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♯10 世知辛いのがお金の話


 オキツから聞く事が出来た情報は、基本的にはダグ達が得ているものとほぼ変化はなかった。

 

 まずマルタが一番気になっていた薬莢の件だが、現場に残されていた物から、メーカーは『ミスト社』の製品である事が分かった。

 ミスト社とは魔導銃を製造している、わりと新しい年代に出来た会社だ。

 先ほどオキツも言っていたが、古い考えだけに拘らず、新しいアイデアを積極的に取り入れるスタイルが特徴である。

 デザインも、性能も、あと価格もだ。高額になる魔導銃の中では、多少――本当に多少になってしまうが――比較すると少し安い。使用している素材や仕入れ等で工夫しているのだ。

 老舗メーカーと比べると頑丈さが低め等弱い部分もあるが、それでも変化に対して鈍い姿勢を続けた魔導銃の世界に、新しい風を吹き入れたのがこのミスト社だ。

 その自由な雰囲気から、魔導銃を扱う若者の間で人気が高い。マルタが持っているのもそこの製品だった。

 さて話は戻るが、現場に残されていたのはそのミスト社の製品だ。

 なぜメーカーが分かったのかと言うと、単純に薬莢にメーカー名が彫られているからである。

 ただ。


「魔導銃を取り扱っている店は、専門店でない限りは、大体どのメーカーの物も置いているからなぁ……」


 というわけである。

 単純に各店の品揃えの話だ。

 魔導銃を取り扱う店も、最近ではあちこちに増えてきているため、薬莢だけではメーカーが分かってもどこで買ったものなのか特定がし辛いのである。 


「ちなみにここ最近、薬莢を買い求めた方はいますか?」

「いませんね。うちは一応、記録もつけているので、良かったら見ますか?」

「あ、ぜひ」


 オキツの言葉にマルタは頷いた。

 魔導銃を扱う店の一部は、彼女のように購入者の記録をつけている。

 これは安全面――というか、店が自分達を守るためのものだ。

 魔導銃は非力な者でも扱えてしまうという性質上、ある意味で犯罪に使われやすい。

 もちろん販売した店側に責任はないし、悪いのは犯人だ。

 けれども、そうだとしても風評被害にも繋がる。

 もし何か起きてしまった時に「調査に協力していますよ」という姿勢を見せる事で、今後、犯罪者が自分の店を利用する事を減らすという意味もあるのだ。


(あとは、やっぱり……売った人も話を聞けば、嫌な気持ちはするでしょうからねぇ)


