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♯11 それぞれの夜


 結論から言うと、領都ウルメの質屋で薬莢が販売された事が分かった。

 そして購入したのが件のカイ・リブロだという事も。

 夕食後、マルタはダグと一緒に、ロベルトからその報告を受けていた。


「なるほど、質屋でカイ叔父さんが」

「はい。常連だったと質屋の店主が言っておりました」

「常連かぁ……あの人は相変わらずだなぁ……」


 ハァ、とダグはため息を吐いた。

 ダグの反応から見ても、そのカイという人物の厄介さが伝わって来る。

 これは会う時に警戒した方が良いなとマルタは思っていると、ダグがマルタの方を向いた。


「ありがとう、マルタ。おかげで有益な情報が得られた、助かったよ」

「いえいえ、お役に立てたなら良かったです。……ちなみにカイさんも魔導銃を扱うんですか?」

「いや、あの人の得物は剣だよ。魔導銃は使わないな」


 そこまで話してダグは腕を組む。


「使うとするとラズ兄の方だ。……あまり考えたい可能性ではなかったけどなぁ」


 そして、若干、気落ちした声で言った。

 叔父に対する態度とは違っているので、恐らく、仲の良い相手だったのだろう。

 聞こうか迷って――黙っていても良い事はないと思ったので、マルタは正直に言葉にする事にした。


「ラズさんやカイさんとダグは、確執とか、そういうものはあるんですか?」

「おう、ストレート! ……まぁ、少しあるかな。お金の話なんだけど」

「カイさんが投資に失敗して、という話は聞きましたが」

「うん、それだ。結構な借金を作ってなー……何度もうちにお金の無心に来ていたんだけど、途中で父さんと母さんが断るようになったんだ」

「それは……勝手な話ですが、拗れるでしょうね」

「そう、拗れた。元々、借金を助けていたのも、ラズ兄達のためだったしさ」


 ダグの話では、カイは自分の子供達が幼い頃からずっと、同様の事を繰り返していたらしい。

 子供達が苦しむのはダメだと、ダグの両親は途中までは支援していた。そしてその度に、堅実にお金を稼ぐように、他人の口車に乗って怪しい投資に手を出さないように、と口を酸っぱくして言っていたそうだ。

 けれどもカイはちっとも心を入れ替える様子はない。だからダグの両親は、子供達がある程度育つまで待って、支援を打ち切ったそうだ。

 

「人でなしがって言っていたなぁ」

「それは使い方が違いますねぇ」

「マルタはそう言ってくれるんだ」


 少しだけ苦さを混ぜた笑顔でダグは言った。

 骨の顔なのに、本当に繊細な表情の変化が出来るのだなと、マルタは感心する。


(……いえ、でも。表情は顔の筋肉が動いて出来るものでは? 骨は骨ですよね)


 そして同時にそんな疑問も浮かんだ。

 はっきりとした感情であれば、骨が動いたとしてもまぁ何となく分かる。

 けれども、ここまで細かな表情を骨が表現できる――それをマルタが認識できるくらいに動くのは、聊か気になった。

 そういうものだと最初は思うようにしていたが、こうして見ているとやはり違和感がある。

 うーん、と考えている間、ダグとロベルトは、今後の話を進めて行く。


「カイ叔父さんとラズ兄に監視をつけてくれ。バレないようにな」

「承知致しました。エトナ様にはどうされますか?」

「あの子はそこまで動くのは難しいだろう」


 聞こえて来る二人の会話に、新しい名前が増えた。

 マルタは思考を戻す。


「エトナさんとは?」

「ラズ兄の妹だよ。マルタより三つ年下の子。あまり身体が強くないんだ。この間の結婚式も体調を崩して、出られないのをだいぶ残念がっていたなぁ」

「あ、交流はあるのですね」

「ああ。カイ叔父さんとは難しいけど、ラズ兄やエトナとよく会うよ。ラズ兄は結婚式にも来ていたしさ。……ま、そもそもラズ兄達は叔父さんと住んでいる場所が違うから」

「あら、家を出られているんですか?」

「そう。支援を断った辺りで、父さん達が手配してさ」


 ダグはそう教えてくれた。一緒に住んでいたら、何をするか分からないと危惧したのだろう。

 ダグの両親も色々考えているんだなぁとマルタは思った。

 正直に言えば、ダグに家督を譲った辺りの話を聞いてから義父の方には自分の欲望に忠実な人という印象が多少あった。

 けれども、こういう面もあるのだなと素直に感心したのである。


(……いやでも、この辺りを考えられる人間が、自分の子供に色々丸投げして出て行くものだろうか)


 ぽつぽつと色んな疑問が湧いて来る。しかも自分の中の情報や知識が足らなくて、考えれば考えただけ深みにはまる奴だ。

 忘れないようにしておいて、今はいったん横に置こう。

 マルタは心の中でそう呟くと軽く手を挙げた。


「ちょうど顔を合わせるのに良い理由がここに」

「マルタはわりと思い切りが良いよね」

「フフ、クロエちゃんも言っておりました。飛び込むタイミングは大事だと! 事件の事でなくても一度お会いしたいですし。あまり先にすると、こう……後回しにした感になっちゃうのもなぁと」

