「見つかる」
家に帰ると予想通り、母親に帰りが遅いと怒られ、何をしてたの、と聞かれた。
もちろんほんとのことなんて話せない。
「英語の補習が長引いただけ」
と軽く流して、すぐにご飯を食べ始める。
「お父さん、今日は遅いの?」
「今日も、ね。いつもどーり」
お父さんの話をすると最近、母親は機嫌が悪くなる。
何かがあった。それはわかっている。
でも、これ以上続けても怒られるだけだから話はやめた。
「あー、お腹空いた、いただきますっ」
お互いに無言での食事中、食べていたわたしの手の動きがふと、止まった。
ほんとに驚いたときって声がでない、それって事実。
わたしは心の中で頷く。
「おーい、どうかした?」
声の代わりに身体で、それに答える。
わたしはテレビ画面を指さした。
そこには駅のホームで話した女性の顔写真が映っていた。
「だれ? あんた、知ってる人?」
母親が訊ねるが、無視。
わたしはテレビから流れる音声に集中していた。
「二日前に起きた○×駅構内での女性転落事故の続報です。
防犯カメラを調べた所、女性の近くに彼女の娘が立っており、
事故の直前、母親の方に近寄る姿が映っていました。
こちらがその映像です。現在、警察がその娘から詳しい状況を伺いながら
事件、事故の両面から調べています」
わたしはその映像を凝視していた。
「わー、あれ自殺じゃなかったの? 娘が後ろから押すとかってマジないって。
でも、あんたならやりそーよね」
母親は笑いながら言った。
わたしには笑えもしない冗談。むしろ腹立たしかった。
ただ、わたしの顔は怒りより引きつったまま。
彼女と交わした言葉を改めて思い出したから。
「でも、ここで電車に跳ねられて死んじゃったの」
わたしは大きな勘違いをしていた。
あの言葉は彼女自身のことだった。
(あの女性は死んでいた。みんな無視してたんじゃなく、わたしにだけ見えていた。
でも、なぜわたし? わたしにはそう言った力はないはずだよ)
母親はさっきのニュースの事などすぐに忘れた様子で、
「あ、そうそう明日、おばあちゃんのお見舞いの日だから、あんたも一緒に行くんだぞー」
半ば強制的な声色で話した。
(明日、また駅に行く。彼女はいるだろうか。わたしを待っているなら何のために?)
きっといくら考えても答えは出ない。
今のわたしはあなたに会いに行くしかない。
そして、わたしだけに見える理由を教えてほしい。
「うん、わかった」
それだけ言ってわたしはその場を離れた。
部屋に戻って、さっき流れていたニュースの映像を改めて見た。
彼女が線路に落ちていく姿。
ホームに立っている娘さんの姿。
わたしは何度も見直した。何度見ても心が痛む映像だった。