♯16 真相
それから少ししてダグが落ち着いた頃。
彼はマルタから少し離れて、骨の手で顔を覆っていた。
「不覚……! 出来ればマルタには、格好良いでずっと通したかったのに……!」
何というか、マルタは彼に頼りになる先輩、みたいな印象を抱いていた。
けれども今は何となく、自分とそう歳の変わらない人に見えて、ちょっと面白かった。
(ダグもこういう所があるんですねぇ)
かわいいな、なんて感想を抱くのは失礼かしもれないので、マルタは心の中だけでこっそり呟いておく事にした。
さて、それはそれとして。
マルタはダグに向けていた視線をラズへ移した。
彼はあまり元気はないが、色々と自白した事で少し気持ちが楽になったのか、顔色は先ほどより良くなっていた。
(ダグを殺してラズさんを領主……ですか)
正直、先ほど聞いた彼の父の計画は、あまりに杜撰だとマルタは思う。
ダグの父親がそう簡単にここへ戻って来ない事を想定し、ダグを殺し、領主代行としてラズを据える。
倫理観も何もない。どうしてこれを計画して、実行しようと考えたのかマルタには分からない。
お金の問題でそこまで追い詰められていた――というのも一応は考えられるが、オキツ達の話を聞く限りは自業自得のようにも思える。
カイ本人の話も聞いてみない事には断言は出来ないが、どの道、最低である。
そもそも自分の子供を強引に計画に巻き込んだというのも、マルタからすれば理解出来なかった。
マルタの実家は親族を含めてとても仲が良いのだ。だからこそ家族を蔑ろにする人間を好ましいとは思えない。
しかも娘であるエトナの命より、お金を取るだなんて在り得ない。
そこまで考えて、あれ、とマルタは首を傾げた。
「ところでラズさんはどうして、カイさんに従ったのですか?」
そう言えば、そこをまだ聞けていなかった。
ラズは言葉の端々から父親を嫌っているのが伝わってくる。そんな彼が何の理由もなくカイに協力したりはしないだろう。
そう思いラズに聞くと彼は、
「エトナの恋人が親父に利用されていたんだ」
「恋人? エトナに?」
「ああ。実行犯として、ダグ達が捕まえてた男だよ。身分が違うからと二人共、周りには内緒にしていたけどな」
と教えてくれた。
えっ、とマルタが驚いていると、ダグとロベルトも目を丸くしていた。どうやら彼らも知らなかったらしい。
三人それぞれの反応を見てラズが小さく笑う。
「知らなかっただろう? 本当に、そういう事に使うには<幻覚>系の天恵は便利なものだよ」
「知らなったけれど、そういう時に使うものとは考えつかなかったよ……」
ダグがハァ、と息を吐いた。
これが精神に作用する類の天恵の厄介なところである。
悪用しようと思えば、他の天恵より確実に、対処が面倒になる。
ただ何の弱点もないわけじゃない。ここにカテゴライズされる天恵は、同じ<幻覚>系の天恵持ちには効きにくいのだ。
だからこの計画を立てた時に、ラズはダグが昼間に外へ出ないよう『太陽の光に弱い』という弱点をでっち上げたのだろう。
基本的に人間の多くは昼間に行動する生き物だ。昼間に外へ出て自由に歩き回っていれば、一人二人は、ダグの姿がガイコツに見えない者だっているだろうから。
なるほどな、とマルタが考えているとダグが「それにしても」と続けた。
「ラズ兄はよく気付いたね。いくら効きにくいと言ったって、効かないわけじゃないだろう? 身近にいる人間には念入りにかけたんじゃないか?」
「俺はエトナの兄だからな。単純に、あいつの様子を見ていれば、視線で何となく分かるもんさ」
「シスコンめ」
「シスコンだよ」
ダグがそう言えば、誉め言葉と言わんばかりにラズはニッと笑った。
「だけどさ、なら、叔父さんは何で気が付いたんだ?」
「聞いたらしい」
「なるほど」
スウ、とダグは空洞の目を細める。
見たという可能性が低い以上、確かに誰かから聞いたという理由が一番確実だ。
ただ、問題は誰に聞いたかだ。
マルタはカイの事は人伝にしか知らない。一方的な意見だけを聞いて鵜呑みにするのも良くはないが、お世辞にも良い性根を持った人間ではないのは分かる。
そういう人間には同じ様な人間が集まるものだ。
つまりダグを殺そうとしているのはカイだけではない。
「カイ叔父さんの交友関係はほとんど途絶えていたね。続いているのは確か……ギブソン・ローレルか」
「どういう方なんですか?」
「昔から、叔父さんに怪しい投資を持ちかけている貴族だよ。隣の領地の人間だ」
「隣……そう言えば、あいつは――ミゲルはエール商会の人間だったな」
「ミゲルと言うと」
「今、実行犯として捕まっている男だよ。エール商会の配達担当だったんだ。うちに配達に来た時に、エトナと知り合ったらしい」
やり取りを聞いていたラズはそう答えた。
エール商会というのは、リブロ辺境伯領の隣の領地にある主に紅茶とそれに合うお菓子を取り扱っている店だ。そこの紅茶は味もパッケージデザインも評判が良く、領地内外から人気が高い。また顧客をとても大事にしており、注文を受けた商品も外部の配送業者を頼まずに自分達で届けていた。
確か王都にも支店があったはずだ。淡いブルーの制服と帽子が特徴で、マルタも王都に住んでいた時に何度も見かけた事がある。
