♯20 夜会での出会い
王都に到着した翌日の夜。
月が煌々と照らす中、マルタとダグ、それからラズの三人は王城へとやって来た。
王城の内装は白とシャンパンゴールドを基調として使われており、清潔感と柔らかい高貴さが感じられる。
マルタは小さい頃に一度だけ来たくらいなのであまり記憶にないが、綺麗だと感じた事だけは覚えていた。
さて、そんなマルタ達だが、夜会に参加するという事もあって、それぞれ正装をしている。
ダグとラズはタキシード、マルタは青色のドレスを身に着けていた。『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』のクロエちゃんの瞳と同じ色のドレスである。マルタのお気に入りだ。生地の素材も良く、光沢も落ち着いた美しさがある。
久しぶりに着られたなとマルタがにこにこしている隣で、ダグとラズがこそこそ話をしている。
「ダグ、良かったな~」
「いやいや、ラズ兄。あの色は違うよ」
「え、何が? だって青だろ? しかもちょうど同じ色合いじゃないか」
「いや~、あれクロエちゃんの目の色だと思うよ」
「ダグ達の会話に時々出て来るクロエちゃんって誰……?」
何を話しているのかマルタはよく分からなかったが、まぁ良いのだ。
夜会やパーティーはそこまで好きではないものの、クロエちゃんカラーのドレスを着られた事が嬉しい。
そんなご機嫌な気持ちでマルタはダグ達と共に夜会の会場へと入る。
開かれた扉の先では、照明や調度品、それから参加者達の装いでキラキラと眩い。
まるで昼間みたいだ。これだけ明るくしているのも珍しいのではないかとマルタは思って、そこで隣のダグに目を向けた。
(もしかして、ダグのためかしら)
カルム王とダグの父親は友人だったそうだし、色々と心配してくれていたらしい。
そうだったらと想像して、微笑ましくなってマルタはフフ、と微笑んだ。
そうしていると、
「マルタさん? マルタさんじゃないか」
と、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。おや、と思って振り返ると、薄茶の髪の青年がいた。歳はマルタと同じくらい。
見た事がある顔だ。名前はヨルダン・カルプフェン。エスタンテ家と同じで貴族の中の真ん中くらいの家柄で、マルタとお見合いをした事がある――もっと言うと、アカデミー時代のクラスメイトだ。
とは言えあまり友好的な相手でもない。マルタの趣味を馬鹿にしてくる人間の一人だからだ。
(それにしても招待されていたんだ、この人)
何せ今日は王族主催の夜会だ。招待される側もそれなりの功績や立場等、何らかの理由がある者ばかりだ。
マルタの場合はダグのおまけというか、結婚相手だから招待状が届いた。そうでなければ王族と繋がりなんてまるでない。
それはヨルダンにも言える事だった。カルプフェン家も目立った功績は最近はないはずだ。
(確か小さい頃に私が王城で天恵を使った時に、カルプフェン家はもっと功績を立ててお褒めの言葉を貰ったんだったかしら)
アカデミー時代に、ヨルダンが自慢をする時は決まってマルタを引き合いに出したものだから、覚えたくないのに覚えてしまった。
まぁそれはともかく、そんなくらいだったはずだ。
ただカルプフェン家はエスタンテ家より世渡りが上手いため、世間からはあちらの方が少し上に見られている。
(メイナード領と言えば、そう言えばこの人の家もそちらだったっけ)
その辺りも自慢話で覚えてしまった事なのだが。
そんな事を思い出している内に、ヨルダンはこちらに近づいて来た。
彼は意外そうな顔をマルタに向けて、右手を軽く開いて笑う。
「久しぶりだね。君が招待されているとは思わなかったよ」
「それは私の台詞ですよ、ヨルダンさん」
「……君は相変わらずだね。そういうところ、直した方が良いよ」
言い返した言葉が癇に障ったのか、ヨルダンが笑顔のまま、ひくりと顔が引き攣った。
何で話しかけてくるかなぁなんて思っていたら、ちょいちょいと、ダグが指でマルタの肩をつついた。
「マルタ、知り合い?」
「まぁ一応……。アカデミーの同級生のヨルダン・カルプフェンさんです」
