♯9 東の国の魔導銃屋さん
嫁いできてから一週間ほど経った頃。
マルタはリブロ辺境伯領の領都ウルメを、執事のロベルトと共に歩いていた。
少し落ち着いてきたので、街の人々の様子を見がてら、魔導銃を取り扱うお店に行こうと思ったのである。
ロベルトは護衛としてついて来てくれている。リブロ辺境伯家に仕えて長いロベルトは顔が広く、歩いているだけでよく声をかけられていた。
「あ、ロベルトさん! 今日は良い果物が入っていますよ~!」
「この間の魔物から獲れた素材、良い感じに加工出来たので、ダグ様にどうぞ!」
「ヘヘ……旦那ァ……腰痛に良く効く薬が入りましたぜぇ……」
なんて具合にあちこちで声をかけられお土産を渡されていた。
ロベルトもダグも本当に人から好かれているようだ。
こういう風に良い関係は一日ではならない。こつこつと、しっかり信頼を築き上げてきたのだろう。
(私は上手くやれるかなぁ……特に貴族の辺りと……)
それを見ながらマルタはそんな事を思った。
一応辺境伯夫人になったわけだが、肩書だけは立派でも、中身がそれに追いついていない事はマルタが一番よく理解している。
最初はその場しのぎの付け焼刃で何とかなるかもしれないが――マルタが今後飛び込むのは、それを直ぐに見抜けるような立場の人間達の中だ。
もしかしたら魔物と戦う方がシンプルなのではないかと思うくらい、マルタはこれからの社交に戦々恐々としている。
夜会であればダグと一緒に出席出来るので不安は半分なのだが――自分もダグに「安心してください」と胸を張り、そして頼られる存在になりたものである。
そんな事を考えつつ、街の人々に挨拶をしつつ、マルタは魔導銃のお店にやって来た。
『銀屋』という名前の店だ。看板に書かれている言葉は東の国で使われている文字だ。
そう言えばミツハ国の文字を模したアクセサリーも、一部で流行っていたなぁなんてマルタは思い出した。
銀屋のドアを開けて中へ入ると、チリンチリン、と、ドアベルとはまた違った音が響いた。
見上げれば銀色の丸い何かがドアについている。
あれは鈴という音を出す道具だ。ミツハ国で生まれたものらしい。素朴で綺麗な音がマルタは好きだった。
「いらっしゃい、お嬢さん。初めて見る顔だね」
見上げていると、そう声をかけられた。
顔を向けると店の奥、カウンターの向こうに黒髪の女性が座っているのが見える。
雰囲気的に彼女が店主だろうか。
凛々しさも感じられる美しい顔立ちをした彼女は、マルタの後ろにいるロベルトを見て軽く首を傾げる。
「おや、ロベルトさんじゃないか。娘さんかい?」
「いいえ。この方はダグ様の奥様のマルタ様ですよ、オキツさん」
「あらま」
ロベルトの言葉にオキツと呼ばれた女性は目を丸くする。
それから立ち上がると、オキツは胸に手を当てて頭を下げた。
「これは失礼しました。オキツ・カガと申します。お初にお目にかかります、マルタ様」
「いえいえ、失礼なんてとんでもない。マルタ・リブロです。よろしくお願いいたします」
マルタがそう挨拶を返すとオキツは顔を上げてニッと笑う。
改めてこうして真正面から見ると、本当に綺麗な人だなとマルタは思った。
そんな彼女の服装を見て、マルタは、あら、と思った。ミツハの国の伝統衣装――着物と言うらしい――に、洋服を上手く合わせている。その説妙な加減が美しかった。
「オキツさんはミツハの方から?」
「ええ、ミツハ出身ですよ。若い頃にこちらへ来ましてね」
「若い頃?」
「ふふ。これでも私、四十代なんですよ」
「四十!?」
その言葉にマルタは目を見開いた。
だって二十代そこそこにしか見えないのだ。
「二十代くらいだと思っていました」
「あら、嬉しい。聞いたかい、ロベルトさん」
「はい。私も初めてご年齢を聞いた時には驚きました」
「ま、ミツハの国の人間は、年齢よりは若くみられやすいからなぁ」
オキツはそう言ってカラカラと笑う。
マルタはオキツ出身の人間と会った事がないので分からないが、本人が言うのだからそうなのだろう。
おお、とマルタが呟いていると、
「それで、今日はどうされたんです?」
とオキツに尋ねられた。
そうだった、とマルタは鞄から封筒を取り出し、オキツに差し出す。
「ダグからの紹介状です」
「ダグ様からですか? 頂戴いたします」
オキツは両手で受け取ると、静かに封を開けた。そして手紙を取り出して読み始める。
黄泉ながら数回、軽く頷いた後、オキツは手紙を畳んで封筒に戻し、マルタ達の方へ顔を戻した。
「なるほど、先日の薬莢の件ですか」
「はい。私も少し魔導銃を扱うので、お話を聞かせていただけたらと思いまして」
「おや、マルタ様が? ……ご迷惑でなければ、見せていただいても?」
「はい、構いませんよ」
オキツにそう言われマルタは快諾する。そして鞄の中から魔導銃を取り出して彼女に渡した。
本来であればホルスターを身に着けて、そこに下げておくのが普通だが――魔導銃自体がなかなかゴツイ形状のため、これが結構目立つのだ。
あまり物々しい装いで街を歩くのもどうかなと思ったので、鞄の中にしまっているのである。
さて、そんな魔導銃だが、カラーはマルタのオリジナルだ。
イメージはもちろん『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』である。青い瞳をした黒猫のクロエちゃんに合わせて、マルタの魔導銃は黒色のフォルムに、青の差し色が入っている。
この青色の部分が少し凝っていて、射撃の自動サポートが入ると淡く光って綺麗なのだ。
「おや、ミスト社の魔導銃か。よく手入れされている」
「実戦経験はないので、宝の持ち腐れかもしれないですが、気に入っておりまして」
「ふふ。塗装、オーダーメイドでしょう? ミスト社の良い所だ。古い考えにだけにこだわらず、新しいものを取り入れて行くあの姿勢は、見習わないとなと思っているんですよ」
そう言って笑うと、オキツは魔導銃を返してくれた。
それから彼女はフッと笑って、ほんの少し目を細くする。先ほどまでの気さくな雰囲気がピリッとした真剣さを帯びた。
「魔導銃を大事に扱って下さっている方なら、私も信用しましょう。何をお聞きになりたいのですか?」
オキツはそう言うと、にこりと微笑みながらマルタを見つめた。




