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♯6 未だ見えない犯人


 その後、一通り天恵(ギフト)が働いた物を見てから、マルタ達は倉庫を後にした。

 ほとんどが魔物の素材だったが、その内の幾つかは、人工物も含まれていた。

 その中でマルタが特に気になったのは魔導銃の薬莢だ。


 魔導銃は一般的な銃とは違い放たれるのはただの銃弾ではなく、炎であったり氷の礫であったりと様々だ。

 その効果(・・)を出すために必要な、魔力にのみ反応する特殊な火薬を詰めるケースが、件の薬莢である。

 それ自体にも特殊な加工が施されているため値は張るし、そもそも再利用可能なため、使用したら拾って持って帰るのが普通だ。

 マルタも魔導銃を扱うが――あまり使う機会こそなかったが――そうしている。


 使った薬莢は拾って帰る。それは魔導銃を扱う者の基本常識だ。

 なのに薬莢が残ったままというのは、違和感があった。


「やっぱりそうだよなぁ。うちの魔導銃使える奴に確認した時も、同じ事を言っていたよ」

「ですよねぇ。現場に落ちていたとなると、たぶん犯人ですかねぇ。いつ頃に見つかった物なんですか?」

「一週間前だ。犯人の物の可能性があると俺も思ってる。……んだけど繋がらないんだよな」


 ダグは、うーん、と唸る。


「どの魔物も、同行した奴以外の魔導銃に撃たれた痕跡がなかった」

「そうなると……魔物以外の事に使われた?」

「繋がらないだろ?」

「本当に」


 マルタは頷く。

 魔導銃は非力な者でも扱える武器だ。

 込めた弾にもよるが、その用途は幅広い。主に戦闘に関しては、だが。

 例えば、火を点けるにしても何かを凍らせるにしても強すぎるし、日常生活に使おうとするにはあまりに危険で、また、先述の通りお金がかかる。

 だから戦闘以外に使う事が難しいのだ。

 現場に魔導銃の薬莢が落ちていたならば、必ず、戦闘の関係で使われたはずである。


 ならば、何の戦いに使われたのか――――。


 その時マルタの頭に『クロエちゃんの』ワンシーンが浮かぶ。

 人間と人間の戦いだ。

 浮かんで、マルタは軽く頭を振る。

 確かに可能性はあるけれど、それはそれで生々しい。

 仮に人間同士の戦いで落ちていたものだたとしたら、もう少し、しっかり痕跡が残っていそうなものだし。

 靴跡とか。


「……そう言えば、現場に靴の跡とかは残っていませんでしたか?」

「あるにはあったんだけど、魔物に踏み荒らされていたり、俺達の靴の跡もあったりで、どれがどれだかは分からないくらいになっててさ」


 あと、とダグは続ける。


「泥だったんだよ」

「泥?」

「そう。毎回、泥。俺達の靴跡が残りやすいように、そうしているみたいにさ」

「あー……」


 それは、どう考えても人間の犯人がいる奴である。

 リブロ辺境伯領の事は、マルタはまだそんなに詳しく知らないが、なかなか厄介な状況になっているようだ。

 けれども、そこでマルタはこの国の王――カルム王が、ダグとの結婚を打診してきた理由が分かった。


 マルタの天恵(ギフト)だ。

 そう言えば幼い頃に父に連れられて、王城で、王族が絡んだ仕事に天恵(ギフト)を利用した事が一度だけある。

 と言っても、ほんのちょこっとだ。そしてあれはエスタンテ家の功績とも数えられていない。

 けれどもカルム王は何かでその事を知って、それでリブロ辺境伯領の状況を考えて、エスタンテ家に声をかけたのかもしれない。

 なるほど、なるほど。ちょうど良い余り物、というだけで打診されたのではなさそうだ。

 

「そう言えば、ご両親……ええと、お義父様とお義母様がいらっしゃる頃に、こういう事は起きていたのですか?」

「いや、無いな。俺の時からだよ。もっと言うと――俺が領主を継いだ事を領民に発表して、少し経ってからだ」

「それって、つまり……」

「そう。俺をリブロ辺境伯領の領主として認めていない奴の仕業かなと思っているよ」


 ダグは気落ちした様子もなく、堂々とそう言った。

 ガイコツ姿の件もそうだが、ダグは自分への評価に対して、あまり落ち込むタイプではなさそうだ。

 そこまで考えて、あれ、とマルタは思った。


「どうしたの?」

「いえ、ちなみにダグがガイコツ姿になったのって、いつ頃なんです?」

「よくぞ聞いてくれました。ちょうどその頃です。誰かに何かを盛られました」

「めちゃめちゃ関係ある奴じゃないですかーっ!」


 思わずマルタはツッコミを入れた。

 つまり、あれだ。たぶん犯人はダグを殺そうとしたのだ。

 けれども何故かダグはガイコツ姿で生きていた――と厳密に言って良いか分からないが――ので、別の方法を考えたのだろう。


「たぶん薬だったんだろうけど、目が覚めた時にはガイコツだったからさぁ。検査出来るものが何もなかったんだわ」

「ちなみにその時に犯人は見つかったんですか?」

「ああ、実行犯は捕まえてる。……でも、どうも誰かを庇っているみたいで、まだ処分が保留になっているんだよ。自分だけでやった以外に、絶対に口を割らないから」


 ダグが軽く肩をすくめてみせた。

 なるほど、それは困った状況だ。

 だけれど。


「実行犯は自分だけがやったという事にしたかった。けれども事件は今も続いている……という事は、まだ捕まっていない方はその罪を、その人だけに負わせたくなかった、という事になりますかね」

