秋を知る、時を知らせる音。
秋を知る。
何処かで咲いている金木犀の甘い女性の様な香り、朝に飲むコーヒーがホットになる。夏は真っ白だなと思った太陽の光が、黄色味を帯びて来たこと。
街路樹の緑、葉っぱがそれぞれ少しずつくたびれて、色を変えていく。空き地に野放図に生えている草にも、実りがあって、猫じゃらしのツブツブが大きく膨らみぽってりとして、それが猫の尻尾の様で。
薄はすっくと伸びて銀色の穂を煌めかせて、薄紫の紫苑の花が群れて咲いて、何処か熟れた様な甘い香りが草むらに漂っている。
風が吹けば涼しさよりも冷えを感じたり。
ピピピ、ピピピ、ピピピピ!
布団の中が心地よくなり、朝のアラームを止めてから、つい、ウトウトとしてしまったり。
至福の時。
うつらうつらと流れる映像は、何処かの世界の物語。
お城の鐘の音が時間を知らせる為に鳴り響く。
走るって苦しいですわ!あの魔女に出会ったら、とっちめてやりたい!ああ!嬉しい事に、あわよくばご令嬢様達に囲まれて、足止めを喰らってますわね。
このすきに、とっとと外に出て、カボチャの馬車に乗り込まないと!馬寄せで魔法が解けたら、鼠たちはともかく、カボチャがポツン。明日のスープの材料ですのに。
家に持って帰らなければ。最近は市で買うお野菜も高くて、種を貰って庭でせっせと育てたのが、水の泡になります。
先ずは普段の鬱憤を晴らす為に、大鉈を使って堅いカボチャを真っ二つにして。ワタを使ってカボチャのスープ、カボチャのグラタン、パンプキンパイに、プティング!種は炒って、ナッツの代わりに使いたい!
考えるとお腹が空いてきました。カボチャの為にも早く外に出なくちゃ!大慌ての私。
リンゴーン……、
資産家のお父さまが、新しいお母さまと一緒になられるまで、私はお嬢様として暮らしていたの。だから。
走る事なんて、産まれて初めての経験!
布地がたっぷり使われたドレスを不器用にからげ持って、足元はガラスの靴。お城の大理石の床は、ぴかぴかに磨かれていて、気を抜くと転びそうで。
ああ!十二回鳴り終えると、魔法が解けてしまいます。
「ああ、麗しの君。待って!待ってください、レディ!お名前を」
ひゃっ!好みじゃなかった王子様が、のそのそと追いかけて来てます。街に流れる絵姿とは、些か違う風貌の王子様。
私は。その。ダンスの時に感じる、手汗がぺっとりで、しかも少しばかりモジャ毛深いのは、苦手でございます。だから、
「君の名前を教えてほしい」
とのセリフに首を振り、スルリと逃げ出したのです。
最悪な事が頭を過る私。
衛兵を呼ばれ、捕まったら、衆人環視の中で魔法が解けてしまったら。
死んでも死にきれない!裾短いワンピース、エプロン、まるで召使いの様な成りなんですもの。
だから一生懸命に走りました。途中、王子様の行く手を遮る令嬢達活躍で、なんとかこのまま振り切れそうです。
はしたなくも息を切らせ、汗みどろで、おまけに産まれて初めて、足がジンジン痛いやら。ボロボロになりつつ、なんとか外に続く大階段へと辿り着きました。
リンゴーン、リンゴーン……、
駅前。ビルに埋め込まれた、名物のからくり時計の鐘の音が響く。
赤茶色のタイル貼り、幅広の階段がダラダラ続くそこを、俯きダラダラと、ため息をつきつつ、のそのそ上がっていたんだ。
カレンダーはあと2枚、年末が近づく。なのに昼間はギンギラギンに暑い太陽の光は、10月なのに真夏を感じる異常気象。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……、
ポケットからスマホを取り出すと時間の確認。
「もうすぐ日付が変わるか」
