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♯23 カルム王とメアリー王妃


 カルム王とメアリー王妃を、こんなに近くで見るのはマルタは初めてだった。

 順番が来て、目の前に立つと否が応でも緊張して来る。

 マルタはそんな心境を必死で隠し、ダグの隣に並んで笑顔を浮かべる。


「ダグ、マルタさん。結婚式以来だな。元気そうで何よりだ」

「ダグさん、マルタさんいらっしゃい。今日は来てくれて嬉しいわ」


 そんなマルタ達に向かって、カルム王とメアリー王妃はそう声をかけてくれた。

 ダグは兎も角、自分の名前まで覚えてくれていたなんてと、マルタは感動を覚える。

 もっともダグとの結婚の打診は王族から来たもので、そんなに昔の話でもないので、頭の隅にくらいは入っていてくれたのだろうけれども。

 それでもやはり、誰もが知っているこの国で一番偉い人に名前を呼んで貰えたというのは、なかなか貴重な体験である。

 わー、わー、と心の中が賑やかになっていると、まずはダグが胸に手を当ててにこりと挨拶をした。


「陛下も、王妃様も、お元気そうで何よりです」

「ごっ、ご招待いただき、ありがとうございます!」


 それを聞いてマルタも慌てて続く。若干噛んでしまったところで、カルム王とメアリー王妃が微笑ましそうに目を細める。

 誤魔化そうとしても、やはり出てしまうのがマルタである。普段通りのダグと違って、まだまだ勉強が足りていない。

 うう、と思っていると、


「エスタンテの子らしい素直さだ。それに……フフ」

「どうしました?」

「いや~若いな~と思ってな~。公衆の面前で頬にちゅうとはやるではないか」


 首を傾げて聞き返すダグに、カルム王はニヤリと楽しそうに笑って言った。

 ちょっと意地悪そうな顔になっている。

 ちゅう、と聞いてダグとマルタの顔が揃って赤くなった。

 どう反応すれば良いのかとマルタがあわあわ焦っていると、メアリー王妃が小さく笑ってカルム王をそっと諫める。


「もう、陛下。駄目ですよ、若いお二人をからかったら」

「だってメアリー、初々しくて可愛かったじゃないか。あれでいらん口を叩く輩も黙ったし」

「確かに可愛かったですし、よくやったとすっきりもしましたけれど。でもね、陛下。お口がだんだん悪くなっていますよ。マルタさんが驚いているじゃないの」

「おっと」


 メアリー王妃にそう言われ、カルム王はおどけた調子で手で口を押えた。

 二人のやり取りを聞いてマルタはポカンと口を開ける。

 何というか想像していたよりだいぶフランクだったからだ。

 今の会話も色々と気になる発言もあったが、何より一番は、もっと前の部分だ。

 マルタはダグの服の袖を、ちょいちょい、と控えめに引っ張る。


「あの、ダグ。ちょっと確認が……」

「どうしたの?」

「陛下は私達の結婚式にいらっしゃっていたんですか?」

「ああ、いたよ~。お忍びだけどね。王妃様もだけど。お二人共変装の名人だから、分からなくても無理ないよ」

「お二人揃って……!?」