「マルタもそう思う?」

「はい。捕まえていない方も意外と、義理堅いか、真面目な人物なのかもしれませんね。やっている事は別として」


 仮に目的がダグを排除する事だとして。

 その目的自体は非道だ。方法も含めて最低だとマルタは思う。


「マルタはさっきも今も、俺の事で怒ってくれるんだなぁ」

「だって、腹が立ちますので。ダグは怒らないのですか?」

「まぁ腹は立つけどさ。怒っていても、事態はあんまり変わらないからね。それぞれに譲れない理由もあっただろうし」


 そう言ってダグは笑った。笑っている場合でもないのだが。


(ダグは怒りの沸点が低いのかしら)


 ダグの顔を見ながらマルタはそんな風に思った。

 もっと怒れとマルタがダグに言うのは簡単だ。

 けれども人から言われて怒るのは、それはそれで何か違う気がする。

 うーん、と考えながら、とりあえずマルタは思考を犯人に戻す。


「とりあえず私も、魔導銃のお店で話を聞いてみましょうか。ここだと、どの辺りにありますか?」

「領都の大通り脇にあるよ。後で紹介状を用意するな」

「ありがとうございます!」


 とにもかくにも調べてみない事には始まらない。

 とは言えダグ達もしっかり調査しているだろうし、今更、マルタが得られる新しい情報は少ないかもしれないけれど。

 にくきゅうエンジェル・クロエちゃんのクロエちゃんだって「相手が変われば、得る物も変わるわ。大事なのは地道に行く事よ」と言っていた。

 つまりは、そういう事だ。

 嫁いできた翌日に、なかなかハードな話を聞いたが、家族を守るために行動するのはちっともおかしな事じゃない。

 可もなく不可もなく、ただ平凡と言われたエスタンテ家の家族だって、ずっとそうして来たのだ。

 だから。


「ダグ、私、頑張りますよ!」


 マルタは力いっぱいそう宣言した。

 まぁ、ダグからは、


「無理しない程度にな~」


 なんて言われてしまったけれど。




◇ ◇ ◇




 マルタと別れたダグは、そのまま自分の寝室へ向かった。

 もちろん眠るためだ。

 身体の関係で、夜に活動する事がメインになったダグにとって、来客等がない限りは昼間は睡眠の時間である。

 こんな姿になったのに、ダグの身体は今でも休息を求める。

 不思議なものだ。見た目だけは死んでいるようなものなのに。


(いや実際に、死んだんじゃないかなぁ……)


 確証もないし調べも出来ないが、そうじゃないかとダグは思っている。

 目が覚めて、身体がガイコツになっていた時。自分は一度、死んだんだろうとダグは思っている。

 ただ身体がこうでもダグの意志はあるし、自由に動く。食事も出来るし、睡眠も必要だ。

 屋敷の者達や領民達も驚きはしたが普通に接してくれている。

 だからダグは自分の今の状況が、特別悪いとは思っていない。まぁ、運は悪かったかもしれないが。


 ――――ただ、他の人間達は違った。


 今のダグを恐れる者達がいる。

 今のダグに同情をしてくれる者がいる。

 今のダグへ好奇の目を向ける者がいる。


 そこには今まであった『普通』はなかった。

 まして初対面の人間なんて特にだ。

 ダグはその事を気にはしないし、傷つきはしないが、それでも多少は寂しいなと思う時もあるのだ。

 だけれど。


(マルタは何か違うんだよなぁ)


 ダグは廊下に立ち止まり、結婚したばかりの奥さんの顔を思い出す。

 アカデミー時代に一度か二度、見たかもしれないくらいの印象の彼女は、最初に会った時から驚くほどに物怖じしなかった。

 ダグの姿を見て目を瞬いていた時は、悲鳴の一つでもあげられるかなと思っていたら、彼女はごくごく普通に「良い骨格ですね」と言ったのだ。

 まさか骨格を褒められるとは思わなくて、ダグの方が驚いたものだ。

 それに、先ほども。


『だって中身、人間でしょう』


 ダグに向かって、マルタはそう言った。

 あの時は何か嬉しい、なんて控えめの表現をしてしまったが、ダグはとても嬉しかった。

 こんな姿のダグを、マルタは疑いもせずに「中身が人間」と言ってくれたのだ。

 彼女にとっては何気ない言葉だったのだろうが――ダグは嬉しかった。

 自分が欲しかった『普通』の言葉だったからだ。


「……俺、マルタと、仲良くなりたいな」


 ぽつりと呟く。

 元々仲良くやっていきたいとは思っていたが、もっとマルタの事を知りたくなった。

 異性に対してこんな風に思ったのは初めてだ。


「夕方、楽しみだなぁ」


 そわそわとした気持ちのままに笑うと、ダグは再び歩き出したのだった。


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