私は彼女に婚約破棄を言い渡した。
「ルメルワー嬢、すまないが、君との婚約を破棄させてもらいたい。」
王宮の一室、今日は週に一度の登城の日。
私は彼女に婚約破棄を言い渡した。
「…殿下…それは、聖女候補様の影響なのでしょうか。」
私たちの通う王立学園には、ある日突然聖なるチカラを覚醒させた平民の少女が聖女候補として在学している。
学園生活に不慣れな彼女を気にかけていたのは事実だ。
でもそれはやって欲しいことがあったから…。
「彼女の影響が全くない、といえば嘘になる。」
「そうですか…。」
落ち着いてお茶を口に運ぶ彼女はいつもと何ら変わらない。
きっと君は承諾してくれる、だって君は…
「婚約破棄の件承知いたしました。」
「ありがとう。絶対に君に不利なことにはならないよう最善をつくすよ。」
「ふふっ、わかりました。」
「今までありがとう。アリシラ=ルメルワー公爵令嬢。」
「お世話になりました。アルディ=フォン=ベストワール王太子殿下。」
最後に君の笑顔が見れてよかった。
〜数時間後〜
トントンッ
「王太子殿下、国王様がお呼びです。」
さぁ、ここからが本番だ。
「お呼びでしょうか。」
「アルディ=フォン=ベストワール。自分が何をしたのかわかっているのか?」
「ルメルワー嬢との婚約を破棄した件でしょうか。」
「そうだ!私の許可も得ず、独断で婚約破棄を言い渡したそうだな!」
「私は、本来あるべき姿に戻しただけです。」
ドガンッと王の間の扉が破壊され、1人の人物が姿を現す。
「な、な、何故、貴様がここにっ!?」
「久しぶりですね、叔父上、生きていてビックリですか?」
前国王の息子であり、本来なら国王であった人物。
ユスタフ=ディ=ベストワール。
10年前、私の父は自分の実の兄である前国王一家に呪いをかけた。禁断の黒魔術を使って。
その呪いは何の症状も出さず、じっくり時間をかけて身体を蝕んでいき、最後には突然高熱が出て死に至る。
呪いをかけられてから王妃様は3年後、国王様と王女様は4年後に亡くなり、残ったのは王子であるユスタフ兄様だけ。
兄様の成人までという条件で父が国王になった。
国王になった父は、油断していた。
酔った勢いでペラペラと、ことの真相を自慢げに側近に話していたのだ。外で私と兄様が聞いているとも知らずに。
「あ…いつ…!」
「今はダメですっ…一旦移動しましょうっ…」
瞬間移動で人気のない庭園へ行き私達は泣き崩れた。
完璧だと思っていた父が最低最悪の人間だったことに絶望した。けどせめて、ユスタフ兄様だけは救わなければ。
「兄様は、神聖力をお持ちですよね、だから黒魔術にここまで耐えきれているのだと思います。」
「あぁ、だがそう長くもつかどうか…」
「ならここを出て、この国で最も神聖力のある大神官様のもとへ行きましょう。大神官様は国王陛下と親しかったのできっと力になってくれます。」
「…来週、視察で北部へ行く予定となっていたからそこで事故にあって死んだと見せかければ……っ…でも」
「なにか気になることでも?」
「…大事な子がいるんだ。その子のこと、頼めるかい?」
「アリシラ=ルメルワー公爵令嬢のことですね。…ユスタフ兄様がいなくなった後、私は彼女と婚約させられるはずです、絶対に彼女を守ります。」
「…うん。」
作戦は成功、見事事故で死んだように見せかけ、大神官様に匿ってもらうことができた。
その後、案の定私とアリシラは婚約したが彼女の心にはずっと1人の人物しかいなかった。
最初からわかっていた…それなのに…私は…。
時は流れ、聖女候補である平民の少女が現れた。
彼女を学園生活に馴染ませるサポートをしつつ、聖なるチカラで呪いを完全に解く手助けをしてもらったのだ。
