第6話 水晶
犬子が黙ると、今度は彼方がため息を吐き、男子たちを見渡す。
「……ったく、だけど、こんなに男子が残るなんて意外だったぜ。家に本当に帰れるかもわかんねえっていうのに……」
「そうだよ……そもそもそこがおかしくない……?」
震えながら立ち上がったのは、優等生の桜木桜歌だ。クラスで最も成績がいい上に、真面目で品行方正。どんな相手でも分け隔てなく自愛に満ちた態度で接する、パーフェクトウーマン。
だが、今はそんな面影なく怯え切っている。
「王様の話だと、私たち……戦わされるんだよ? しかも相手は『邪神』ってことは神様なんでしょ? そんなのと無理やり戦わされるんだよ? どうして皆そんなに平然としてるの? どうして、男子は帰らなかったの?」
「いや、だってさ、こういうのってお決まりのパティーンてやつがあるジャン? 桜木チャンって漫画とかアニメとかあんま見ない系?」
「ここはアニメの中じゃない! 家に帰れないかもしれないんだよ! ここで死んじゃうかもしれないんだよ! 私はもう、ダメ……もう泣きたい……」
崩れ落ちて顔を手で覆ってしまう桜木。
「大丈夫よ」
そんな彼女を励ますのは、クラスの女王、日向立花だった。
「そんな心配杞憂に終わるわよ。私たちはこの試練を余裕で乗り越えられる。こんなものを見つけたわ」
彼女の手に乗っているのは、大きな水晶玉だった。
「なに、それ……?」
「これね、多分この世界のテレビみたいな物だと思うの。よく見たら中で映像みたいなのが動いてる」
立花は皆に見えるように前に突き出す。
目を凝らして水晶の中を覗き込む。確かに、立花の言葉通り何か人影のようなものが水晶の中でうごめいている。
「多分、あの王様の仕業ね。これで戦い方を学びなさいってことでしょ? それに……私、ちょっとこの世界のコツがわかって来たかも」
ニヤリと笑った立花。彼女が水晶をテーブルの上に置き、乗せた手にぐっと力を込める。すると、その手が淡く発行し始める。
「日向さん……それ何やってるの?」
「魔法を使ってるって、多分こういう感覚なのね……すっごく気持ちいい、ぞくぞくしちゃう」
桜木の質問に答えているのかいないのか、恍惚とした表情を浮かべる立花。
水晶から、まばゆい光が天井へと発せられる。
驚く俺たちの視線の中、水晶から延びた光の中に二十歳ぐらいの男性と、その恋人っぽい女性が現れる。半透明でその二人の周りには中世ヨーロッパのような街並みも映し出されている。
まるでSF映画で見たような立体映像のような光景だった。
水晶から出た映像は、動き出し、二人の男女は抱擁を交わした後、手を繋いで歩き始める。
「日向さんがやってるの? これ、日向さん魔法が使えるの? やり方わかってるの?」
「桜木さん。私はただ、イメージしてるだけ。そうするとなんだか手が熱くなって、エネルギーが手からこの水晶に言ってる感じがするの……そして、この水晶の中の記憶をこうして映像として映し出している……多分、『聖痕』が刻まれた『姫騎士』なら誰でもできるのよ。詰草さんが雷の魔法を使って、私がこの水晶を使えたのが証拠よ。この世界に来た人間は、みんな魔力を持っている。それも多分『姫騎士』と『神器』の琉人は、特大で、特別で、特級の魔力を……」
立花がこちらに微笑みかけたが、俺は視線を逸らした。
「で、その映像は何なんだよ?」
興味がなさそうなそぶりで、犬子が尋ねる。
「これからその意味が分かるわ。この映像、さっきからずっと繰り返してたの」
映像に映っている二人の男女。そのうちの男の方の体が突然光りだし、シルエットが変化した。
「何だぁ? 体が……変わって、」
剣へと変わった。
「武器になった……あ、」
犬子の視線も俺に向けられる。
「『神器』ってこうなるのか……」
剣と肉体が変化した男を、女が持って、巨大な敵に挑んでいく。
サイクロプスというやつに近いのだろうか。
映像に映し出されている敵は一つ目の巨人だった。
それを女は『神器』を使っていともたやすく切り刻んでいく。血が飛び散り、腕が落ちるその光景はちょっとショッキングなグロい光景だった。
「うわぁ……これが『神器』で、『姫騎士』で、『邪神』ってこと? もう倒し終わってるけど」
『邪神』サイクロプスの肉片の山の中に、『姫騎士』の女性が立ち、『神器』の男性が元の、人間の姿へ戻り———二人、抱き合っている。
そこで、映像が途絶えた。
最後が軽いラブシーンで終わったため、部屋が何だか気まずい雰囲気に包まれる。
「あ~……なんだったのこれ?」
問う岬。
「前回の戦いってことでしょ? そして、この水晶はそれが記録されているマジックアイテム。これを見て戦い方をあらかじめ頭に入れておきなさいってことでしょ?」
なぜか自慢げに立花が答える。
「ていうことで、さっそくやりましょうか」
立花が俺に向かって手を伸ばす。
「……やるって、何をだよ」
「『神器』を使う練習よ。本番でいきなりってやってできるかわからないじゃない? だから、あらかじめ『神器』を試してみるのよ」
「…………」
「どうしてそんなに嫌そうな顔するの? 私たち、幼馴染じゃない?」
よほど嫌そうな顔していたのか、視界に入っていた桜木が驚いた表情を浮かべていた。
本当に、心底、気持ち悪かった。
七海に対してあんなことをしておきながら、どうして笑顔を浮かべて俺を誘えるのか。
「あ? やんねぇのか。じゃあ、私が試してやんよ!」
犬子が突然割り込んで、俺の手を取った。
「な! 詰草さん⁉」
「まだるっこしいんだよ。ほら、『じんぎ』ってやつになれよ」
「なれって言われたって……」
犬子が「ほらほら」と急かすが、なり方なんてわからない。
ちょっと自分が武器になるところをイメージしてみたが……体に変化は起きない。
「ふぬぬぬぬ、ダメだ。さっぱりわからん。自分が武器になるなんて、今までやったことがないから」
「そりゃそうか」
「ちょっと! いい加減にしてよ詰草さん!」
犬子の手を取り、俺から引きはがした。
立花がやったのかと思ったが、実際は岬だった。
岬は犬子を睨みつけ、
「上代には七海っていう立派な彼女がいるんだから、七海を差し置いて抜け駆けしようとしないでよ! ねぇ、七海」
七海に、守ってやったぞと、微笑みかける岬だったが、七海は気まずそうに視線を泳がせる。
「あ、あの……岬ちゃ」
「それに、王様は愛をはぐくんでいないと無理だって言ってたじゃない。上代はあんたの事なんて好きでも何でもないんだから、『神器』になるわけないじゃない。つまり、七海が最初じゃなきゃダメってこと。ほら、七海」
犬子の手を引っ張り、七海に道を作ってやるようにどく岬。
「あのごめん、その……岬ちゃん。私ね」
「ほら、最初にやっちゃって、七海。見せつけちゃいなさいよ」
何も知らない岬は、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
その時だった。
フッ…………。
突然、部屋の明かりが消えた。
「な、何ッ⁉」
その後、遠くの方からドオンと爆音のような音が響いた。
ドオオオオオオンッ‼