♯28 嫌な方面での用意周到さ
街中に響き渡った爆発音を聞いて、集まって来た人々や駆けつけて来たラズに事情を説明した後、マルタ達は放心状態のカイを捕らえてリブロ辺境伯邸へ戻った。
カイはずっと呆然としていて一言もしゃべらない。そんなカイに見張りをつけて、ひとまず地下室に放り込むと、マルタ達はダグの執務室へ向かった。
嬉しい事と嫌な事が一気に来てマルタも少し混乱しているが、とりあえず怪我人が出なかったのは何よりである。
執務室のソファーに座ると、執事のロベルトがミルクティーを淹れてくれた。
色々あって、身体も気持ちも少し冷えていたようで、一口飲むと温かさと甘さが口の中に広がってホッとする。
ほう、とマルタが息を吐くと、
「こちらが行動を起こす前に、色々やらかしてくれたのは良かったんだか悪かったんだか……」
ラズはそう言いながら、複雑そうな顔でガシガシと頭をかいた。
元々、カイ・リブロを捕まえるという事は決定事項だった。
けれどもその過程がこれでは、やはり色々と思う所があるようだ。
何だかんだで父親ですもんね……とマルタが少し心配していたが、
「計画が無事済んだら、あいつを思いっきり数発ぶん殴ってから捕まえようと思っていたのに……」
ラズは若干据わった目で、何とも不穏な事を呟いていた。
聞こえてはいけない類の奴の気がする。マルタは聞こえなかった事にした。
まぁ、そんな事はともかく、今の問題はカイが持っていた陽光石だ。
「カイさん、陽光石を投資した時に貰ったと言っていましたよね」
「ああ。そうなると、その相手はギブソン・ローレルで間違いがないだろうね」
「ですよねぇ」
カイには人望も人脈もない。付き合いがある相手はギブソン・ローレルくらいだ。
そこに「投資で」とつけば、カイに陽光石を渡した相手は確実にギブソンだろう。
「あの時、カイさんが持っていた陽光石に、細かいヒビが入っているように見えました」
「ああ、俺も叔父さんから石を奪った時に見えた。……となるとあの爆発は陽光石の特性だな」
「特性ですか?」
「そうそう。中に光が見えただろう? あの光が一定の時間、空気に触れると、ああいう風に爆発を起こすんだ。恐らくわざとヒビが入れてあったんだ。ああいうのは爆弾に加工するためにするものだけど……それじゃあないだろうな」
そう言ってダグは腕を組む。
何故、ギブソンがそんなものをカイに渡したのか。
これは結果から、明確に一つの答えが出ている。
「カイさんを始末するため……ですかね」
「そうだと思うよ。カイ叔父さんが持っている時に爆発しても、質屋で売った後で爆発しても、どのみち加害者はあの人になるから」
恐らく口封じも兼ねていたのだろう。ただ、カイが生き残っていたら証言が出るので詰めが甘い。
そう思っているとロベルトが「実は他にも……」と軽く手を挙げる。
「何かあったのか?」
「はい。銀屋のオキツさんから連絡がありました。カイ様が魔導銃の模造品の手入れを依頼しに来たと」
「魔導銃?」
ラズが怪訝そうに片方の眉を上げる。
「あいつは魔導銃に興味がなかったはずだが……」
「売るためと言っていたそうです。その魔導銃の模造品ですが――薬を運ぶ時に使われるタイプでした」
「!」
ロベルトの言葉を聞いて、マルタ達全員の顔色が変わった。
直ぐにラズが苦い顔になりこめかみを押さえる。
「……なるほど、妖精薬の前科があれば、カイ叔父さんの始末に失敗しても、そちらで引っ張れるという事か」
「はめられた相手があいつだとしても、用意周到過ぎて反吐が出るな」
ハァ、とラズはため息を吐いた。
話を聞きながら、マルタは顎に手を当てて、ふむふむ、と考える。
「そこまでの事をしたとなると、ギブソン・ローレルはだいぶ焦っているのですね」
「領主暗殺を失敗ってのが一番効いているんだろうな。殺したと思ったらガイコツ姿でピンピンしているんだから」
ダグは自分のガイコツの顔を指してニッと笑う。
実際にはラズの図り事が上手く行ったからではあるが、こういう意味で、相手のボロが出るのは幸運だ。
「だけど、カイ叔父さんを通じて情報を流すってのが、ちょいと頓挫しそうだな」
「うーん……ラズさんの天恵では行けませんかね?」
「俺かい? ……ああ、なるほど。親父の姿に見せかけるのか」
「はい。一緒に爆発は起きたが捕まらなかった……となるとギブソン・ローレル側の人間が見ている可能性はありますから、安全性を取って一度捕まったが釈放されたというような噂を流す必要はありますが」
頷いてマルタはそう提案する。
ラズの天恵でそういう事が出来るのはダグで証明済みだ。そしてそれは他では知られていない。
今の状況で一番有効的な方法はこれだろうとマルタは考える。
しかし、これには一つ致命的な欠点がある。
ラズの天恵を使った人物が完璧にカイ・リブロを演じなければならない、という事だ。
「問題は誰がカイ叔父さんになるかだな……」
「そりゃ、俺だろうな。あいつがどういう人間で、どういう振る舞いをしているかはよく知っているよ。ギブソン・ローレルとどういうやり取りをしてきたかは、親父に吐かせる」
「吐かせる」
「ああ。唯一、信じていた相手から裏切られたと理解すれば、あいつだって自分の状況を察するだろうさ」
フフフ、と悪い顔でそう笑う。
これは今まで相当の鬱憤が溜まっているんだろうな……とマルタは思った。ついでにどう吐かせるかも聞かない方が良さそうである。
ダグも「ハハハ……」と苦笑した後、
「ギブソン・ローレルを騙しきれるかは分からないけど、ラズ兄がやる気を出してくれているなら任せて良いかい?」
と言えば、ラズは笑って「もちろん!」と拳で胸をトントン、と叩いた。
それからややあって「あ」と何かを思い出したように声を出す。
「どうかしましたか?」
「いや、そうなるとダグにかけた天恵を解けるなと思って」
「ああ、もしかして対象はお一人で?」
「そうそう」
「なるほど……じゃあ、俺はしばらくずっと仮面でも被っていようかね。誰に見られるか分からないし」
ダグは数回軽く頷いてそう言う。
確かに今回の計画としては、屋敷の中でもそうの方が安全だ。
人の目というものはどこにでもあるものだ。カルム王達も関係しているのだから、些細な事で計画を失敗するわけにはいかない。
なので当然の判断ではあるが――、
「あの、ダグ」
「はいはい、何だいマルタ」
「出来れば……のお願いなのですが」
「うん?」
「無事に計画が成功したら、ですね。その……一番にお顔を見せて頂けたらなぁって……」
「…………」
マルタがおずおずとそうお願いすると、ダグがぴしりと固まった。
それから彼は小刻みに震えた後、ちょっと顔の骨を赤く染めながら、その骨の手で目を押え、
「俺の奥さん、かわい過ぎない……?」
なんて呻き始めた。
その言葉が聞こえたマルタの顔も同じように赤くなる。
そうして二人で照れ合っていると、
「……いや、本当にマルタさんのご両親みたいになりそうだなぁ」
なんて、じみじみとラズが呟いた。




