」

「私、あの、まるで経験がないので、その」

「何の経験?」


 マルタがしどろもどろになりながら言うと、ダグは首を傾げる。


「か、かわいい、とか」

「うん」

「そういう、あの、異性から言われるの、慣れていなくてですね」

「そっか。じゃあ思った時に、もっと言おうっと」


 だから手加減をしてほしい、とお願いする前にダグからはそう言われてしまった。

 しかも「思った時に」という言葉つきだ。嘘でも、お世辞でもなく、本音の部分である。

 マルタだって、そう言われるのは嫌じゃない。むしろ好意的に思い始めた相手から言ってもらえるのは嬉しい。

 嬉しいのだが――照れくさいし、そもそも、褒められてばかりも面白くない。


「分かりました! ならば私も応戦しましょう!」

「応戦」

「ええ、応戦です。ダグが格好良いなと思った時に、しっかり言います。負けません」

「えっ」


 お返しにとマルタがそう言えば、ダグは一瞬固まった。

 それから白色の骨の顔を少し――ほんの少し赤くして、


「マジか……」


 なんて呟いていた。声は何となく嬉しそうだ。

 あれ、思っていた反応と違う。もしや選択を間違えたのでは、とマルタがメイドを見ると、彼女は口に手を当てて「ダグ様が照れているわ、珍しい……!」と呟く声が聞こえた。

 どうしよう。

 照れ隠しも兼ねて意気込みを語ったら、もっと照れくさい状態になってしまった。

 マルタはあわあわと焦りながら、とり合えず落ち着かねばと紅茶に手を伸ばす。

 その紅茶は少し冷めたくなっていたけれど、顔も体も熱かったので、マルタにはちょうど良かった。


「……あ! そ、そうそう! 近い内に、陛下が主催する夜会があるんだよ」

「そ、そうなんですね! 出席するんですか?」

「そうそう! 夫婦で是非って言われて!」

「そ、そうですか! 夫婦で! た、楽しみですね!」

「ああ!」


 照れくささを隠すように、あは、あはは、と笑いながら、少し焦りつつ話をする二人が落ち着いたのは、それからしばらく経っての事だった。


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