 なんてマルタは思っている。

 そんな事を考えながらマルタはオキツに、販売記録のノートを見せて貰った。ロベルトもひょいと覗き込んで来る。

 ミツハ国の文字が混在しているが、購入者の名前部分はこの国の文字だった。文字の独特な伸びは、絵を描く物ではない方の筆で書かれたものだろう。

 名前の隣には、魔導銃の販売記録や修理依頼等が綴られている。

 日付と時間帯。それを順番に見ながらマルタがふと気になったのが、メンテナンスを依頼された箇所に記載された名前だった。


「ラズ・リブロ?」

「ああ、ラズ様は、ダグ様の従兄に当たる方ですね。ダグ様より二つお歳が上になります」


 マルタが僅かに首を傾げていると、ロベルトがそう教えてくれた。

 なるほど、とマルタは頷く。急ピッチで進められた結婚だったため、マルタはダグの親族の事もまだよくは知らない。

 落ち着いたら紹介して貰えるらしいが、顔を合わせた時に簡単に思い出せるように、写真を見ておかないとなとマルタは思った。


「ラズさんも魔導銃を使ってらっしゃるんですね」

「ええ、常連さんですよ。十二、三くらいだったかな。アルバイトでお金を貯めましたって、買いに来たんですよ」

「アルバイト?」


 おや、とマルタは目を瞬いた。

 貴族と呼ばれる者達は、基本的にはお金に余裕がある。

 先祖代々受け継いだ物だったり、事業を起こして成功したり、貴族という立場で就いた職の給料が良かったり。

 理由は幾つかあるが、大体はそういうものだ。

 だから貴族で、しかもその歳でアルバイトをしている者は珍しい――というか、あまり聞かない。

 学生時代に、平民の友人に感化されて働き出した貴族の子供も数人いたにはいたが、そんなくらいである。

 なのでちょっと意外だなとマルタは思った。


「ラズ様は、その……少々、お金が必要な頃がありまして……」

「父親の借金ですよ」

「オキツさん」

「曖昧にしてもしょうがないだろう、ロベルトさん。正直、私は今も、あの男を軽蔑しているんだ」


 僅かに目を細め、不快そうにオキツは言った。

 先ほどまで朗らかに話してくれていたオキツが、刺々しい言葉を使っている。

 マルタは面識はない――結婚式では全員の顔を把握していない――が、よっぽどなのだろう。


「えーと……」

「申し訳ありません、マルタ様。……オキツさんの仰った通り、ラズ様のお父様――カイ様は少々、問題がある方なのです」

「今のお話だと、お金の事ですよね」

「はい。昔から怪しい投資に手を出しては、失敗してを繰り返しているのですよ」

「知識もツテも人頼み、商売のカンも悪い、先見の目もない。一攫千金なんて夢を抱くくらいなら、どこぞででかい魔水晶を手に入れた方が確実だ」


 ロベルトの説明に続いて、オキツがそう吐き捨てるように言った。

 丁寧な口調も消えている事から、彼女の怒りが深い事が伺える。

 言葉にはしなかったが、マルタの疑問を察してロベルトが、


「ラズ様が貯めたお金で買った魔導銃を取り上げて、返品しに来られたそうです」


 と言った。マルタはぎょっと目を剥く。


「取り上げて!?」

「戻って来た金を投資に回そうとしたのさ、あの男は」

「お、オキツさんはどうしたんですか?」

「断ったところで、質屋かどこかで売るだけだと思ったからな。返品は受け付けたよ。後でラズ様に返したがね」

「良かった……。あ、いえ、お店としては良くないですよね」

「いいや。……ラズ様は律儀でね、あの後、またお金を貯めて払ってくれたんだ。良いと言ったのだがね」


 先ほどまで怒りを滲ませていたオキツだが、最後の方は和らいでいた。

 弟を見守る姉のような眼差しだ。オキツの表情に、マルタはふと、自分の兄や姉達の事が重なって見えた。


「……そう言えば、あの男、質屋の周りでうろうろしていたな」

「カイ様がですか?」

「ああ。またくだらない借金を作ったのかと思っていたんだが……三日前だ」

「三日前……」


 確か薬莢が見つかったのは一週間程前だったはずだ。

 特に繋がりはないものの――マルタは少し気になった。


「……質屋にも薬莢が置かれているんですよね」

「そうなのですか?」

「ええ。ほら、この薬莢ってそれなりに値が張るじゃないですか。それで、その……魔導銃の弾って、全部、装填していなくても良いんですよ」

「え?」


 ロベルトは目を瞬いた。それからオキツの方へ視線を向ける。彼女は「そうだよ」と頷く。


「だからお金に困ってきたら、薬莢を売る奴はそこそこいる」

「いえ、ですが武器ですよ? 万全の状態にしていないのですか?」

「他の人間は、リブロ辺境伯領(この辺り)ほど、日常的に戦いへ備えてはいないんだよ」


 オキツの言葉にロベルトは衝撃を受けた顔になった。

 補足をすると『日常生活に戦いが入っていない人間は』になるのだが。

 これが国を守る騎士団や、それらに似た職に就く人間なら話は別だが、そうでないと考えは少し緩くなる。

 弾が一つなくても。

 武器をそこまでこまめに手入れしなくても。

 そういう考えの人間はわりと多い。

 なぜならそうしていても困った事がないから(・・・・・・・・・)だ。


「万全にしておいた方が良いとは思いますが、他ではそこまでの危機感はないですね」

「……それは意外でした」

「ハハハ。ロベルトさんがそこまで驚くのは初めて見たよ。リブロ辺境伯領の人間は良くも悪くも、そういう感じだからなぁ。そういう意味でもマルタ様が嫁いできて良かっ……失礼、言葉が乱れておりました」

「いえいえ、そのままで結構ですよ」


 どうやらオキツはようやく、丁寧な口調を忘れていた事に気が付いたらしい。

 若干、気まずそうに手で口抑えた彼女に、マルタはにこりと笑ってそう返した。


「しかし、そうか、質屋ですか。これは盲点でしたね……」

「ああ。仮に薬莢を落したとして、補充するならちょうど良い店だ」


 ついでに、とオキツは続け、


「質流れになった商品なら、記録もつけてあるだろうからな。もしかしたら、見つかるかもしれないね」


 なんてニッと笑ったのだった。

 

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