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「間違ってる」

翌日、わたしは母親と一緒に駅に向かった。


構内に入って、母親の後ろからチラチラとあのベンチに目を向ける。



あれ? 誰も座ってない?



「あー、疲れたわ」



母親はさっさと例のベンチに座りに行く。



「ねぇ、これ見て。可愛いわよー」



グザッ、気持ちが切り裂かれた感覚。


母親が手にしてたのはあの人形だった。



「あ、触っちゃだめ!」



「どうして、忘れ物なら届けないとさ」



母親が人形を腕に抱いた瞬間、母親の姿が消えた。


母親が女性の姿に代わって見えてきた。



「ねー、小さくて可愛い。あなたもこんなだったんだよ」


声だけは母親のまま。



「早くそれを離して!」



「わたしの子なのに、どうして?」



えっ? これは彼女の声。


母親の身体に完全に乗り移ったってこと?



「さぁ、あなたも抱いてあげて」



人形を手渡された瞬間、わたしはそれを手で払った。


人形はコロコロと転がっていく。


線路に向かって、このままだと落ちてしまう。



それを追いかけて、必死に手を伸ばしていく女性。


一瞬、その姿が母親に見えた。


もう女性か母親かわからない。


わたしの頭は完全に錯乱していた。



「間もなく貨物列車が通過します。ご注意ください」


ホームにアナウンスが響く。



「それ以上、近づいたらダメ!」



わたしは母親の体を抑えようとする。


だが、身体が傾きすぎて支えきれない。


わたしの手から離れて、人形と一緒に母親がホームに落ちていく。



「あなたはどうするかしら?」


線路に落ちた彼女が、こちらに顔を向けて言い放った。



「あの子は、何もしてくれなかった」



人形は列車の手前に落ちて、その少し先に母親の身体があった。



わたしはすぐに線路に飛び降りた。


運転手は人形を子供と認識したのだろう。


貨物列車は急ブレーキをかけた。


人形は車輪に巻き込まれていく。


そして、母親の目前で電車は何とか止まった。



「お母さん、大丈夫?」


わたしは大声で叫ぶ。



母親はこちらを向いて、


「あの人形のおかげだわー、つか、何であんた人形を放り投げたのよ?」



どうやら、今まで起こったことの記憶はあるようだった。



粉々になった人形。その横に立つ女性の姿がわたしには見えた。



「あなたは違ったのか。娘なんてみんな同じだと思ったのに。


大きくなったら母親なんて邪魔者。グチばかり話してたのに助けるなんてガッカリだわ」



あなたはわたしを試したの?


そして、母親を見捨てる娘の姿を期待してたって?



「あんた、バカじゃないの!」


試されたこと、彼女の発言にキレて言ってしまった。



彼女は粉々になった人形を眺めながら、


「世の中ってみんな他人の不幸を期待してるものよ。ただ、誰もそれを口には出さないだけ。


娘もきっと今ごろわたしがいなくなってホッとしてるはず」



はぁ? 本気で言ってる言葉なの。


なら、あなたは間違ってる。



「ねぇ、娘さん、ほんとにあなたを嫌いだったと思います? 


わたし、あの映像を何度も見たんです。あなたは押された感じしました? 


わたしには手を伸ばして掴もうとしているように見えましたけど」



その言葉で女性の顔つきが変わった。


「映像って? 防犯カメラにあのときのことが映ってたの?」



「はい、昨日のニュースで流れてました。あれは後ろから押したんじゃない。


きっと、さっきみたいに抑えようと助けようとしたんじゃないんですか?」



「わたしを助ける? あの子が?」



「でも、さすがに飛び降りることはできなかった。


つか、わたしも人形が落ちてなかったら飛び降りたか自信ないです」



わたしが話を続けている間に、女性の姿がうっすらと透けていくように見えた。



「わたしね、あのとき頭がクラッとしたの。立ちくらみってやつね。


それですぐに娘を探したけど人が多くて見つからなかった。


ケンカばかりだったし、嫌われてると思ってた。だから、見捨てられても当然なんだって」



と言ったあと、


「あの子、近くにいてくれたんだ。最近は出かけるときもわたしと一緒にいるのが嫌で


別の車両に乗ったりしてたのに不思議なものね」


いや、ぜんぜん不思議でもなんでもないよ。

わたしにはその理由がわかった。



「きっとお母さんの体調が悪いことに気付いてたんじゃないですか。


親娘ケンカなんてどこでもありますって。でも、見捨てたりはしません。


あなたは本当はあの人形を娘さんの小さい頃を思い出しながらいつも大切に抱いていた。


あの人形って、やっぱり娘さんの代わりだったんでしょう?」



女性は小さく頷く。



「娘さんもきっとあのとき、あなたを抱きあげて助けたかったんだと思います」



「ふふ、あの子にわたしを抱き上げられたかしら。


でも、一回くらい逆の立場を味わってみたかったかも、、、」




景色に透き通って見える彼女は微笑んでいた。母親としての優しい笑み。

その顔に光が反射して、キラキラと眩しかった。



「これからはしっかりと娘さんを見守ってあげてくださいね」



「あなたも、お母さんを守ってあげてね、さっきみたいにずーーーっとよ」



そう言い残して女性の姿は目の前から消えた。



「ねえ、あんた何ごちゃごちゃ言ってるの? ちょっと足痛いんだから、肩を貸してくれない?」



母親がわたしに言う。



「ごめんごめん。いや、肩じゃなくてわたしが抱っこしてあげるよ、あの人形みたいに」



「ちょっ、恥ずかしいからやめてって」



母親の照れた顔、初めて見たかも。



「病人は動いたらダメー、はい、お母さん人形の完成だねー」


わたしは笑いながら話す。



「重いとか言ったらご飯抜きだぞー!」


と言ってわたしの身体をギュッと抱きしめる。



(お母さんって、こんなに軽かったんだ)



わたしは母親は強い存在だとずっと思ってた。


でも実際に触れてみるとぜんぜん違った。


抱き上げた母親の体はか細く弱々しかった。



わたしは弱い。まだ未成年だし周りの目ばっかり気にして、何もできない人間。


でも、母親もあの女性もそんなに強いわけじゃない。


ただ、子供のために強く見せているだけ。


あるいは、子供がいるから強くなれるのかな?


きっとそれはわたしが母親になったらわかることだね。


だから、それまで、、、


わたしも、もっと頑張らないと、強くならないとダメ。

これからもずっとお母さんを守っていく。



「お母さん、ありがとう」



ふたりの母親に向かってそう呟いた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感謝です。

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