そしてようやく、全てを本来あるべき姿に戻すことにした。
「叔父上、全て返していただこう。」
「私は国王だっ!この座は誰にも渡さん!」
バシンッ
「全てっ…あなただったのね…王妃様は…私の親友だった…それを知っているあなたがっ!あの方を殺すだなんてっ…」
母は王妃様が亡くなってから感情を無くしたも同然だった。
笑顔は消え、無表情なことが増えていった。
唯一その表情が和らぐのはアリシラがいる時だけ。
「どいつもこいつもっ…誰のおかげで!王妃になれたと思ってるっ!誰のおかげで!王太子になれたと思ってるっ!」
「「そんなの望んでないっ!」」
「…ルイスター=フォン=ベストワール、貴様を王族暗殺の罪で拘束する。楽に死ねると思うなよ。」
「ふっ…貴様らの大切な者がどうなってもいいのだな」
ドクンッ
「…アリシラに…何かしたのですか…」
「さぁ。ふっ…ぐぇっ…アルディッ…貴様っ」
「アリシラに何をした。答えろ。さもなくば首をへし折る」
「わ…たしの…影を…送ったのだ…ゴホッ」
ドクンッドクンッ
「アリシラが…危ない…」
ゴォォォオッ
「アルディ!落ち着け!魔力が暴走してる!」
「アリシラ…アリシラ!」
「心を鎮めて冷静になりなさい!」
「アリシラ!」
「くっ…魔力の壁で近づけないっ…」
「どうにかして暴走を止めないと……っ!?」
最初からわかっていた。
アリシラがユスタフ兄様のことを想っていることなんて。
初めて見たのは王宮の中庭、木陰で寝ている彼女の髪に兄様が口付けをしていた。
次に見たのは温室の噴水、キラキラとした笑顔で兄様と遊んでいた。
その後も何度か見かけた彼女はいつも幸せそうだった。
けれど、兄様がいなくなり、私との顔合わせの時の彼女の瞳には、あの頃の光はなかった。
それでも、彼女は精一杯頑張ってくれていた。
だから私も、母も、彼女に惹かれていったのだ。
私は兄様が戻ってくるまでの代わりに過ぎないのに。
それなのに…どんどん…どんどん…
ギュッ
「殿下、私は無事です。」
「ア…リシラ…?」
「はい。アリシラです。ふふっ、初めてですね。ちゃんと私の前で名前を呼んでくださったのは。」
「アリシラッ!」
ぎゅうっ
「そんなに心配せずとも、私は精霊王と契約した精霊師なのですよ。」
「心配するに決まってるだろ!私はっ…」
「…殿下?」
「っ…いや、とにかく無事でよかった。」
「はい!」
「さて、衛兵達よ、あそこでのびてる罪人を拘束して地下牢へ。魔法無効化の手錠も忘れずに。」
「「はい。」」
これで、全てが元通りになるはずだ。
「ユス…」
「アリシラ…」
泣きながら抱き合う2人。これが本来あるべき姿だ。
ずっと…いつかこうなる日を待っていたはずなのに。
いざ目の前にすると、こんなにも胸が締め付けられる。
「母上、行きましょう。」
「アルディ…あなたはいいの?このままで。」
「最初から、わかっていたことですから。」
「本当に…後悔しないのね?」
「っ…それは…」
「殿下!どこへ行かれるのですか?宮廷医のもとへ急ぎますよ!魔力暴走を起こしたんですから、ちゃんとみてもらわなきゃ。」
「アリシラ…何故…」
「?…何故って?一気に魔力を放出してたので…?」
「そうじゃなくてっ…」
「よくわからないですが、とにかく行きますよ!今一番大事なのは殿下のお身体です!」
あぁ、ダメだ。もうこの気持ちに嘘はつけない。
「好きだ。アリシラ。」
「え?」
「好きなんだ。アリシラのことが。」
「アルディ…」
「すみません。兄様は信用してアリシラのことを任せてくれたのに。2人が想いあってることは知っていたのに、ダメだとわかっていながらも、この気持ちを止められなかった。」
