冬の雨
「冬の雨ってつらいよね」
そうだな、と俺は呟く。窓から雨雲を眺める彼女の顔は、言葉に反して笑顔だった。
ここ最近2人で放課後いる事が増えた。まあ同じクラスだし、仲は悪くないし……最初はもっと人がいたんだが部活やら塾やらで気づけば2人きりだ。まあ俺はしょっちゅう宿題やってこないせいで残らされているってだけだが、彼女は何をするでも無く俺が終わるまで待っていてくれる。……別に彼女といたいからわざと宿題をやってこない訳ではない。
「雨降ってきちゃったよ」
ポツポツとだが降ってきた。今日の天気予報は午後から雨だったらしい。そういえば今朝出かける時に母さんがそんな事言ってたような気がする。やっぱり天気予報は見なくちゃねーとこちらを見て笑った。傘持ってきてないなーと考える。宿題終わる頃には止んでるといいが。
「そういえば去年の今頃もこんなことあったね」
そりゃあ覚えてるよな、そう思い1年前の冬の出来事を思い返す……
去年の冬、俺は今と同じく放課後教室で宿題をやっていた。提出日を過ぎれば内心に響くんだからちゃんとやれと、至極真っ当なお言葉をいただいたためだ。言われない場合は出さない、だからもちろん成績もよろしくない。
そろそろ終わりそうだなと思っていると、いきなり教室のドアが開く。そこにはしかめっ面の彼女がいた。キッとこちらを睨んだと思えば、ズンズンと近づいてくる。何となくしかめっ面の理由はわかったが、何故近づいてくるかは分からない。もう少しで宿題も終わるから何か言われてもテキトーに聞き流して帰ろう、そう誓う。
ドサッと彼女は俺の前の席へ座った。しかめっ面のまま窓を見る。
「冬の雨ってつらいよね」
久しぶりに見た天気予報は昼から雨だと言っていた。今朝空を見た時は快晴だった為ほんとかなー?と思いながらも一応傘を持って行った自分にほくそ笑む。
ああ。とだけ答えると、鼻を啜る音が聞こえた。見上げると、彼女は泣いていた。
何も言わずただ宿題をする。ただ単に掛ける言葉が見つからないだけだが、シャープペンが奏でる音と小さな泣き声は雨音に掻き消えた。
「何で泣いたかは聞かないのね」
「ああ、聞かない」
「振られたのよ」
「だろうな」
「やっぱりさっき見られてたんだ」
職員室で担任にありがたいお言葉をいただき教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、歴史の顧問を見つけた。酷く真剣な顔をした彼女を連れて。
「あの子、歴史の顧問好きらしいぜ」
かなり有名な話だった。まあ歴史の顧問は優しいうえに顔も良い。女子生徒からアイドルみたいにキャーキャー言われてたのは知っていた。そんな中、本気になる生徒もいたという。代表的なのが彼女だった。
まあ、何が起ころうが気にしない……といえば嘘になるが、それよりも目の前の宿題を終わらせなければ。その時俺は使命に燃えていた。
それで今、しかめっ面で入ってきたと思ったら泣いてるワケだ。さすがにそこまで察せない人間ではない。
「私の噂、結構有名だったからね。まあ事実だった訳だけど」
「そうだな」
「そっか」
宿題が仕上がる。後は提出して終わりだが彼女を見てみる。いまだにぼーっと外を見ている。何となく俺も外を見てみる。雨は止む気配はない。
「俺宿題提出しに行くけどついてくるか?」
「んー、じゃあついていこうかな」
自分で言い出したことだがついてくるとは思わなかった。だって職員室にはアイツいるし。2人並んで職員室へ歩いて行った。
コンコンとドアをノックして職員室に入る。担任に宿題を提出すると。次からは居残りしないようにと注意された。生返事をしながら歴史の顧問を探す。いた。どうやら上の空のようだ。何だかんだ真面目な先生で良かった。知ってる人間がニュースに出るのは嫌だからな。
「提出も終わったし帰るか」
「そうだね」
無言で歩く。正直ちょっと気まずいが、まあそんなもんだろうと無理やり納得する。
玄関について空を見る。相変わらず雨はやまない。俺は傘を差す。ふと彼女を見ると、突っ立ったまま傘を出そうとしなかった。
「傘は?」
「忘れた」
「じゃ入れば?」
「うん」
無言で歩く。えーっと男が道路側で雨が女性にかからないように傾けるんだっけか、この前休み時間に男たちで議論した男のモテ術を思いだしながら傘を傾ける。そんなときトラックが走ってきた
トラックが横切る。水溜まりを踏む。今しがたやってたモテ術が無意味なほど全身濡れた。彼女を見ると同じく濡れている。
「ふ……ははははっ!」
急に彼女が笑いだす。俺は寒さと笑い出した彼女を見て身震いがした。
「あんたこの前男どもで話してたモテ術実践したでしょ」
笑いながら彼女は言う。全部バレてた。すっごく恥ずかしい
「さすがにあんだけ大声で喋ってたら教室中に聞こえてたよ。女子みんなでわらってたもん」
ああ、みんな……あの時語り合った内容は実行しない方がいい……そう思いながら空を見ると、雨がやんでいた。
「雨やんだね」
「そうだな」
「じゃあここまででいいよ。送ってくれてありがとう」
彼女を心配そうに見つめた。
「またね!」
「ああ、またな」
「今モテ術行使したことは秘密にしてあげるから!」
大声でそう告げながら彼女は立ち去った。絶対言うなよ……
「結局あの時のことは喋ってないよ」
「それは良かった」
1年たっても秘密にしてくれている彼女に安堵する。もしバラされていれば俺のアダ名がどうなったかはわからない。
宿題が仕上がる。外はあいかわらず雨が降っている。
「雨やまないけど傘持ってきてる?」
問いかける彼女に答える
「持ってきてない」
「じゃあ今日は私の傘に入れてあげる」