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♯13 人の体で魔水晶を作る薬


 その後、ダグに呼ばれた医者が直ぐに駆けつけて来た。

 ダグの主治医でペトラという名前の医者だそうだ。ふわふわとした金髪をリボンで縛った、表情の柔らかさからおっとりとした印象を受ける女性だ。

 最初にマルタが医者を呼んで欲しいと言った時、ラズは戸惑いつつもエトナの主治医を呼びに行こうとした。

 それをマルタが止めたのだ。その医者から渡されたであろう薬に、マルタの天恵(ギフト)は反応した。ならばその医者を呼んだところで改善はしないだろうと考えたからだ。

 そこでダグが、代わりの医者としてペトラを呼んだというわけである。


 ペトラが診察と処置をする間、マルタ達は別室で待つ。

 エリーザが紅茶を淹れ直してくれたりしたが、待つだけの時間は歯がゆく、ゆっくり感じるものだ。

 そうして待って、待って、しばらくしてペトラが部屋へ戻って来る。

 真っ先に反応したのはラズだ。


「先生、エトナは……!」

「大丈夫よ、落ち着いたわ。今は眠っているから、静かにね」


 ペトラは口の前で人差し指を立てると、にこりと微笑む。ラズはホッと息を吐いた。

 ああ、良かった。マルタも安堵していると、


「でもあの薬、飲ませなくて正解ね。良く止めたわ」


 ペトラはそう続けた。

 やはり、そういうものだったようだ。

 天恵(ギフト)で薬が良くないものだと察知したマルタや、それを知っているダグは「やっぱり」と安堵する。

 反対に、ぎょっと目を剥いたのはラズだ。


「ど、どういう事だ? 今まで、この薬を飲むと直ぐに、エトナは良くなっていたんだ」

「そうね、そうだと思うわ。けれどね、お兄さん。それは勘違いよ」


 彼の目を見ながら、ペトラははっきりと否定した。

 ラズは言葉を失って、一歩後ずさる。


「か、勘違いって……」

「吐き気や頭痛、だるさ。そういう苦痛を感じる感覚を鈍らせる成分が、これには入っているの」


 ペトラはそう言って、先ほどエリーザが持ってきた袋から薬を一粒取り出した。そのまま薬を指でつまむと、マルタ達が見やすいように軽く掲げる。

 見た目はごく一般的な形の白色の錠剤だ。よく見ると水色の粒がぷつぷつと混ざっているのが見える。

 何となくだが、その水色が特に嫌な気配を感じる気がするとマルタは思った。


「なぁペトラ先生、それは薬ではないって事かい?」

「薬は薬ね。だけど用途が違うのよ。もっとも、この国では禁止されているものだけどね」

「禁止って……じゃあそれは、一体何の薬なんだ……」

「人の体で魔水晶を作る薬よ。妖精薬(フェアリー・ドーン)と言う名前ね。エトナさんの場合は、幸いにも、まだそこまで行っていなかったわ」


 ラズの疑問にペトラは静かにそう答えた。

 魔水晶と聞いて、マルタは頭の中に、先日グリフォンから出て来たそれが浮かんだ。


(まさか、そういう方法で出来たものなんじゃ……)


 アレを見た時にも嫌な気配やしたが、マルタの天恵(ギフト)はそういう識別をする事は出来ない。

 だからこれはマルタの想像で、ただ状況から連想してしまっただけだ。

 けれども、別の意味での吐き気がこみ上げて来て、マルタがやや顔をしかめる。すると、直ぐに背中にポン、と軽い振動を感じた。顔を向けるとダグの手が添えられている。

 ダグはマルタに「大丈夫?」と言うように視線を向けた。心配してくれたようだ。マルタは言葉の代わりに頷いて、ややぎこちなく笑って返す。


(大丈夫、想像だけに振り回されたらダメ。クロエちゃんだってそう言っていたし)


 うん、とマルタは心の中で頷くと、ペトラの方へ視線を戻す。


「魔水晶を作る薬と言いますと、具体的にはどういう物なんですか?」

「これを飲むと、体内を循環している魔力を一時的に増やす事が出来るの。元は母体を通じて胎児の魔力を増やすために作られたものよ。それの改良版……いいえ、改悪版と言った方が良いかしらね。さっき言った感覚を鈍らせる効果は、後からつけられたものだから」

「ああ、もしかして天恵(ギフト)関係のあれかい?」

「ええ、そうよ」


 ペトラは頷くと、摘まんだ薬を袋の中に戻す。そして話を続けた。


「母体と胎児に悪影響を及ぼすという研究結果が出た事で、この国ではだいぶ前に製造も使用も禁止された代物よ。エトナさんの主治医を捕えて、入手経路諸々を吐かせた方が良いわ。何ならお手伝いするわよ、ダグ君」

