勇者一行異世界大冒険!
抽選で選ばれた十人のファンと超絶美少女アイドルの私が一堂に会するオフ会は、異様な盛り上がりを見せていた。
壊れたラジオのようにやたらと騒ぐ奴や、大人ぶって注意しつつミニスカートから覗く私の足を舌なめずりして見つめる奴。ネットで得たような浅い知識を気取って垂れ流す奴など、個性豊かなファンが集まり、状況を一言で表すならば地獄絵図だった。
なんだか虚しくなってきた。
私、なんで十年もアイドルやってるんだっけ?
そんな素朴な疑問がふと浮かんだ時、パーティー会場の真ん中に突如発生した黒い空間に私たちは吸い込まれた。気がつくと目の前にはローブを羽織ったご老人と、耳がやたらと長くとんがっているきれいなおねーさんが居た。
なんで?
「よくおいでなすった」
老人が両手を上げて顔をほころばせる。周りを見渡すと、私たちは物語に出てくるようなお城にいるようだった。戸惑う私達にかまわず老人は話を始めた。
説明によると、ここは剣と魔法が物を言うファンタジーの世界らしい。どうも私たち十一人は選ばれし勇者とその仲間として、魔王アルダデバガドを倒すために召喚されたとのことだった。老人はこの国の大魔法使いで、きれいなおねーさんは女王なんだとか。
「話はわかったけどさ……私たち、ただの超絶美少女と一般人だよ? 魔王なんてどうやって倒すの?」
「ふふ……よくぞ聞いてくれた。
魔王アルダデバガドを倒すには、世界各地に散らばる百一の封印の書を読み解き、
三十一の金水晶から作られる伝説の勇者の剣アイデグランドの創る必要がある。
金水晶は東西南北三十一ある伝説の山に住む竜族の末裔が受け継いでおり、
各末裔が授ける勇気、知恵、力に関する試練を見事乗り越えれば手に入れることができるのだ!」
「なんて?」
「魔王アルダデバガドを倒すには、世界各地に散らばる百一の封印の書を読み解き、
三十一の金水晶から作られる伝説の勇者の剣アイデグランドの創る必要がある。
金水晶は東西南北三十一ある伝説の山に住む竜族の末裔が受け継いでおり、
各末裔が授ける勇気、知恵、力に関する試練を見事乗り越えれば手に入れることができるのだ!」」
なんて?
半分も理解できなかった。
息を切らしながら二度も説明してくれた老人には恐縮だが、バカバカしいヤッてられるか、と心のなかで叫ぶ。
勇者の剣が必要なのは百歩譲っていいとして、創るの大変すぎ。材料ぐらい集めておいてよ。いままで何してきたの? 竜族の末裔いすぎだし。途中で飽きちゃうよ?
「あなた方にはにはそれぞれ魔法の力が目覚めているはずです。全員揃えばすごい魔法も使えますよ」
きれいなおねーさん――女王様が微笑んだ。
思わず見とれてしまう笑顔であったがしかしそんなことでやる気なんて起きるわけがない。
しかし、ファンたちはどうやらそういうテンションではなかった。
「これが憧れの異世界転生か! いや、転移かな? なんにしても待ち望んでた展開だぜ!」
「ああ、これで人生一発逆転だな」
「やってやるぞー! 俺はやるんだ!」
なんで?
頭痛が痛い。
「なぎさちゃん、一緒に頑張ろうね!」
ファンの一人(確か無職と言っていた)が嬉しそうに話しかけてきた。
そのやる気はハロワで出したほうがいいよ?
なんだか人生が虚しくなってきた。
しかしどうやら元の世界に戻るには魔王を倒すしか無いらしい。となると仲間は多いほうが良い。
さいわいやる気はあるようだし、ここは老人の言うとおりにするしかないようだ。
私は顔面がひきつるのを感じながら、精一杯の笑顔をファンたちに向けた。
「……じゃあ、みんなで一緒に、頑張ろっか?」
「おおぉおおおおぉおー!」
そんなわけで、超絶美少女アイドル甘雪なぎさ=私=勇者と、そのファンたちの一行は世界各地を回ることになった。
それから三年後。
各地に散らばる百一の封印の書を探し出し、東西南北三十一の山にすむ竜族の末裔を見つけ、試練を乗り越えた末に金水晶を手に入れ、伝説の鍛冶屋に頼んで勇者の剣を創ってもらった私たちは魔王軍と四天王を撃破し魔王と対峙していた。
「あんたで最後よ! 観念なさい!」
私は伝説の剣アイデグランドを構えた。魔王は巨躯を揺らして笑う。
なかなかのイケメンで、悪そうな感じも様になっている。
「フハハハハッ! さすがは選ばれし勇者だ。だが長き旅もここで終わりだ!」
体感三分程度だったけどね。
「あんたの部下は全滅してるのに随分偉そうね? そんな調子コイてるから足元すくわれるのよ」
「イケメンには死を!」
ビビって震えていたファンたちも調子づいて叫ぶ。
まあ魔王軍も四天王も殺してはいないけど。
「グっ……! なかなか言うではないか、気に入ったぞ、勇者よ! お前の弱く醜く愚かな仲間を捨て、我が仲間になれ! さすれば世界の半分をくれてやろう!」
魔王の言葉にファンたちがざわつく。私はカチンときて剣の切っ先を魔王に向けた。
「そんな見え透いた嘘にこの超絶美少女アイドルがのるわけ無いでしょ?」
魔王は不思議そうに首をかしげた。
「美少……女……? 誰のことだ?」
こいつ八つ裂きにして殺す!
