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第3話 詰草犬子

 『聖痕』が出なかったものは現実世界に帰っていい……。

 なら、2―A組、28名全員を呼び出すことはないだろう。もっと何か、効率のいい方法があっただろうに……。

 俺以外にもそう思った人は多く、戸惑った表情を見合わせていた。


「で、では、我々は帰らせていただきます……」


 眼鏡をクイと上げて島田は言った。

 それに対して髪の毛を逆立てんばかりに肩を上げて抗議する人間がいた。


「ふざけんな! あたしらは置き去りかよ!」


 赤いメッシュを入れたヤンキー少女、詰草しらつめ犬子いぬこが噛みつく。

 『聖痕』が刻まれた拳をかざし、島田に言葉で噛みつく。


「あたしらここに置き去りにして、あんたたちはのうのうと帰ろうっていうのかよ! ふざけんな! あたしたちも帰らせてもらうよ!」

「だ、だけど……『聖痕』が刻まれた女の子は……」

「うるせぇ! 関係あるか! 行くぞ、みんな!」


 島田が不安げにハンマ国王の顔色を伺うその目の前を、ずんずんと犬子は歩いていく。

 現実世界への入口へ向かう犬子についていく人間は少ない。彼女の親友の獅子田ししだ姫乃ひめのだけがおっかなびっくり後に続く。


「ならん」


 ハンマ国王が杖を突く。


「あ? うわっ……!」


 すると、いきなり犬子は全身が重くなってしまったかのように地面に両手を付いた。


「犬子ちゃん!」

「これは軽い重力魔法【グラガムウ】である。お主の周囲の重力を十倍にした。『救世主』よ。お主らが帰還することは許されない」

「ふ、ざ、けんなぁ‼」

「だけど、『姫騎士』を殺すわけにもいかないだろ!」


 思わず、反射的に一歩前に出てしまった。

 皆の注目を集めてしまって後悔しつつ、ハンマ国王に手の『神証』を見せつけながら、彼に歩み寄っていく。


「彼女を離してくれ。おっさん、あんたの言葉が全部本当なのだとしたら、『姫騎士』を傷つけたらあんたにとってデメリットしかないはずだ。『邪神』ってやつに勝たなきゃいけないんだろ?」

「その通りである。なので、役割を果たさぬまま帰ってもらっては困るのだよ」


 あっさりと、重力の魔法を解除したハンマ国王。解放された犬子は「がはっ」と不足していた酸素を取り込むために咳をしながら荒く呼吸をする。その背中を姫乃がさする。

 それを横目で見やりながら、続ける。


「だけど、俺たち……俺は違うけど『姫騎士』たちが戦うには理由が薄すぎるぜ。俺たちはあんたらを助けるのに何の義理もない。『邪神』に勝ったら家に帰れる……それだけか?」

「いや、お主ら『姫騎士』には莫大な報酬が与えられる。この国の領地を好きなだけ分け与えてやってもよい。何しろ世界の危機を救ってくれるのだ。お主らの要求は何でも飲もう。それに、伝承によれば「『邪神』を全て倒したとき、『世界樹』は『姫騎士』の望みを何でも叶える」と言われている。『世界樹』の力は強大である。その力は魔力のないお主らの世界に干渉できるほどだ。戦いが終われば、お主らの誰かが望めば、お主らの世界の王にだってなれるやもしれんぞ?」


 それは魅力的だろ? とハンマ国王が口角を上げた。

 『姫騎士』に選ばれた女の子たちは、それが本当なのか嘘なのかわからず、顔を見合わせていた。


 ダンッ!


「ふざけんなって、言ってんだろ!」


 突然、犬子が地面を拳で叩き、ハンマ国王を睨みつけた。


「あたしはてめえみたいな、上から目線で人を操ろうとしてくる奴が一番嫌いなんだよ!

 それにてめえ今あたしを攻撃しやがったな⁉ あたしらの世界ではあんたがいましたことを「喧嘩を売った」っていうんだよ!」


 拳を打ち鳴らし、ガンつけながらハンマ国王へ歩み寄っていく犬子。


「馬鹿ッ! さっきの魔法をまた食らうだけだぞ!」

「知るか! 舐められっぱなしで黙ってられっかよ!」


 俺の忠告にも耳を貸さずに、拳を振り上げハンマ国王に殴りかかろうとする犬子。

 ハンマ国王は涼しい顔をして、犬子の様子を眺め、


「それに、お主らは『世界樹』の恩恵をすでに受けておるよ」

「あ? てめぇまだふざけてんのか⁉」


 防御の体制もとろうとしないハンマ国王に、犬子はさらに苛立ち、胸倉を掴む。

 拳をいっそう引き、全体重をかけてハンマ国王を殴り飛ばそうかという寸前、


「先ほどの【グラムガウ】。『姫騎士』であるお主であれば容易に破ることはできたのだよ」

「あぁ⁉ まだいうか⁉」

「世界樹がお主らに唯一無二の魔法を与えているのだからな」


 バチィィィイィィイィィ‼‼‼‼‼


 稲妻が、走った。


「⁉」


 突然だった、それは犬子の背後で発生したもので、間近にいた彼女は思わず振り返った。

 バチバチと稲妻が彼女の背後に留まっている(・・・・・・)


「おい、詰草……それ……」


 稲妻が彼女の背後で留まるのも当然のはず。

 なぜなら、明らかに犬子の拳からその稲妻は発生していたからだ。


「何だ、これ……知らねぇ。え?」


 混乱している犬子。

 握られた彼女拳には『姫騎士』の証の『聖痕』。

 彼女だけか、他の『姫騎士』たちも同じようなあれ(・・)に近い模様が刻まれているのだろうか。

 犬子の『聖痕』の模様は、漢字の『雷』という字とそっくりだった。


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