表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

♯5 自分の安売りはダメですよ


 ダグに案内されたのは、リブロ辺境伯邸の地下にある、倉庫のような部屋だった。

 階段を降りて行った先の、やけに頑丈な扉を開けて中へ入ると、マルタは思わず「うっ」と顔を顰めた。


(あちこちに天恵(ギフト)が働く……)


 この天恵(ギフト)は、実害のある中で、危険度の度合いによって嫌な気配は強くなるが、倉庫の中から感じるのは微弱なものがほとんどだ。

 恐らく『微弱になった』と言う方が正しいだろう。時間が経って危険度が薄れたのだとマルタは思う。

 今のところは先ほどロベルトが見せてくれた魔水晶が、一番嫌な気配が強い。

 そんなマルタを見てダグは腕を組んだ。


「その反応を見ると、やっぱりそうか~」

「あの、ここにあるものは?」

「ああ。ここしばらくの間、うちで起きた色々で、気になったものを保管していてさ」


 そう言いながら、ダグは近くの箱を開け、中から羽根を取り出した。

 大きい黒色の羽根だ。


「これはツタガラスの羽根」

「ツタガラスと言うと、深い森に生息している、カラスの姿に擬態する植物の魔物ですよね?」

「そうそう」


 本で読んだ知識を思い出しながらマルタが聞けば、ダグは頷いてくれた。


「これが線路の近くに出た」

「!」


 マルタはぎょっと目を剥く。

 先ほど言ったが、ツタガラスは森の奥深くに生息している魔物だ。

 姿こそカラスのそれを取っているが、その実態は植物。地面に根を張る魔物だ。

 空を飛ぶ――ような事もするが根があるため、そこまで高くも遠くも移動できない。

 擬態した姿に近寄って来た獲物を根で絡めとり、地面に引きずり込んで養分にする――それがツタガラスの生態だ。

 ダグが取り出したツタガラスの羽根は『羽根』と名がついているものの、実際は葉である。その証拠に、近くで見れば乾燥してカサカサとしていた。乱暴に触ればパラパラと壊れてしまうだろう。

 

 まぁ、それはそれとして。

 深い森にいるはずのツタガラスが、何故、線路なんて人里の近くに来ているのか。


「ツタガラスは移動が出来ないはずですよね」

「そうそう。稀に動く事もあるけど、大体は、地亀や地竜あたりの移動に巻き込まれてって事が多いからなぁ」

「……もしかして他にもこういう事が?」

「あるよ。この辺りに保管してあるのは、大体がそういう魔物の素材の一部なんだ」


 それに、とダグは続ける。


「線路付近には魔物除けが設置されている。魔物が近寄って来づらくなっているから、頻繁に起こるのは異常なんだ」

「異常……。……ちなみにこれらが出た時間帯は?」

「夜だよ」


 マルタが聞けば、ダグはそう答えてくれた。

 ふむふむ、とマルタは顎に手を当てる。

 確かに夜は凶暴な魔物が活動する時間だ。けれども――――。


「グリフォンの活動時間は、基本は昼間……ですよね?」

「おっ、よく知っているな~」

「クロエちゃんで読みまして。ちなみにツタガラスの情報もそこです」

「マジか。すげぇ気になって来た。夜に一冊貸して貰って良い?」

「もちろんですとも!」


 なんて、少々話題は逸れたが。

 グリフォンのところへ話を戻すが、やはり活動時間は昼間で正しかったようだ。

 クロエちゃんが間違っていなかった事にマルタは安堵しつつ、新たに浮かんだ不安を口にする。


「……それは完全に狙ってきていませんか? その、ダグを」

「そーなのよねぇ。どうも、それっぽくてさぁ」

 

 困ったもんだよ、とダグは肩をすくめた。


「行動が異常な魔物が出てくるのは全部が夜。だからうちの領民への被害は出ていない」

「ダグが倒しているからですね」

「うん。ま、俺だけじゃないけどな。付き合ってくれる奴らもいるしさ。……だけど、犯人が特定し辛くてなぁ」

「と言いますと?」

「魔物を連れて来るってのは、なかなか危険な作業だし、目立つだろ? 痕跡も多少はある、けれど、犯人までどうしても繋がらない」

「それは……」


 厄介な話だとマルタは思った。

 ダグの言った通り、普通ならば目につきやすい事なのだ。

 ダグを狙っていると仮定すると、この街――領都から、そう遠くに放っては意味がない。

 街から近いという事は、必然的にバレやすい。にも関わらず判明していないとなると、相手はだいぶ慎重か、協力者が多数いるか、もしくは厄介な天恵(ギフト)持ちかの何れかだろう。


