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♯2 賑やかなリブロ辺境伯邸

 

 マルタはエスタンテ家という、貴族の中では真ん中くらいの家に生まれた。

 貴族社会の上と下に挟まれた中間管理職、と言えば分かりやすいだろうか。

 これが領地を治める貴族であれば、立場の意味合いもまた違っただろうけれど、エスタンテ家は国に雇われて働く側の貴族だった。

 目立った功績を立てるわけでもなく。

 突出した特技があるわけでもなく。

 ごくごく真面目に仕事をするのがエスタンテ家の特徴と言えば特徴だった。

 そして大体割を食うのは、そういう真面目な側の人間である。




◇ ◇ ◇





 結婚式の翌日、マルタはいつも通りの時間に目を覚ました。

 時間的には早起きと言われる区分だ。

 ベッドから降りて、着替えて。

 カーテンと窓を開け、朝の心地良い風を部屋に入れ、マルタは大きく伸びをする。

 マルタが今まで住んでいた王都と比べて、朝の空気は少し冷たい。リブロ辺境伯領が王国の北に位置するからだ。


「見て見て、アリス! すごいのよ、今日はグリフォンのお肉なのよ!」

「きゃー! すごいわね、すごいわね、エリカ! ご馳走よ! 今日はとってもご馳走なのよ!」


 ふと賑やかな声が聞こえて下を見ると、そっくりな顔立ちをしたメイドが二人、きゃっきゃっと楽しそうに話していた。

 たぶん双子だろう。箒を手に、お揃いのおさげを揺らしながら、メイド達はぴょんぴょん跳ねている。

 歳はマルタより下――十四、五くらいだろうか。

 可愛いなぁとマルタが見ていると「こら、二人共」と、穏やかに叱る声も聞こえて来た。

 ぴゃ、と固まるメイド達。少しして老紳士――確かロベルトと紹介された執事が現れて「まだ早朝ですよ、お静かに」と人差し指をを立てた。

 それから彼はすっと顔を上げて、


「マルタ様、おはようございます。朝から騒がしくて、申し訳ありません」


 とマルタにそう言って、頭を下げた。

 おや、とマルタは目を瞬く。どうやら見ていたのを気付かれたようだ。

 ロベルトの言葉にメイド達もこちらを向いた。二人は目を丸くして、


「ひゃー! マルタ様、おはようごうざいます! 起こしてしまって申し訳ありません!」


 と声を揃えて謝る。

 その声量はまた大きくて、ロベルトはこめかみを押さえていた。

 たは、とマルタは思わず吹き出す。


「いえいえ。ちょっと前に起きたばっかりですから、大丈夫ですよ。おはようございます」

「えっそうですか!? 良かったね~エリカ~」

「良かったね~アリス~」

「良かった、ではありません」


 ねー、と笑い合うメイド達にロベルトはため息を吐いた。この様子だと、いつも手を焼いていそうだ。

 マルタからすると、元気いっぱいなのは良い事である。

 んふふ、とマルタは笑いながら、窓枠に乗せた腕を組む。


「ところでグリフォンがどうしたんですか?」

「深夜過ぎに、ダグ様が狩って来たんです!」

「深夜?」

「はい! グリフォンが魔導列車の線路付近に出たって報告を受けて!」


 マルタの言葉にメイド達は交互にそう答えてくれる。

 深夜に出たと聞いてマルタは目を丸くした。

 少し妙だと思ったからだ。マルタの愛読書『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』にもグリフォンが登場する回があるが、あそこには昼間に活動する魔物だと書かれていた。

 なのに夜とは、どういう事だろう。いや、クロエちゃんに書かれていた内容が違っていた――なんて事も、あるにはあるだろうが……。


(でもあの物語は、かなり詳しく調べられて書かれているはず……)


 マルタは作者のインタビューが書かれていた雑誌も複数読んだが、その全部に、はっきりとそう書かれていた。悪い点を論う事で有名な批評家も、その一点だけは褒めていた記憶がある。

 うーん、とマルタは首を傾げながら、念のため聞いてみた。


「グリフォンが夜にですか?」

「はい!」

「ええと、あと深夜と言うと、それはもちろん結婚式の後の」

「はい。お疲れでしょうから、私共で対処しますと申し上げたのですが、ダグ様が『自分の仕事だから』と」


 ロベルトの言葉に、マルタは「おおお……」と軽く慄いた。

 領地に対する責任と、仕事熱心さがすごい。自分なんてあの後しっかり眠ってしまっていたのに。

 マルタも護身術の類は多少は学んでいるが、サポートの手厚い魔導銃を使うのが関の山で、戦闘能力はさほどでもない。

 けれども。だけれども、辺境伯のところへ嫁いだならば、自分も、もっと、そういうのを学んだ方が良いのだろうか。

 そんな事を真剣に悩みだしていたら、


「辺境の魔物は強いですから、まず小型から挑戦するのが良いかと」


 なんてロベルトに助言を貰った。

 言葉にしていないのに、何故伝わったのか。


「ロベルトさんは読心術の心得が……?」

「フフ、執事の嗜み程度に」


 それは嗜みと言うのだろうかとマルタは訝しんだ。

 しかし、まぁ、辺境伯邸の執事という立場上、あったら便利な特技なのだろう。

 嫁いで一日目のマルタには、まだまだ分からない事が色々だ。ここの人間の事も、領地の事も。

 頑張ろうとマルタが決意していると、


「マルタ様、マルタ様。違いますよ、嗜みじゃなくて、単純にロベルトさんの趣味なんですよ!」

「マルタ様、マルタ様。ロベルトさんって、無駄に大量の技術や資格を習得するのが趣味なんですよ!」


 メイド達がそう教えてくれた。

 趣味だったらしい。

 マルタがスッとロベルトの方へ視線を向けると、彼はにこりと微笑んだ。それからロベルトはメイド達の方へ顔を向ける。


「アリスさんとエリカさんに、無駄に習得した技術の特訓をして差し上げましょう」

「ヤダー! ぜったいにヤダー!」

「逃げるのだわ、アリス!」


 メイド達は、ぴゃっ、と飛び上がると屋敷の中に逃げ込んでいった。

 ロベルトはそれを追わずに「やれやれ」と呟く。そしてマルタの方へ「それでは奥様、朝食の用意が整いましたら、ご案内いたします」と丁寧に頭を下げて、彼もまた屋敷の中へ戻って行った。

 早朝から元気を貰った気がする。今日は一日、良い事がありそうだ。


「グリフォンのお肉ってどんな味なんでしょうねぇ」


 朝食では出ないだろうけれど楽しみだ。

 そう思いながらマルタは、そのまま朝食の時間まで、外の景色を眺めたのだった。


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