♯4 マルタの天恵
「ダグ様、マルタ様、一つ、問題が発生しました」
朝食後。
お茶を飲んでいると、ロベルトが何かを持って、ダイニングルームへ入って来た。
それは布に包まれていて、見ていると、何か少し、嫌な感覚をマルタは覚えた。
(たぶん良くない物だ)
マルタはそう心の中で独り言つ。
昔から、自分の周辺に実害が起こる悪い物に対して、マルタは勘が働く。
これは天恵という、先天的に持っていた特技だ。
天恵とは、妖精信仰が盛んなこの国では『妖精から与えられたもの』という考え方が強い。
まぁ近年の研究では、濃度の高い魔力――目に見えない血液のようなもの――によって発生したもの、という事が分かっている。
例えば、胎児の時に特定の過剰過ぎる魔力を与えられる事で天恵を得ただとか。
先祖にいた天恵持ちに近い魔力を持った事で、世代を越えて受け継いだりだとか。
そいう幾つかの事実が明らかになっていた。
ただ前述の通り、この国は妖精信仰が盛んだ。
だからこそ、その研究結果は受け入れが難いと考えている者が一定数いる。特に年代が高い層はその傾向が強かったりする。
そんな天恵だが、マルタの場合は<幸運>の天恵にカテゴライズされるものだ。『悪意』を察知する力である。
両親がマルタの天恵を知った時、曾祖母もそうだったと教えてくれた。
特別すごい天恵ではないが、色々に便利だし、自分が曾祖母の天恵を受け継いだというのも、マルタは嬉しかったものだ。
さて、その天恵が、あの布を良くない物だと判定している。
一体どんなものが出て来るのか。
そう思って見ている前で、ロベルトがするり、と布を開く。
すると中から、濃い紫色をした水晶、のようなものが出て来た。
それを見てダグが目を丸くする。
「魔水晶じゃないか。どこから出て来たんだ?」
「ダグ様が討伐したグリフォンの中からです」
「あー、あれかぁ。なるほど、だからか。妙に暴れると思ったよ」
ロベルトの話に、はー、とダグが息を吐いた。
魔水晶というのは、名前の通り魔力が固まった水晶だ。
それには幾つかの性質があり、見た目で判断できる。その中で濃い紫色は、毒素を持った魔力で出来ている物だ。
この世界に生きる者は多かれ少なかれ魔力を持つ。
血液のように、生き物の身体に、自然に、それは流れている。
魔水晶は、その血液のような魔力から出た不純物のような物だ。魔力の中で、その正常な動きを妨げるため、外へ排除された物が塊となったのが魔水晶である。
不純物とは言えど、本来であれば固まる事のない、純度の高い魔力の塊だ。色々と利用価値がある。
それを体内に取り込んで、一時的に魔力を強化する――なんて乱暴な芸当も可能だ。魔力が強化されれば、身体能力も上昇する。
まぁ、かなり強い副作用が出るし、精神に異常をきたす恐れがあるため、意図的に行うなんて事は普通はないのだが。
話を聞く限り、グリフォンは魔水晶を飲み込んでしまったのだろう。
――――ただ、気になるのはロベルトが『問題』と言ったところだ。
「ロベルトさん、問題とは?」
「はい。この魔水晶に、加工された跡があります」
「へぇ」
ロベルトの言葉にダグの目が細くなる。
「となると、何者かが意図的に、グリフォンに食わせたって事になるな。……見せて貰えるか?」
「はい。こちらです」
ダグが言うと、ロベルトは布ごと魔水晶を差し出す。
それを受け取って、ダグは色々な角度から魔水晶を眺めていた。
マルタも気になったので、近づいてそれを覗き込む。
「あ、綺麗に研磨されていますねぇ」
「だな。魔水晶の加工が出来るのは……うちだと二つの工房だったな」
「はい。フェルゼン工房と、トーン工房です。どちらも確認しましたが、覚えがないと」
「ふーむ……」
ダグは腕を組んで唸る。
魔水晶は使い方によっては色々と便利な代物だが、誰でも加工が出来るというわけではない。
ある意味で爆弾のようなもので、扱い方を間違えば、魔水晶の性質に合わせて爆発等、周囲に甚大な被害が及ぶのだ。
だからこそ、魔水晶を扱うためには資格がいる。各工房に入り、経験を積み、そして国が定期的に行っている試験に合格して初めて『魔水晶加工技師』という資格が得られるのだ。
リブロ辺境伯領では、今ロベルトが上げた二つの工房に、その資格を持った人間がいるのだろう。
そして、どちらも違うと言っているとなると。
「他領から入ったか、それとも隠れてやっている奴がいるか、か」
「そうですね」
あとは二つの工房が嘘をついているか、もあるだろうが、マルタは言葉にしなかった。
領地の事をよく知る二人が、その可能性を口にしなかったのだ。恐らくそういう人間ではないのだろう。
マルタは少し考えて、軽く手を挙げる。
「あのう、話すのは初めてですが、私は<幸運>の類の天恵持ちです」
「お、マジか。そうなの?」
「はい。で、まぁ、悪い方の物に働くタイプでしてね」
そう言いながらマルタは魔水晶を指さす。
「それを天恵がそうだと判定しました」
ただ魔水晶があるだけでは、マルタの天恵は働かない。
存在しているだけで悪だというものは、世の中にはない。
この天恵が悪い物だと判定したならば、それは後天的な理由――誰かの悪意が絡んでいる。
マルタがそう話すと、ダグとロベルトは神妙な顔になった。
「……ダグ様、これはもしや」
「ああ、その方が良いだろう」
それから二人はそう話すと、マルタの方へ顔を向ける。
「マルタ、頼みたい事がある。君に見て貰いたいものがあるんだ」
そして、そう言ったのだった。