♯3 中間点が良いのでは?
マルタの両親は仲が良い。
マルタと同じ赤毛のストレートヘアと青い瞳をした母エルダは、社交界では美人と評判だ。
いつもおっとりとした笑顔を浮かべている事から、一部のファンからはエスタンテ家の天使、なんて呼ばれているらしい。
確かに母は天使のような人だ。年齢よりは幼く見える顔立ちが、よりその呼称に拍車をかけているとか、いないとか。
ちなみにマルタは髪や目の色は母譲りだが、顔立ちは父メディオのそれを受け継いでいる。
マルタの父は愛嬌があって、ちょっと地味な容姿だ。
だから、たまに「どうしてエルダさんを落せたのか」と疑問を持たれる事があるが、逆である。母のエルダが父メディオに一目惚れをし、頑張って、頑張って口説き落したのだ。
学生時代の時の話らしく、当時を知る者達は「あれは微笑ましかったねぇ」としみじみ言っていた。
なのでマルタにとって一番身近な恋の話は、それである。二番目は『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』の話の中に出て来た恋愛話だ。
まぁ、それはそれとして。そうであるので、恋とか愛とか芽生える前に結婚したマルタは、まだまだそれがどういう感覚なのか分からない。
◇ ◇ ◇
朝食の時間だと呼ばれ、案内されたダイニングルームへ入ると、そこは分厚いカーテンがしっかり閉め切られていた。
遮光の素材で出来ているのだろう。外の日差しは一切入っていない。
結婚前に説明を受けたが、これがリブロ辺境伯邸の普通なのだそうだ。
その理由は、太陽の光に弱いダグの骨質だ。
ちなみにここだけではなく、昼間は廊下など、ダグが移動する場所はしっかりとカーテンが閉められていたりする。
さて、その件のダグは、すでにテーブルについていた。
彼はガイコツの姿であるが、食事は普通に必要なのだそうだ。ついでに排泄も風呂も必要らしい。ますますもって不思議な身体である。
さて、そんなダグはマルタの姿を見つけると、軽く手を挙げて「おはよう、マルタ」と挨拶をしてくれた。
「おはようございます、ダグ。それとグリフォン討伐、お疲れ様でした。お怪我はありませんか……って聞くと失礼になりますか?」
「いーや、心配してくれてありがとうね。怪我はぜんっぜん、これこの通り、骨に引っかき傷一つついてないよ」
そう言ってダグは腕をまくって見せてくれた。
さすがにかすり傷は見えないが、怪我らしい部分はなさそうだ。
ダグ・リブロの腕っぷしの強さはアカデミーでも有名だったが、なるほどなぁとマルタは思いながら、ダグの向かい側に座る。
すると直ぐに朝食が運ばれてきた。
焼きたてのパンに、ベリーのジャム、スクランブルエッグに、チーズ。それからミルクティーだ。
美味しそう、と思ったら、お腹の虫が主張し始めそうな気配がした。
わー、と見ていると、
「マルタはよく眠れた?」
とダグから聞かれた。
「はい、それはもう! 夢も見ないくらいぐっすりです!」
「そりゃ良かった」
「ダグはどうですか? 夜に仕事をしていて、眠くはありませんか?」
「俺はどっちかと言うと、今は昼夜逆転生活――ってわけじゃないけど、昼間に寝る事の方が多いから平気だよ」
「あー、確かに、その方が動きやすいですもんねぇ」
「そうそう。まぁ、来客対応がある時は別だけどさ。あの時は眠いんだよ、困った事に」
肩をすくめて話すダグに、その姿を想像してマルタはフフ、と微笑む。
日中、自由に動けないダグにとっては、夜間に色々した方が都合が良いのだろう。
となると、もしかしたらこの朝食は、ダグにとっての夕食と同じ意味を持つのかもしれない。
マルタがそう思っていると、
「あ、でも、マルタと結婚したから、昼間はなるべく起きていようとは思っているよ」
そうダグは言ってくれた。
マルタは目を瞬く。
「私と結婚したから、ですか?」
「そうそう。奥さんと、ちゃんと交流したいんだ。お互いの事、まだ良く知らないしさ」
「…………おおお」
「どしたの、魔物の咆哮みたいな声を出して」
感動と驚きが混じった声だったはずだが、魔物の咆哮に聞こえたらしい。
自分の声は魔物のそれと似ているのかとマルタは若干のショックを受けた。