「こう、重い物を運んだような、車輪の跡とかは」

「ないんだよな~」

「わあ……お化けみたいに出て来る……」

「そうなんだよ。俺もその技使いたい、お化けみたいな見た目してんのに出来ないし」

「あら、見た目はガイコツでも中身は人間でしょう、ダグは。そりゃ出来ませんよ」

「え?」


 茶化すように言ったダグにマルタがそう返すと、彼からは目を丸くされてしまった。

 何かおかしい事をいっただろうかとマルタは首を傾げる。


「…………中身」

「だって中身、人間でしょう」

「…………」


 改めて言うと、ダグはポカンとされてしまった。

 どうしてそういう反応になるか分からない。


(あれ、もしかして何かこう、失礼な事を言ったのでは……!?)


 考えて、マルタが辿り着いたのはそこだった。

 どうしよう、仲良くなろうとした矢先に、これはまずいのではないだろうか。

 あわあわとマルタは慌てて、


「しっ失言でしたかね!?」


 と聞くと、ダグは噴き出すように笑う。

 楽しくて仕方がないというような笑い声だ。


「ハハハ、いやいや、失言じゃないよ。まったく! むしろ、俺の方が失言だったよ」

「えっ、ダ、ダグの方がですか?」

「そうそう。ごめん、自虐だったわ。俺としたら何て事はないんだけどさ、見た目で気遣われる事が多かったから。空気を和ませようとして、ネタで使っていた」

「…………」


 ダグの話を聞いてマルタは目を瞬いた。

 同時に、少し、理解した。

 彼が今までどんな言葉を向けられていたのかを。


「それはダメです」

「?」

「和ませるためでも、自分を安く売ってはダメです。姿がどうとか、そんなものは二の次です」


 マルタは彼の空洞の目を見つめ、そうはっきり言う。

 人は基本的には見た目で判断する生き物だ。

 中身を見ている人間は確かにいるけれど、それでも、多くは、見た目から得た情報を思考に取り入れる。


 ダグはガイコツ姿だ。彼がどういう事情でこうなったかは、マルタは知らない。

 けれどもダグはガイコツ姿でなかったら、もっと、立派な女性と結婚していたのだという事はよく分かっていた。

 ガイコツ姿じゃなかったら、マルタに声なんてかからなかっただろう。


 学生時代だってそうだ。二つ年上のダグとは接点もないし、彼の周囲にいた人達の雰囲気とマルタはまるで違う。

 マルタは平凡だ。悪い事はしないけれど、貴族女性としてはごくごく平凡なのだ。

 頭の良さも普通だし、何かすごい功績を立てているわけでもない。どちらかと言えばインドア派で、ダグは恐らくその逆だ。

 マルタが誇れる事と言えば、没頭できるくらい好きな物に熱意を持てるだけ。

 

 ダグを支えて共に歩くパートナーは、本来であればマルタではない。

 もっとちゃんと、しっかりとした人間であるべきだったのだろう。

 その間に愛情とか、そういのがあればまだ良かったが、マルタとダグにはまだそういうものはない。

 誰も言葉にはしないけれど、きっと、そうだったはずだ。


 だから自分で自分を貶めるようなダグの発言を、マルタは聞き逃せなかった。


「申し訳ない事に、あなたの努力と研鑽を私はまだ、そんなに知りません。けれども、それを知っている人はきっと多くいます」


 話ながらマルタは、ツタガラスの羽根を持つ手とは逆の彼の手を、自分の両手で取る。持ち上げて、そっと握る。


「あなたが気遣われたくない事を気遣う人のために、あなたが自分を貶める必要はないです」

「――――」


 マルタがそう言うと、ダグは驚いたように固まった。

 それから彼は少しだけ視線を彷徨わせて、


「…………そっか」


 と呟く。


「そうですとも。……ちょっと偉そうに言っちゃいましたけど、ダグが気を遣わなくても良いんですよ」

「そっかぁ」


 彼はもう一度、今度はしみじみとそう言うと、ツタガラスの羽根を箱に戻す。

 そして空いた手をマルタの手に添えた。


「ありがとう、マルタ。……何か、嬉しいよ、そう言って貰えて」

「お礼を言われるような事じゃないですねぇ」

「俺としてはお礼を言いたい事だったよ」


 そしてダグはフッと微笑んだ。


「俺は良い奥さんを貰ったなぁ」

「私の方が良い旦那様をいただいたと思いますけどねぇ。お互い様――になるには私の方がだいぶ足りていないので、頑張りますけれども!」

「いや~、それを言うなら俺の方が、全然、足りていないよ」


 そのままダグはマルタの手を見下ろして。


「ありがとうマルタ。……ありがとうな」


 そして、ぎゅ、と少しだけ強く添えた手を握って、そう言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