「ハハッ、まさかお前のことか? 知らないようだから教えてやるが、少女とはふつう七歳から十六歳くらいまでの女子のことを言うのだぞ! お前はどう見ても二じゅ――」
「究極暗黒消滅魔法!」
剣先から放たれた暗黒魔法をしかし魔王はギリギリのところで避けた。
暗黒魔法は魔王城の壁と、その後ろにそびえる山の一部を消し飛ばして空へと消えていく。
ちっ。
「世界を支配するにふさわしい闇魔法だ!」
魔王が歓喜の叫びをあげた。
「しかし、そんな足手まといがいる状況で我は倒せんぞ!」
魔王が剣を振りかざすと、衝撃波が私達を襲った。私はアイデグランドを前に突き出し踏ん張って耐えたが、ファンたちは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「みんなっ!」
「そらっ、雑魚を気にしている場合か!」
隙を見逃さず、魔王が私に飛びかかった。魔王渾身の一撃をなんとか防ぐ。しかし無理な体制で受けたために体に激痛が走った。
続けて繰り出される猛攻に、私は防戦一方になり、じりじりと追い詰められていく。
「くぅっ……!」
魔王というだけあって今までの魔族より桁違いに強い。反撃する間も与えず押し切る気だ。
このままでは――まずい。
だが。
「なぎさちゃん!」
魔王の足にファンの一人がしがみついていた。
「小癪なっ」
振り払おうとするが、その前に次から次へとファンが魔王の足にしがみつく。魔王の端正な顔が歪む。
「貴様ら、我が怖くは無いのかっ!」
「ファン歴十三年を舐めんなよ!」「こっちは現実捨てて来てんだよ!」「ハロワより怖いものなんて無い!」
ファンたちの魂の叫びが魔王城に響く。
嬉しいけど、その勇気は現実世界で出しな?
「ありがとうみんな! 離れて!」
魔王が怯んだ隙に、私はアイデグランド最大開放し、全力の魔力を放出した。まともに受けた魔王は壁に叩きつけられ、血を吐きながら膝をつく。すかさず駆け寄り、アイデグランドを魔王の首筋に当てた。
勝負ありだ。
苦悶の表情を浮かべながら魔王がうなった。
「なぜだ! それだけの力があれば、世界など思うがままだと言うのに……! なぜそんな弱く醜い人間の味方をする……!」
私は微笑んで答えた。
「上から目線で世界を見下すあんたにはわからないでしょうね。
認められず、もがき苦しんでいたときにもらえた声援が、一つのファンレターがどれだけ嬉しいことか。 ここにいていいんだと、生きていていいんだと、そう思える体験が、どれだけ勇気をくれたことか!」
それは、異世界にきてから思い出したこと。
とても単純で、どうして忘れてしまっていたのかもわからないぐらい、大切な原体験。
「弱い者は捕食されるのがこの世の理だ! そんな愚かな――」
「弱い? 醜い? 愚か? それがどうした!
そうやって決めつけて生きるあんたはさぞ上等で立派なんだろうけど、私はそんな生き方のゴメンだね! 『好き』っていう気持ちに全力で応える! 私を支えてくれた人に、私を待つ人に、私を知らない誰かにも、あなたはここにいていいんだって、伝えるために、歌って踊る! それがアイドルって生き様なんだ!」
心の底から――私は叫んだ。
「みんな!」
私の声でファンたちはよろめきながらも立ち上がった。怪我をし、血を流している人もいるが、誰一人としてその瞳の光は失われていない。魔王を十一人で取り囲む。
「やめッ! やめろおおお!」
私たち全員揃うことで使える魔法を放つ。
「究極純化魔法!」
そうして。
私たちの魔法により、魔族は全て浄化され人間を襲うことは無くなった。魔法の世界には平和が訪れ、私たちは元の世界に帰れたのだった。
都合が良いことに魔法の世界の三年は現実の三日だった。神隠しにあったアイドルとファンとして、私たちは一時期ゴシップ誌を騒がしたが、それもすぐに消えた。
魔法の力も綺麗さっぱり消え去り、私たちは異世界転移する前の生活にそれぞれ戻っていった。
それでも、残ったものはある。
「みんなー! 今日はきてくれてありがとーっ!」
「おおぉおおおおぉおー!」
会場を包む熱気。キラキラと輝く汗と、たくさんの瞳。
ファンとの特別な瞬間を求めて、今日も私は歌って踊る。
だってそれが、超絶美少女アイドル甘雪なぎさの選んだ道だから。
『即興小説トレーニング』に<勇者一行世界大冒険!>として投稿した小説を加筆修正した作品になります。