「『協力すれば君を貴族にする手伝いをしてあげよう。そうすれば、エトナとは身分を気にせず、付き合う事が出来るだろう?』と言われたそうだよ」
その言葉にマルタは少し疑問を抱いた。
「精神に作用する天恵持ちが、その程度の揺さぶりで頷くとはちょっと信じられませんね……」
「――――ああ、だから、ベルタ医師を使ったのですか」
すると僅かな間の後に、ロベルトが冷えた声でそう言った。
思わずマルタは背筋がぞっとする。顔を見れば、その目は鋭利な刃物のような光を宿していた。
気さくな老紳士という風だった彼の声が、ここまで冷たくなるのかとマルタは驚いた。
「エトナ様のお身体が、より悪くなったその後で、カイ様は取引を持ち掛けた――という流れでしょう」
「ああ、ミゲルもそう言っていた。隣の領地に、まだ合法になっていない良い薬が出来た、と言われたらしい」
「まだという所が上手いですね……。いつ認められるか分からないなら、いつだって『まだ』を使える」
その薬は実際に存在しているかもしれないが、そういう場で出る言葉だ。非合法の、より危ないタイプの薬の可能性だってある。
ミゲルという人物も、そういう可能性に気付かなかったわけではないだろう。
だけれど、それでも縋ってしまうくらいに、追い詰められていたのかもしれない。
「ダグに毒を盛るのは、どのタイミングで止めたのですか?」
「屋敷に侵入する前日だ。見かけた時に様子が変だったから、問い詰めたんだ」
ラズの話では、その時に彼は必死にミゲルを説得したらしい。
そんな事をしてはエトナと一緒になる事はおろか、命だって危ういと。エトナの事を大事に想ってくれるなら、そんな真似はするなと。
時間をかけて話をすると、そこでようやくミゲルは止まってくれたそうだ。
「でもラズさんは別の計画を企てた」
「ああ。今回失敗して、次に親父が何をするか分からない。だから敢えて乗る事にしたんだ」
計画を実行したフリだけし、今のような状態にすればカイの動きは鈍くなる。そしてミゲルから話を聞いたとラズがカイに接触すれば、必ず協力しろと持ちかけて来る。
それを利用してラズは、カイが様々な計画に関与しているという証拠を手に入れようとした。
自分もろともカイを捕らえさせ、裁いて貰うために。
ラズは元々一人で行うつもりだったらしいが、ミゲルから逆に、自分も手伝わせて欲しいと言われたのだそうだ。自分が捕らえられていれば、カイは自分の事がバレるかもしれないと焦るだろうと。ラズは最初は断っていたが、結局、根負けして協力して貰う事になったそうだ。
そうして始まった計画の一環として、ラズは魔物を放ちはじめた。夜ならばダグは動けるし、領民への被害が少ないと考えたらしい。
どうやって連れて来たかと言えば、対大型魔物用の強力な睡眠薬で眠らせて、魔導列車の線路をトロッコのように使って――という事だったそうだ。この国では深夜帯に魔導列車は走らない。だからその時間に利用して、なおかつ、ダグの件でちょうど良かったとラズは言っていた。
「足場を泥にしたのは?」
「靴跡を見辛くするためだな。親父の関与の証拠を集めるための時間稼ぎ」
「なるほど……。なら現場に薬莢が残っていたのは、それとは逆に、自分達の証拠を残すためですね。カイさんが質屋で薬莢を買ったのは?」
「この仕事に必要だから買ってきてくれと金を渡したんだ。俺が薬莢を拾い忘れたなんて、さすがにオキツさんは信じないだろうし。そもそも追い返すと思っていたんだよ。そうすればダグのところへ自然と情報が行くだろうと。……まぁ、質屋へ行ったのは予想外だったけど」
「ははは……質流れの商品なら、製品の金額より安くて、しっかりお釣りが出るもんな……」
余ったお金は懐にいれたのだろうと、ダグが渇いた笑いを浮かべる。
その後で、ハー、とダグは、長いため息を吐く。
「……俺はさ。思ったよりラズ兄に信用されていなかった事が、ショックだったよ」
「今までにさんざん迷惑をかけたから、ダグ達にこれ以上は頼れないと思ったんだ。……マルタさんも巻き込んですまなかった」
本当に申し訳なさそうな顔でラズはそう謝る。
マルタは、うーん、と唸った。巻き込まれたと謝罪されるほど、そうなっているわけじゃないなぁと思ったからだ。
「私としては単純に、運が良かっただけですからねぇ」
「運が良い? 何がだい?」
「ダグ達の事を考えると不謹慎なので、気分を悪くさせてしまったら申し訳ないのですが。私がダグと結婚出来たのは今の状況だったからですよ。だから、その……運が良かったなって」
そう思ったからマルタは素直にそう言った。
すると三人はポカンとした表情を浮かべて、黙ってしまった。
ああ、これは失敗したかなとマルタが少し焦っていると、少しして、ダグが噴き出すように笑い出した。
「ハハ、ああ、そっかぁ。確かに、それなら俺も運が良かった」
「そうですね。私達もマルタ様が嫁いで来てくださって良かったと思っております」
ロベルトもフフ、と笑いだす。彼らの言葉に、様子に、マルタはホッとした。
すると一人目を丸くしていたラズも、小さく笑って「そっか」と呟いた。