 一人ではなく両陛下揃ってだったらしい。マルタはぎょっと目を剥いた。

 そして慌てて二人の方へ顔を戻すと、勢いよく頭を下げる。


「そ、そ、そ、それはまったく気付かず、大変失礼をいたしました……!」

「いやいや、ダグも言ったが、あれはお忍びだったからね。気付かなくて大正解だよ」

「ええ、そうですよ。気付いていたのはダグさんと執事のロベルトさん、あと神父さんくらいじゃないかしら?」


 マルタの言葉にカルム王もメアリー王妃もあっけらかんと笑う。

 ごく少数しか気づいていないのは、それはそれで凄い技術だ。

 はー、とマルタが感嘆の息を漏らしていると、カルム王とメアリー王妃はフッと慈しむような表情を浮かべ、


「改めて、結婚おめでとう。二人共、仲良くやっているようで良かったよ」


 と言ってくれた。ダグは「はい」と大きく頷く。


「お二人のおかげで、面白い奥さんと出会えて、とても感謝しています」

「私も面白い旦那様と出会えて嬉しいです。ありがとうございます」


 緊張と衝撃は強かったが、それだけはマルタもちゃんとお礼を言った。

 ダグと結婚する事が出来たのは、そもそもカルム王からの打診がきっかけなのだ。

 あのお話がなければ、マルタは今もエスタンテ家で「まぁ一生独身かな~」なんてぼんやり思っていたに違いない。

 だからそう言えば、カルム王とメアリー王妃は「おやおや」「あらあら」と嬉しそうに笑った。


「さて、それでは、招待を受けてくれた理由について、後で話をしないかい?」


 そうしていると、不意にカルム王がそんな事を提案した。

 ダグとマルタは目を丸くする。その反応を見て、カルム王は「ハハハ」と笑った。


「いや何、ダグはその身体になってから、何度か断られていたからな。てっきり奥方自慢をしたいのかと思ってな~」


 そう冗談めかして言うカルム王だったが、その目は先ほどよりも少し鋭い。

 ダグは聞こえないくらいの声で「相変わらず勘が良い」なんて呟くと、


「はい。結婚についてのお話もしたいですし。お時間をいただけると嬉しいです」

「ああ、構わんよ。メアリーも同席するだろう?」

「ええ、もちろんです。マルタさんとも一度、ちゃんとお話がしたかったですもの」


 すると今度はメアリー王妃がマルタに向かってそう言った。

 予想外の言葉にマルタは目を瞬く。


「わっ私とですか? こ、光栄ですが、あの……面白い話題を提供できるかいささか不安が」

「うふふ、そう緊張しないで。本当に、ただお話がしてみたかったの。この夜会の後で、どうかしら?」


 カルム王と話をする、というのは今回の夜会のミッションだったが、何だか少し違う話にもなってきた。

 先ほどよりも緊張しながらマルタは、


「はい、ぜひ!」


 と、こくこく頷いた。




◇ ◇ ◇




 カルム王との約束時間まではダンスをしたり、ラズを交えて軽食を摘まんで話をしつつ時間を過ごした。

 その間に参加者達やアガーテ達とも再び話をした。何故かヨルダンだけは妙に意気消沈していたが。


(アガーテさんに何か注意されたんでしょうかね)