「殿下…」
「最後まで言わないつもりだった。2人が結ばれるのに障害がないよう婚約破棄までしたのに。君が私の心配をしてくれるのが嬉しくて…。困らせてごめん。」
「…嫌われた訳では、なかったのですね。」
「君を嫌うなんて、天地がひっくり返ってもありえない。」
「聖女候補様のことを、好きになったのでは…」
「兄様の呪いを解くために協力して貰っていたんだ。」
「そうですか…よかった。」
「え?」
「私、ずっと前から殿下のことが好きなのですよ。」
「えっ…だって…ユスタフ兄様が…」
「確かに…ユスは私の初恋でした。亡くなったと思ったあの日、この先他の人を愛する事ができるのか不安でした。愛してまた居なくなってしまったら、と。」
「生きていることを…言えなくてすまない。」
「いいえ。しょうがないことですから。ユスがいなくなってすぐ殿下と婚約をした時、最初は感情がうまく出せなかったのに、温かく迎えて下さって。」
「そんなの…あたりまえだよ。」
「いつも必ず私を一番に考えてくれて、心を配ってくださる、そんなあなたを好きにならないほうがおかしいです。」
「アリシラッ!」
「ふふっ!これからはずっと名前で呼んでくださいね!」
こんな奇跡、あってもいいのだろうか。
アリシラと想い合うことが出来るだなんて…夢みたいだ。
「アルディ。あの日俺が言った言葉がお前を縛りつけてしまってすまない。アリシラを守り抜いてくれてありがとう。」
「ユスタフ兄様…」
「アリシラ、俺にとってもお前が初恋だった。けど今は他に大切な人がいるんだ。お前の事は妹のように思ってる。」
「うん…ユス、私もあなたのことは兄のように思ってる。生きていてくれて本当によかった。」
「それじゃあ、アルディを任せたぞ!」
「もちろん!」
その後、宮廷医のところへ着いた途端、私は倒れ3日ほど寝込んだ。
その間にユスタフ兄様の帰還と、父の退位は一気に王国中へと広まったのであった。
「3年後、この座はアルディに引き渡すつもりだから、覚悟しといてくれよ。」
「えっ!?何故ですっ!」
「今まで王太子として頑張ってきたのはお前だろう?前から決めていたんだ。叔父上から王座を奪還したら、数年だけ王となり、後はお前に任せようって。」
「そんな無茶な…」
「まぁ、もう一つ理由はあるんだけどな。それはいずれわかる時が来るから。」
「はぁ…止めたって聞かないですよね。兄様は。」
「さすが、よくわかってるじゃないか!」
ー3年後ー
本当にユスタフ兄様は王位を私に譲った。
王となり最初にした事は、先延ばしになってしまっていたアリシラとの結婚式をすぐに挙げたこと。
念願のウェディングドレス姿のアリシラをようやく見ることが出来て何度悶絶したことか。
そして私達の結婚式の数ヶ月後に、兄様が"3年"にこだわった理由もわかった。
「ユスは聖女様と恋におちていたのね。」
「彼女の学園卒業を待っていたんだね。」
聖女候補だった彼女は、ユスタフ兄様の呪いを解いた一件で更にチカラが増し、本物の聖女となった。
学園卒業後に神殿に入ることになっていたはずだが…。
結婚式の招待状が届いているということは、そういうことなんだろう。
「まったく、兄様は自由な人なんだから。」
「ふふっ、"アル"はもう少し自由にやってもいいくらいよ」
「"シラ"がこれからも側で支えてくれるならね。」
「もちろん。私の一生をかけてお支えしますわ。」
「私は世界で一番の幸せ者だね」
「ふふふっ大袈裟よ!」
大袈裟とアリシラは笑うけれど、
絶対に報われないと思っていたのに、今隣に君がいるんだから、本当に誰にも負けないくらい幸せなんだ。
君がいるだけで、世界はこんなにも輝いて見えるのだから。
Fin