「ペトラ先生、容赦がないからなぁ」

「あら、容赦をする必要があって?」

「ないね」

「でしょう?」


 にこり、とペトラは微笑んだ。天使のような笑顔とは彼女の事を言うのだろうが、その目は一切笑っていなかった。青い瞳がまるで氷のように冷えた光を称えている。

 これは相当怒っている。うふふ、と柔らかい表情を浮かべているものの、その声は若干低く感じられた。 


「…………」


 そんなやり取りが続く中、ラズだけがまるで死人のような顔色で、呆然と立ちすくんでいた。


「ラズさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……。すまない、ちょっと、一気に色々が起こり過ぎて……」


 マルタが声をかけると、ラズは軽く首を振って頭を押さえた。

 動揺が収まらないようで、視線が彷徨い続けている。

 無理もない、信頼していた医者がまさか、自分の妹にそんな薬を渡していたなんて思いもしないだろう。

 それに――――。

 マルタがダグへ目を向けると、彼は静かに頷いた。


「ラズ兄。医者の名前を教えてくれるかい? アレックス先生なら、こんな事はしないだろ」

「アレックス先生?」

「小さい頃からエトナを診ていた医者だよ。高齢で引退したと聞いてる。……ラズ兄」

「…………ベルタ先生だ」

「ベルタ……」


 ラズの口から名前にダグは軽く首を傾げる。どうやら聞き覚えの無いようだ。

 ペトラの方を見ると、彼女は思案するように目を細くし、少しして小さく息を吐いた。


「……なるほど、彼女か」

「先生、知っているのか?」

「ええ。アレックス先生の弟子の一人よ。そしてイェルク先生の愛人って噂があるわ」

「――――」


 イェルクの名前が出た瞬間、ダグとラズの表情が強張るのが分かった。直ぐに、二人共苦い顔になる。


「ええと、イェルク先生と言うのは……」

「……カイ叔父さんの主治医」

「あー……なるほど」


 マルタはゆっくり頷いた。パズルのピースがはまる様に、だんだんと話が繋がって来た。


「ラズ兄、知らなかったのか?」

「いや、アレックス先生から紹介を受けて……」

「確かに腕は良い子よ。ただ、性根が悪かったかもしれないわね」

 

 ふう、とペトラは息を吐く。

 マルタは彼女におっとりとした印象を受けていたが、言葉は意外と辛らつだ。わりと苛烈な性格なのかもしれない。

 まぁそれはともかく、問題はその医者だ。


「逃げない内に確保できるよう手配する」

「イェルク医師にも監視がいりますね」

「ああ。……ラズ兄、この件はまだ黙っていてくれるか? まだ何も行動しないで(・・・・・・)くれ」


 ダグが念を押すようにそう言うと、ラズは曖昧に「ああ」と頷く。


(これは了承の言葉ではないですね……)


 ラズ自身、色々と、怪しい部分はある。けれどもエトナに関しては、本気で心配しているのが伝わって来た。

 だから今まで起きている事件とは別に、彼はエトナの事で何らかのアクションを起こすかもしれない。

 それは良くないとマルタは思った。エトナにとっても、ダグにとっても。

 それに――ダグと結婚したマルタにとって、彼もエトナも親族だ。身内に何か起きているなら、力になりたい。

 平凡で毒にも薬にもならないエスタンテ家で育ったマルタだけれど、そこだけは譲れない部分だった。


「ダグ。ラズさんとエトナさんに、うちに来ていただいたらどうでしょう?」

「うちに?」

「はい。薬の件が知った後で、何が起こるか分かりませんし。辺境伯邸ならロベルトさん達もお強いので、何が起こっても安心なのではと」

「なるほど……」


 マルタの提案にダグは頷いてラズの方を見る。マルタも同じように視線を向けると、ラズは戸惑うようにダグとマルタを交互に見比べていた。


「表向きはマルタとエトナの交流のため。エトナの体調が心配だから、ラズ兄はその付き添い……ってのはどうだい?」

「それにペトラ先生が診察に来るのも、辺境伯邸の方が安全かなと思いますよ」


 ダグの言葉を後押しするように、マルタも続く。

 二人の言葉を聞いたラズは一度目を伏せた後、


「……良いのか?」

「もちろん!」 


 その言葉に、ダグとマルタは揃ってそう答えた。

 ラズは一瞬くしゃりと泣きそうに顔を歪めた後、


「……ありがとう」


 きつく目を閉じ、そう言った。

 

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