プロローグ
結婚式の準備はわりと面倒くさいと、マルタは友人に聞いた事があった。
けれども急ピッチで進めなければならなかったせいで、特に苦労しないまま当日を迎えている。
ありがたい事だったなと、まるで他人事のように、その式の最中にマルタは思った。
マルタの結婚式が行われているのは、眩いほどの白色が美しい荘厳な教会だ。
妖精達を描いたステンドグラスの向こうから差し込む月の光と、蝋燭の灯りが幻想的に辺りを照らしている。
「新郎ダグ・リブロ。あなたはマルタ・エスタンテを妻とし、病める時も健やかな時も、互いを支え合う事を妖精王に誓いますか?」
「はい、誓います」
マルタと向かい合って立つ結婚相手――ダグが誓いの言葉を口にする。
灯りに照らされた事で、彼の白い骨格に、しっかりと陰影が落ちている。
白と影のコントラストがまた綺麗。生身の肉体だったらこうはいかないだろう。
そんな事を思っていると、神父は、今度はマルタに向かって問うた。
「新婦マルタ・エスタンテ。あなたはダグ・リブロを夫とし、病める時も健やかな時も、互いを支え合う事を妖精王に誓いますか?」
にこやかに、柔らかに。
声こそそんな感じだが、神父の目は別だ。
どうかお願いだから否なんて言わないでくれ、と何やら必死そうに訴えが聞こえて来るかのようだ。
他にも結婚式の出席者の一部から、声に出せない言葉を視線に乗せて向けてくる者達がいた。
神父以外は、どちらかと言うと悪い意味でだが。もちろんマルタやダグの親族や友人達を除いての、だ。
結婚式なんだけど、その一部に関しては何か別のものみたい。
そんな事思ったがマルタは別に、ダグの事は嫌ではなかった。
結婚する事についても嫌だとは思っていない。
だからマルタは堂々と、胸を張ってはっきりと、答えてやった。
「はい、誓います」
「それでは、誓いの口づけを」
声に若干、安堵が見えますよ、なんて思いながら『それじゃいっちょやりますか』と、ちっとも恥じらいのない気持ちでマルタはダグの目を見上げた。
いくつかの、好奇の眼差しが向けられる。
それに気づいてか、ダグは少しだけ戸惑う様子を見せた。気遣われているような気もする。
なのでマルタはにっこりと微笑んで見せた。
すると彼は恐る恐る、マルタの頬に手を添える。
意外と固くないし、冷たくない。不思議なものだとマルタが楽し気に目を細めると、ダグは一瞬固まった。それから顔の骨が動いた。つられて笑ってしまったようだ。
そのまま顔が近付いてきて、マルタは目を閉じる。少しして自分の唇と、相手のそれが重なった。
まぁ、相手の場合は唇というか、そういう肉の部分はないのだが。
けれども何故だか柔らかく感じられた。
(骨って実は柔らかいのかしら)
そんな風に思いながら、マルタはダグを目を開いて、直ぐ近くにあるダグを見つめる。
まだ性格や、趣味嗜好もマルタは良く知らない、いわゆる政略結婚の相手。
だがまぁ仕事は出来るし、性格も良いし、ちゃんとした人だよと、マルタは両親や、周囲の人々から聞いている。
問題なのは一つだけ。
(まぁ、私からすれば、さして問題でもないのだけど)
がっしりしていて、健康そうで、綺麗な骨格をタキシードで包んだ、マルタの旦那様。
その姿は一般的な人間のそれではなく、見事なまでにガイコツだった――――。