受けたが、まぁ、そんな事はどうでも良い。
「何か、その、男性からそんな言葉を貰った事がなかったので、びっくりしたんです」
「え? でも、貴族のお嬢さんだろ? 少なからず、異性と交流もあったんじゃない? アカデミーにも通っていたんだろ?」
「あ、はい。あるにはありましたけれど……まぁ、貴族って結構、損得考えるじゃないですか」
「考えるね」
「うちと付き合って、メリットもデメリットもほぼないんですよ」
マルタは肩をすくめてそう答えた。
実際に、エスタンテ家と付き合っても、毒にも薬にもならないというのが世間の評価だ。
だから明確に敵視して来る相手はいないが、積極的に交流を持ちたいという相手もそんなにいない。
当たり障りなく日常会話をするくらいだ。
(まぁ、そこは私の趣味が理由でもあるのだけど)
マルタは『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』の大ファンだ。
それを特に隠す事なく、同じ趣味を持った友人――身分や性別関係なく――と話をしたりはしていた。
どうもその趣味が、少々、一部の貴族から嘲笑を受けていたらしい。
好きなものを好きだという事を馬鹿にされるのは、マルタだって良い気分はしない。だからマルタの方からも、他人とは距離を取って付き合っていた。
仲良くなったのは同じクロエちゃん好きの人とだけ。
だから同じ趣味を持たない人と、互いの事を知るために交流を持とう、なんて申し出は初めてだったのだ。
「損にならないから適当に、二番手、三番手、その後辺りで知り合おう、みたいな感じですかねぇ」
「貴族の考えって、やーねぇ」
「本当ですよ。私もダグも貴族ですけれど」
「だなー。そうはなりたくないよなー」
それは確かにとマルタは思う。
別に、マルタだって損得だけを考えて、自分と交流を持とうとしる相手とは、そんなに仲良くなりたいとは思わない。だから後回しにされたって良いのだ。受けなければ良いだけだから。
けれども、それが露骨に伝われば、マルタだって良い気分はしない。
自分はそれをされて嫌だった。だから自分は、そんな事はしない。仲良くなりたい相手と仲良くなって、なりたくない相手とはほどほどに距離を取る。
マルタはそうやって今まで生きて来た。
貴族としては上手く付き合うべきなのだろうけれど、生憎と、マルタはそんなに器用ではなかった。
だから、ダグも「そうなりたくない」と言ってくれたのが、少し嬉しく感じたのだ。
「というわけで、初めてでした。ありがとうございます」
「予想外の初めてをいただいてしまった。こちらこそありがとうございます」
なんてお互いに良く分からないお礼を言い合って。
その直ぐ後でダグは「だからね」と続けた。
「俺はマルタと仲良くなりたい。なので昼間はなるべく起きています」
「うーん、それは嬉しいですが、ダグの体調が心配です。主に睡眠不足で」
「俺、骨だし」
「骨って睡眠が足りないと脆くなるそうですよ」
「マジで」
「マジです」
まぁ、その知識も『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』から得たものなのだが。
それは言わずに置きながら、マルタは少し考えた後、
「ならば私が夜にダグと交流をすれば良いのでは?」
「マルタが睡眠不足になるでしょ」
「寝る前に言いましたが、私、夜の方が元気なんですよ」
「元気と睡眠不足は別の問題」
そして今度はダグから、似たような注意を受けてしまった。
活動時間が合わないのはなかなか難しい問題である。
うーん、と考えて、
「となると、早朝か夕方ですかねぇ」
とマルタは言ってみた。
どちらかの時間に合わせるのが難しそうなら、中間点を取ってみたらどうかと思ったのだ。
早朝も夕方も、その時間帯ならば空いた時間が出来やすい。
そうマルタが提案してみるとダグは、
「それいいな、採用!」
なんて元気に頷いてくれた。
採用されたらしい。よし、とマルタはガッツポーズをする。
「じゃー、今日からよろしくな!」
「はい、よろしくお願いします!」
「よーし。それじゃ、まぁ、食べようか~」
「そうですねぇ」
そして、そんなやり取りをしながら、マルタとダグは朝食を食べ始めたのだった。