当然だ、終バスに乗り遅れ、こうして歩いて家に向かっているんだから。
テレワーク導入とかなんとか。でも出なきゃいけない事があって、出たら出たで残業を押し付けられ、はぁぁ。不毛だ。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……、
「キャッ!」
クキ。案じていた事が、起こってしまいました。足がもつれて階段から落ちていく私。
ガラスの靴が片方、スポンッと抜けました。
魔女を思いっきり呪ったのは心の中だけです。落ちるのが怖くて。魔法が解けるのが怖くて。
目をぎゅうっと、閉じた私。遠くであの!あんぽんたんな魔女が、呪文を唱える声が聴こえた気がしました。
リンゴーン、リンゴォォォン。
「十二時かぁ。はぁぁ、あ?はあ?」
キャッ!そう声が聴こえたから、顔を上げると。
落ちてくる、少しばかり早いハロウィンのコスプレ姿の彼女の姿がスローモーション。
王子になったよ、王子になるよね、王子にならないと。
落ちてくる、落ちてくるよ。ふわふわなドレスの彼女が、そこを格好良く抱き止めたかったけど……。
現実は彼女を受け止めた勢いを留められず、そのままに後ろへ倒れた俺。
腕の中にはお姫様。下敷きになっている俺。
王子気分だ。王子になったのだ、王子だよな、今。
カチリ。
まぁ!どういう事ですの。鐘が鳴り終えたのに、ドレス姿のままですわ。というよりも、私の下敷きになられているお方は、どこのどちら様?随分、簡素な身なりですけれど。
「いてて。大丈夫」
まぁ!異国の方ですわよね、でも何故か言葉が解ります!肌に感じる空気も、鼻に届く香りも全て知らないモノです。目にする景色も、見たこともない世界ですけど。
魔女が何かをした様です。
「あ、ありがとうございます」
とりあえずこの方にお礼を言わないと。見上げてくる黒い瞳に胸が高鳴ります。
魔女の笑い声が聴こえた気がしました。そして続いた言葉も。
そこで暮らしてみるかい?それとも戻るかい?と。
答えは決まってます。
知らない場所で不安だけど。
私の下敷きになられている人の方が。
好みなのです。私を支える手は大きくて、ゴツゴツと骨ばっていて、すべすべ感があり、絶対、モジャ胸毛やら、ぺっとり手汗は無いはず。
女は何処でも花を咲かせ、実を結べ。何かで読んだ言葉です。どうせ咲くなら……。
選べるのなら、選びたいですわ。
ピピピ、ピピピ
あ、朝。えっと、何処をどうやったらこの音、とまるのでしたっけ?
ゴトン。ピピピ、ピピピ、ピピピ
「ああ!床に落としてしまいました」
眠気が一気に吹き飛んだ私。何回、彼に教えてもらっても慣れない。拾う為に起き上がろうとすると。
「日曜日だ」
ぐっと、すべすべお肌の広い胸に抱きしめられた私。ドキドキです。ウフフ。
「ピピピ、鳴ってる」
「ん?もう少ししたら勝手に止まる」
「日曜日は、教会に行く日」
元の暮らしを思い出します。
「教会かぁ、3丁目にあったかな」
「あるの?ここにも?」
「あるよ、散歩がてら行ってみる?」
ピピピ、ピピピ。床で鳴り響いていた音が、ピタリと止まりました。
「今から?」
腕の中で彼女が問いかけてくる。
「どうしようか」
腕の中の彼女に聞いてみる。
「どっちでもいい」
くすくす笑いながら答えた、あの日から側にいる彼女。
うん、どっちでもいいよね。そう返すと、再び鳴り出したアラームをそのままにして、俺達は早朝のひとときを、甘く蕩けしっとりと、くすくすと過ごした。
ピピピ、ピピピ、ピピピピ!
携帯アラームが起きろと鳴る。手を伸ばし、さらりとシーツを探っても隣には誰もいない。
朝が来たのだと。夢から覚めろとアラームが、冷静に現実を告げている。