 一応、気にはなった。

 なったけれども特に聞ける間柄でも、そんな雰囲気でもなかったので、マルタは心の中で思うだけにしておく。

 するとアガーテが「ちょっとだけ気の毒かな……」なんて呟いていたが、何の事かよく分からなかった。


 さて、そんな調子で夜会の時間を過ごした後、マルタ達はカルム王の側近から声を掛けられ、部屋へと案内された。

 ちなみにラズも一緒だ。参加する際に護衛として申請していたため、特に問題もなく連れて来る事が出来た。

 そうしてやって来た部屋の扉を見て、マルタは「あ」と思った。防音用のしっかりしたドアだったからだ。これならば声が漏れる事はなく、安全そうである。

 少し安心しながら部屋へ入り、ソファーに腰を下ろして待っていると、少ししてカルム王とメアリー王妃がやって来て、向かい側に座った。

 二人に軽く挨拶と今日の夜会の話をした後、マルタ達は本題(・・)に入る事にした。


 ダグの暗殺未遂の事、その首謀者のカイの事、そして関係が考えられるメイナードの貴族ギブソン・ローレルの事。

 マルタ達は今までに得た情報を、ラズの事も含めて包み隠さず話をする。


「なるほど……」


 カルム王とメアリー王妃は神妙な顔になった後、ダグを見て、それからラズへ視線を移す。


「そうか、ガイコツの姿ではなく、今も変わらず、元の姿に……」

「はい。ラズ兄が踏みとどまってくれて、そしてそれをマルタが気付いてくれたんです」

「そうか……」


 カルム王は何度も小さく頷くと、一度目を閉じた。


「ああ、そうか……そうか。…………良かった」


 そして息を吐くのと同時に、安堵した声を漏らした。メアリー王妃の目にも涙が滲んでいるのが見える。

 この二人は本当に、ダグの事を心配してくれていたのだ。その事がマルタは純粋に嬉しい。

 ラズだけはやはり固い表情をし、


「本当に、申し訳ありませんでした」


 と深く頭を下げる。そんな彼にカルム王は軽く手を挙げ、首を横に振る。


「いや、謝罪はすでに、ダグにしているのだろう。ならば私への謝罪は不要だ」

「ええ、そうですね。……ですがダグさんを暗殺し領主になろうとするなんて、ずいぶんな計画を立てたものです」

「ああ。……だが、ギルバートが突然、旅に出た理由が何となく分かってきたな」

「おや……じゃなくて、父がですか?」


 突然出て来た父の名前に、ダグの目が丸くなる。これにはマルタも驚いた。


「あの、ダグのお義父様は強い人と戦いたいと旅立ったのでは?」

「ああ。まぁ、それも実際にはあるだろうな。あいつはそういう奴だ。だが……しかし、この辺りは私の想像になるので、後ほど本人に問いただしてみよう」

「あ、はい……」


 カルム王には何か確信があるようだが、ひとまずはとそこで話を区切った。

 彼の想像を聞いてみたい気持ちはとてもあるが、さすがに王が止めた話をしつこく聞くのは不敬になるだろう。我慢である。


「さて。では、どう釣る(・・)かだなぁ。ギブソン・ローレルは頭が痛い問題であるし、一緒に解決出来れば一番だが」

「ですが、ラズさんの妹さんの事を聞いた(・・・)というだけでは、繋げるには弱いですね。何か決定的な理由が分かれば良いのですが……」

「メリット、メリットなぁ……。ダグを暗殺して、一時的に別の者を領主につかせたとして、そこから出る明確な利益というと……」


 うーむ、とそれぞれ腕を組んで考える。

 確かにそこなのだ。怪しげな投資を持ちかけて仲介料を得る。そこだけを考えるならば、別に領主がどうのという話にはならない。

 例えラズを領主に据えたとしても、それを経由してさらなる投資の金を出させて仲介料を――というのはさすがに無理だ。領地の金に手をつけるならば、記録として詳細を残す必要があるからなのだ。ギブソンとしてもリスクが大きすぎる。

 だから恐らく今回の事は金ではないのだ。


(確か投資に失敗して、破産した貴族もいたんですよね)


 カイはもう限界くらいの位置だろうが、それでもまだギリギリで留まっている。

 ラズとエトナが子供の頃から投資癖が酷かったのなら、すでに破産していてもおかしくはないし、見切りをつけられても良かったはずだ。

 それでも、まだ繋がりを残している。まるで生殺しのように、長く、長く、生かそうとしているようにマルタには思えた。

 そもそもお金だけが目的なら、領主一族の関係者になんて手を出さない方が良い。

 実際に、話を聞いた限りギブソン・ローレルという貴族は、そうやって来たはずだ。

 で、あれば、何故今回に限ってそれをしないのか。

 どうしてダグを暗殺なんてリスキーな手段を取ったのか。

 考えて、考えて、マルタはぽつりと、


「……リブロ辺境伯領だから?」


 と呟いた。その言葉は静かになった部屋に思いのほか大きく響く。

 辺境伯領という土地は『ただ辺鄙な場所にある土地』という意味ではない。

 他国と隣接をしていたり、軍事的にも政治的にも重要な土地なのだ。

 だから、つまり。

 金銭目的ではないならば、そこにある意図はリブロ辺境伯領やこの国の貴族の弱体化、その上で介入しやすさを作る事ではないかとマルタは思った。

 その発言を聞いた全員は次第に苦い顔になり始める。


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