「そっか」
マルタが若干言葉を濁して答えると、ダグは軽く頷いた。それから彼はにこりとした笑顔をヨルダンに向ける。骨の顔で笑いかけられ、ヨルダンが一瞬仰け反ったのが分かった。
「初めまして、ヨルダン君。マルタの旦那のダグ・リブロです」
「ああ、あなたが! お会い出来て光栄です、リブロ辺境伯殿!」
ダグが挨拶をすると、ヨルダンはパッと態度を変えてそう返した。
典型的な強い者には巻かれるタイプが、このヨルダンである。家名を聞けばガイコツ姿でも気にしないのは、まぁ、評価できる部分ではあるが。
それを見て後ろでラズが「あー、いるなぁ、たまに……」なんてちょっと引いたような声を出していた。
「噂では聞いていましたが、本当にマルタさんとご結婚なさったんですね。彼女、変わっているでしょう?」
「そう? マルタはかわいいし、うちの皆とも仲良くやってくれているし。良い奥さんが来てくれて俺は嬉しいよ」
「えっ、そうですか?」
ダグの言葉に目を瞬くヨルダン。
マルタは不意打ちで褒められて、ぷしゅう、と顔から湯気を出した。
「ダグは急所を突くのが上手いですね……」
「アハ。俺は普通の事を言っているだけだけど?」
マルタが唸りながらそう言うと、ダグは楽しそうに笑った。
そんなやり取りをしていると、目の前にいるヨルダンは怪訝そうな顔になる。
「……本当にそう思ってらっしゃるんですか? だって、ほら、変な趣味を持っているでしょう?」
「クロエちゃんは変な趣味じゃありませんよ。私の人生のバイブルです」
「ほら、こういうところがあるでしょう?」
何故か必死なヨルダンに、ダグは「うーん」と腕を組む。
「好きなものを好きと言うのは、特におかしい事じゃないと思うよ。俺だって魔物の解体が趣味だし」
「まもの」
「良い素材が採れるんだ、これが。それにクロエちゃんの本なら俺も読んでいるし面白いよ。今、二巻の半ば」
「あ~、良いところですよねぇ」
「そうそう、ちょうど良いところ!」
ねー、と頷き合う二人に、ヨルダンはポカンとした。
そんな三人の様子を見ていたラズは小さく笑って、
「価値観の相違。良かったな、結婚しなくて」
なんて言った。たぶん、三人がそれぞれ違う意味で聞こえる言葉だ。
マルタとダグは満面の笑顔で、ヨルダンは何とも言えない顔で「それは……」と呟く。
そんな話をしていると、
「ヨルダン、いい加減にしないか!」
と、キリッとした女性の声が聞こえて来た。
カツカツと響くヒールの音につられてそちらを向くと、背の高い金髪の美女が少し怒った顔をしてこちらへ歩いて来る。
ヨルダンの知り合いにしては珍しいタイプだなと思っていると、ヒッと彼から小さく悲鳴が聞こえた。ちらりと目だけで顔を見ると青褪めている。
おやまぁと思っていると、ダグが目を丸くして、
「アガーテ?」
と名前を呼んだ。どうやら知り合いらしい。
アガーテと呼ばれた女性はヨルダンの隣まで来ると、
「まったく、目を放したらすぐこれだ。君の母上から、大人しくしていなさいと言われた事を覚えていないのかい?」
「いや、その……べ、別に暴れていたわけじゃ……」
「王族主催の夜会で暴れてなんてしたら、私自ら捕まえて牢に放り込む事になるさ」
「うぐう……」
なんて、見事な手際でヨルダンを黙らせてしまった。マルタは内心『おおー!』と手を叩く。
そしてヨルダンが静かになると、アガーテはマルタを見て申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまなかった、私が目を離したばかりに不快な思いをさせた」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ええと……ダグのお知り合いの方ですか?」
「ああ。アガーテ・ヴルツェルだ」
「ヴルツェル……あ、騎士団の」
家名を聞いてマルタは彼女がどういう立場の人なのか思いついた。
この国を守る騎士団、そこの副団長の家名がヴルツェルだったはずだ。
ダグに紹介を受けた彼女は、
「初めまして、お嬢さん。改めて、アガーテ・ヴルツェルだ。よろしくお願いするよ」
ニッ凛々しい笑顔を浮かべ、そう名乗った。




