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♯19 微笑ましさと不穏さと


 エスタンテ家に到着すると、マルタの父と母が満面の笑顔で迎え入れてくれた。

 二人と顔を合わせるのは、兄のジャンと同じく結婚式依頼である。


「おかえりなさい、マルタ。来てくれて嬉しいわ。ジャンもお迎えに行ってくれてありがとう」


 母エルダがおっとりとそう言って軽く手を開く。マルタはパッと顔を輝かせて母の胸に飛び込んだ。ぎゅう、と抱きしめられる。

 柔らかくて、優しくて、そしてちょっとだけ懐かしい。そんな感覚にマルタはんふふ、と微笑んだ。


「だたいま、母さん!」


 抱きしめられたままエルダの顔を見上げて、マルタはそう返す。

 そうしていると父メディオもひょいとマルタの顔を覗き込んで、


「ずるいよエルダ。僕が最初に、マルタにおかえりなさいを言いたかったのに」


 なんて冗談交じりに行った。


「あら、うふふ。早い者勝ちよ?」

「そっかぁ。なら僕は義理の息子に言おうかな」


 そしてメディオはダグと、彼のやや後ろに立っているラズに順番に目を向け、にこりと微笑む。


「いらっしゃい、ダグ君。それから君がダグ君の従兄のラズ君だね。ようこそ、エスタンテ家へ」

「こんばんは、お義父さん。それからお義母さん。またお会い出来て嬉しいです」

「初めまして、ラズです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。よろしくお願いします」


 そう言って、ダグとラズはとても丁寧に挨拶をしてくれていた。

 その所作はとても綺麗で、やはり自分のそれを一度しっかり見直さなければと、マルタは母に抱きしめられながら思う。


「ところでエルダ。そろそろマルタを放してあげようね」

「やだ~~~~」

「やだ~じゃないの」


 ぎゅう、とより強く抱きしめるエルダに、メディオが困り顔になる。

 ダグとラズはそんなエルダの様子に少し面食らった顔をしていた。

 社交界の一部では『エスタンテ家の天使』と呼ばれているエルダの、少々子供っぽい様子が意外だったのだろう。

 その噂はマルタもよく知っているし、そのあだ名通り母は美人で優しい。だけれども、エルダは天使なんて遠い存在ではなく、ちゃんと人間なのだ。だからこういう部分もあるし、こういう部分こそがマルタは大好きだった。