「あ~、親族の付き合い的な?」

「的な」


 こういう部分をどうするかはマルタはよく分からない。

 けれどもマルタの両親はそういう事は欠かさなかった。だからエスタンテ家の親族は仲が良い。

 マルタはそれを見て育ったから、ダグの親族とも出来るだけ良い関係を築きたかったのだ。

 まぁ、ダグの叔父(その中の一名)とは、少々厳しそうだけれど。


「ハハハ。うん、そうだなぁ。俺も良いアイデアだと思うし、エトナも喜びそうだ」

「エトナさんがですか?」

「ああ。お姉さんが出来るかもしれないって楽しみにしていたんだよ」

「姉……! 良い響き……!」

「マルタってそう言えば末っ子だったっけ」

「そうです! ですからこう、妹とか、憧れがありますねぇ」


 想像して、にへらと笑うマルタ。

 それを見てダグは胸に手を当て僅かに首を傾げる。


「何かこう……微妙にもやもやするのは何でだろう」

「ダグ様も成長されましたねぇ」

「何でそんな反応なの、ロベルト」

「フフ、あのダグ様が……いやぁ、感慨深いですねぇ……」

「しみじみと言われてる……」


 なんて話す二人をよそに、マルタはエトナと会った時の事をほわほわと想像していた。

 お土産に何を持って行こうかとか。何を話そうだとか。クロエちゃんの本も読むかなとか。

 目的は目的として、それとは別に会いに行くのが楽しみだなーと、マルタはにこにこしていたのだった。




◇ ◇ ◇




 同時刻。

 月明りに照らされたウルメの街を、一人の青年が歩いていた。

 黒髪に赤い瞳をした、泣きボクロが特徴的な整った顔の男だ。

 彼の名前はラズ・リブロ。現リブロ辺境伯であるダグ・リブロの従兄だ。


 領都ウルメの夜は明るい。夜の時間ではあるが、様々な店が未だ営業をしており、街のあちこちに灯りがついているからだ。

 アルコールを提供する飲食店以外で、この時間まで店が開いている事は珍しい。

 この理由はダグが昼間に外に出られない身体だからだ。

 ダグがガイコツ姿になって、太陽の光を浴びられなくなって以降、領都では遅くまで開けている店が増えた。


「暗くなってりゃ、領主様が寂しいだろうからな~」

「ダグ様に新しい商品を見て貰いたいのよねぇ」


 なんて、店を開けている主人達は話す。

 ダグは本当に領民達に好かれている。元々の人柄もそうだが、領主の仕事丸投げされても、あんな姿になっても、腐らず前向きに生きている姿勢が評価されているのだろう。


(……うちとは大違いだな)


 そんな事を思い出しながら、ラズは心の中で独り言ちた。

 ラズの家は周囲から遠巻きにされ、お金には苦しんで、人を助けるよりも人から助けられる方が多い。

 それもこれも父親の悪癖のせいだ。

 母が生きていた頃はまだマシだったが、亡くなってからはタガが外れたように、父親はお金を稼ぐ事に執着してしまった。

 しかも稼げれば良いが、結果は悪い方にしかならない。怪しい投資を持ちかけられて、何度も何度も失敗した。

 そのせいで借金は膨れ上がり、前辺境伯が支援してくれたおかげで何とかラズ達は生活が出来たていたものの、父親は何一つ変わらなかった。

 その結果、支援は打ち切られた。父親は荒れに荒れたが、幸いな事にラズと妹は前辺境伯が家を出る手助けをしてくれた。そうして用意してくれた家で、二人で生活している。

 父親が接触して来ないように手を回してもくれていて、ラズは本当に感謝していた。


 ――――だがラズの父親は、諦めも悪かった。


『もうやってしまったんだ、後には引けない。なぁ、ラズ、分かるよな。エトナのためだ、お前なら、協力してくれるだろう?』


 ラズの頭にあの男の声が蘇った。ぐっと拳を握り、奥歯を噛みしめる。


「何がエトナのためだ……」


 後悔、怒り。それらが全部混ざった苦し気な声でラズは呟く。

 これ(・・)が最低な事なのはよく分かっている。

 これ(・・)が裏切りの行為なのもよく分かっている。

 そして妹のためと言いながら、父親(あの男)は自分の事しか考えていない事も、よく分かっている。

 けれども状況(・・)がラズに「協力しない」という選択肢を与えてくれなかった。

 ラズが出来たのは、状況を多少マシ(・・)にするくらいだ。


 陰鬱な気持ちでラズは歩く。向かった先は、かつて自分が住んでいた屋敷だ。

 手入れもされず鬱蒼とした庭を横目に見ながら、ラズはドアベルを鳴らす。

 少ししてドアが空き、中からやつれた顔の男が姿を現した。容姿は瞳の色以外はラズによく似ている。

 ラズの父親、カイだ。

 カイはラズを見て、わざとらしいほどの笑顔を浮かべ「ああ、ラズ。良く来てくれたね」と迎え入れる。


(ああ、くそ、吐き気がする。今すぐ殴りつけてやりたい)


 心の中で毒を吐きながら、ラズは父親について屋敷の中へ入って行った。


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