勇者召喚しようとしたら自分の拳で何とかしろと言われた姫
この世界は滅びに瀕している。
古の神話にうたわれし魔神が蘇り、魔族は地に溢れ、人間たちを蹂躙する。山も、川も、森も、人はその生存権を魔物に奪われていった。
人類の最後の砦、最後の国家たるディグニス王国。そこの姫たるアンゼリカは自らの身をもって勇者を召喚する伝説の勇者召喚の儀を行っていた。
否、行わざるを得なかったのだ。
それほどまでに人類は追い詰められていた。そう、それが異世界から人を奪うという人倫に悖る行いだったとしても。
魔法陣が光り輝き、天から光が注ぎ込んできた。そして轟音が響き、アンゼリカは意識を失った。
目覚めた時、アンゼリカはどこか真っ白な箱の中に居るように感じた。他に何も無い、ただ真白な四角い部屋。
「目覚めたようじゃな」
掛けられた声は神々しく慈愛に充ち、そして、どこか困惑した響きを伴っていた。
「あ、あの、あなたは……」
「私は君たちの言うところの神じゃよ」
アンゼリカはその言葉に思わず平伏した。嘘とも思えぬ神々しさだったから。
姿は見えないが確かにそこに「在る」のだ。
「ああ、とりあえず頭を挙げてくれんか。話をせねばならん」
「わかりました」
アンゼリカは行儀良く座った。
「お主の世界が危機に陥って滅亡寸前になっている事は知っておる」
「では!」
「だが、勇者召喚は認められん。そもそも異界の者を呼び出したとてお主の世界の滅びが早まるだけじゃ。勇者の強さは強力すぎるんじゃよ。転生希望者は居るから転生させる事は出来るが大きな力は与えることは出来ん」
「そんな、それでは私たちの世界は……」
神の言葉にアンゼリカの瞳が絶望に染まった。
「まてまて、別に世界を諦めろという訳では無い。お主らの世界じゃ。お主ら自身の手でなんとかすれば良い」
「え?」
そう言うと神はアンゼリカに二つの鉄の塊を渡しました。よく見ると指の形に穴が空いています。
「神様、これは?」
「これは神の拳を具現化して人間に使える様にした物じゃ」
「神の……拳?」
「そうじゃ、お主がやるんじゃよ、アンゼリカ。この世を救うために正義を信じて握りしめるのじゃ!」
「へー、私が……ってちょっと待ってくださいよ神様! 私、戦闘とかした事ないんですから!」
「大丈夫じゃ。全てはその武器、カイザーナックルが教えてくれるわ」
「無茶、無茶ですよ、こんなの! どうしろって言うんですか!」
「おお、そろそろ目覚めの時間じゃ」
「誤魔化すなぁぁぁぁぁぁぁ!」
「それではこの世界のために頑張るのじゃぞ、のじゃぞ、のじゃぞ……」
「ご丁寧にエコーまでかけていったよ!」
アンゼリカが再び目覚めた時、魔法陣はその力を失い、ボロボロになっていた。そして、その拳には……カイザーナックルが。
「やだけど……やるしかないよ……」
絶望をその身に感じながら外に向かって歩き出した。ふと感じた。身体が軽い! なんかジャンプだけで王城を越えるくらい跳べる。そして足も早くなってる。馬とか鳥とかどころじゃない。この力は一体……
頭の中に反応があった。国境近くの森だ。アンゼリカはいてもたってもいられず飛び出した。
国境近くの森では魔神配下の兵が歩みを進めていた。漆黒の板金鎧に身を包んだそれはまさに悪魔の兵団と呼ばれるにふさわしい威容を備えていた。
そこに、流星が飛び込んだ。派手な音がして何体もの魔物が吹き飛んで消滅した。
「勢い余って激突しちゃった」
てへへとアンゼリカは舌を出す。周りを見る。悪魔がいっぱい。気絶しかけた。だが、踏みとどまる。
「あなたたち、私たちの、人間の領域で何をするつもり?」
「ここはもうじき俺たち魔族の領域になるんだよ」
「……分かったわ。そういう事なら」
アンゼリカはカイザーナックルを構えた。
「寸土たりとも貴殿らにくれてやるものは無し。黄泉路への案内、このアンゼリカが仕る!」
「はあ、何言ってんだこの人間ふぜ……」
それ以上の言葉は紡げなかった。静かにアンゼリカが手刀を回すと囲んでいた魔族どもの首がポトリと落ちた。
「なっ!」
魔族達は色めきたった。そして戦闘が始まった。いや、戦闘というより傍から見たら約束組手の様なものに見えたかもしれない。
受ける。
いなす。
かわす。
抑える。
そしてそこに拳をただひたすらに叩き込む。疲れなど無いように。
そして、辺りから動くものの気配が消え失せた時、そこには万を超える死体が転がっていた。
「喰らえ、カイザーナックル」
アンゼリカはまるで何かに突き動かされたかのようにその言葉を紡いだ。刹那、魔物の死体は魔力の塊となり、カイザーナックルへと吸い込まれていった。
「終わった……の?」
アンゼリカが正気に戻った時、全ては終わっていた。侵攻していた魔族軍は一時撤退して行った。久々の人間の勝利だった。
アンゼリカの身体は心地よい疲労で包まれていたこのまま眠れそう……そうアンゼリカは目を閉じた。
「どうじゃったかな?」
夢の中で再びあの声が語り掛けてくる。
「何が何だか分かりませんがなんとかなる気がします」
「なんとも頼りない回答じゃがまあええじゃろ。この世界を救うために頑張るのじゃよ。時々助けてやるでの」
「ありがとうございます!」
今、この世界に一人の勇者が誕生した。異世界召喚でも生まれついての勇者でもない、泥臭くただ両の拳を握り締めることしか出来ない彼女を皆はこう呼んだ。
神拳姫、と。