 ちなみにエルダがメディオを口説き落とせたきっかけは、それだったりする。

 ギャップとは少し違うが可愛くて、と父が惚気たのは一度や二度じゃなかったなぁとマルタは思い出した。


 まぁ、それはそれとして。

 エルダは相変わらず、マルタをぎゅうぎゅう抱きしめたままだ。

 さすがにそろそろ離れた方が良い気がする。そう思って、マルタはぽんぽん、と母の腕を軽く叩いた。


「母さん、母さん。ダグとラズさんを、ずっと玄関で立たせておいたらダメですよ」

「あら、そうね。そうよね。ごめんなさいね、二人共」

「いえ、仲が良くて羨ましいです」

「うふふ。まだまだダグ君には負けないわよ?」

「母さんはどういう張り合い方をしているの」


 えっへん、と胸を張りそうな勢いで言うエルダに、ジャンは苦笑した。

 エルダはそのまま、ほんの少しだけ名残惜しそうにマルタから手を放す。


「それじゃあ、どうぞこちらへ。食事、まだだろう? 用意してあるから、皆で食べよう」

「今日はマルタの好きなビーフシチューなのよ」

「えっ嬉しい!」


 マルタはキラキラした目を両親へ向ける。もしもマルタに犬の尻尾でも生えていたら、ぶんぶんと振って喜びを表していそうだ。

 両親と、それから兄はにこにこ笑って歩いて行く。

 少し遅れて、マルタ達もそれについて歩き出した。すると、くすくすと、隣でダグの笑う声が聞こえて来る。


「どうしました、ダグ」

「いや~マルタがかわいいなって」

「かわっ、かわいい要素ありましたっ?」

「うん。家族と話すマルタがかわいい。俺もそうなれるように頑張ろうっと」


 何やらダグがやる気を出してしまった。機嫌良さそうに歩く彼にマルタが顔を真っ赤にしていると、


「恋をすると変わるものだな~」


 なんてラズの呟きまで耳に届いて来る。

 心なしか前を歩く家族からも微笑ましいオーラのような何かを感じた。

 ちょっと、もう、どうしようこれ。

 マルタが赤い顔で内心あわあわしている内に、エスタンテ家のダイニングルームが近付いて来る。

 ふんわりと漂う好物(ビーフシチュー)の香りに、思わずマルタのお腹がぐうと鳴ってしまい、さらに顔が真っ赤になったのだった。




◇ ◇ ◇




 その頃、リブロ辺境伯領では、ちょっとした騒動が起きていた。

 魔導銃を取り扱う銀屋(しろがねや)――オキツの店だ。

 店の外、ドアの前でオキツが腕を組み、やって来た客を睨みつけている。

 彼女と対峙しているのはカイ・リブロ、ラズの父親だ。


「それでこんな時間に何の用事だい、お客様」

「相変わらず失礼だな、この店は。時間外というわけではないだろう?」

「生憎と、この時間はダグ様のために開けているだけでね。あんたみたいに魔導銃に興味の欠片もない奴はお断りなんだよ」


 だから店にも入れたくない、と言わんばかりにオキツは吐き捨てた。

 ちなみにカイの事は、オキツは今も店には入れていない。防犯グッズを改造して、特定の人物――この場合はオキツだ――が近付いたら鳴るように設定してあるのだ。

 店に近づくにつれて鳴り方が激しくなるタイプなので、これは来るんだろうなと判断して、カイが入る前にオキツは外に出て阻んだというわけだ。

 

 それだけする理由は、単純に、オキツがカイの事を大嫌いだからだ。

 魔導銃に対する理解がないのは前提だが、それ以上に自分の子供達を無自覚に苦しめているこの男が、オキツは吐き気がするくらい大嫌いだ。

 責任感も自覚もない。あるのは金への執着だけ。カイなりに何かしら理由はあるのだろうが、そんなものをオキツが考慮してやる義理はない。


「魔導銃の手入れを頼みに来ただけだ。心配しなくても、その分の金はある」

「手入れ? あんたが? 魔導銃を?」


 カイの言葉にオキツは訝しんだ顔になる。

 そんな彼女の前に、カイは鞄から錆びたボロボロの魔導銃を取り出して見せた。

 それを見てオキツの目がスッと細くなる。


(見た目だけは魔導銃をした、ただの装飾銃(アンティーク)だ。しかもこのタイプは……)


「これを綺麗にして(・・・・・)どうするつもりだ?」

「ハハ、そりゃあ金にするのさ。綺麗にすれば、高額で買い取ってくれると言われたからな」


 カイはこともなげにそう言う。本当にどこまでも金しか言わない男だ。

 オキツは侮蔑の気持ちを視線に乗せながら、続けて問う。


「……これをどこで手に入れた?」

「言う必要があるかね? それで出来るのか、出来ないのか? 出来ないなら他の店に持って行くだけだ」


 カイはだんだんと苛々し始めたようで、言葉が早くなる。

 オキツは「ふむ」と小さく呟いた後、


「……良いだろう。手入れだけならしてやるよ。三日後だ、同じ時間にまた来るが良いさ」

「相変わらず態度のなっていない店だ。分かった、ではよろしくお願いするよ。支払いはその時だ」

「良いだろう」


 承諾するオキツに、カイは悪態を吐きながら装飾銃を渡し、そのまま帰って行く。

 本来の魔導銃よりずいぶん軽い。それすらもカイには分からないのだろう。

 興味がないとはこういう事だと思いながら、オキツはカイの後ろ姿を睨むように見送る。

 そして、もう一度その装飾銃に目を落した。


(魔導銃の模造品。その中でまずい薬を運ぶ時によく使われていた奴だ。だから今じゃ、ひと目見たら知っている人間には警戒される。もしかして、あいつ……)


 オキツは顔を上げ、カイの歩いて行った方向へ視線を向け、そして、


「――――切られたか……?」


 そう呟いた。


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