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短編、明るめ

体温99.9℃

作者: すもも

苦しさで目が覚めた、体全身が熱く節々が痛い。俺は1人ベッドのなかで小さくなり自分の体を抱きしめる。


痛い、熱い、熱い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


何が起こったのか分からない、混乱する頭で熱い息を吐きながら時計を見ると深夜3時を指していた。春なのに季節外れのインフルエンザにでも罹ったのか?心臓が早鐘を打ち、刺すような痛みから逃れるべくベッドの上で転げ回ると息がさらに荒くなる。


死ぬのか?ここで俺は死んでしまうのか?読みかけの漫画があるのに、恋人もいたこと無いのに。たった17歳で?嫌だ死にたくない、こんなに苦しんで死にたくない、さらに転がるとベッドから落ちて頭を打った。でも体の方が痛くて頭を打っても痛いと感じない。


痛みはいつの間にか治まり、俺は気を失うように眠ってしまっていたらしい。朝の光がカーテン越しに差し込んで、目の前のアヒルのぬいぐるみの瞳に注がれて無機質なプラスチックの瞳が生きているかのように輝いている。小さな頃に買ってもらったのが机の上に置きっぱなしになっていた、それが昨日の衝撃で落ちたらしい。人を馬鹿にしたようなその顔に苛立ちを覚えつつ体を起こす。


あんなにのたうち回っていたのに痛みはすっかり消えていた。胸の奥でなにか熱いものを感じたがそれだけだ。


「何だったんだ?」


首を傾げながら自身の体をぺたぺた触ったが別段変わったこともない。念のために体温計で測っておこうとスリッパも履かずに素足で部屋を出て階段を下ると音が聞こえてきた、日曜日朝から元気なコメンテーターの声、ポット、それに混じって父親が下手くそな鼻歌を歌いながら目玉焼きを焼いていた。母親の姿はない。まだ夢の中なのだろう。


「おはよ」

「おはよう。日曜なのに早いな!」


朝からテンションの高い声。


「体温計何処にあったっけ?」

「体温計?風邪か?」

「分からん」


言いながらもカウンターキッチン前にあるタンスの引き出しを漁る、置き薬、ポケットテッシュ、包帯、乾燥ワカメ、ガーゼ、白玉粉、これも違う、あれも違うと床に広げながらようやく見つけた。俺は体温計を腋に挟んでから、散らかしたタンスの中身を適当に戻した。だるさは無いし具合も悪くない。でも何だか体が熱い。


「風邪ならお粥作るぞ」

「父さんの作る和食不味いから嫌」

「父さんだってお粥くらい作れるぞ。米を茹でればいいんだろう。お前の好きなコンポタ味のうまいい棒も入れてやる」

「そのせいだよ」


下らない話をしていると電子音が鳴った。腋から体温計を外して数字を見る。


「壊れてんじゃん」


体温計の示した数値、99.9℃。父親が体温計を覗き込んで笑う。


「そんなに熱があるならお粥だな」

「壊れてるんだって」

「じゃあ父温度計に任せなさい」

「何だそれ」


疑問符を浮かべると父親の手が額に伸びる。小さい子じゃ無いんだからと苦笑しつつも額にひんやりとした父の手の平が当たって、熱したフライパンに卵を入れたのと同じ音がした。


「ひゅあああああ!」


なんだその叫び声!父親は飛び上がって走り出し水道の水に手を当てた。手の平が真っ赤に焼けている。


「何してんの?」

「体温計が間違っているんじゃない!間違っているのはお前だ!」


微妙に厨二病ぽい台詞で言われた。俺はどういうことなのかわからず、父親が場所をずれたので水に手を差し入れると、しゅうううと漫画のような擬音をあげながら水が蒸発した。


「ふぁ!?」

「母さん!!うちの子が地球外生命体になっちゃった!!」

「なんだそれ!?」


俺は地球人の父健三と地球人の母美代子の子だ。何処から宇宙要素持ってきた!?階段からスリッパの音がして視線を上げると、母親が毛布を身にまとってゆっくりともったいぶった様子で階段を下りて来た。階段を降り切ると、両手をばっと広げて毛布を床に落とす。


「ついに目覚めたか」


フレミング左手の法則の形を作り顔の正面に当てる。ちなみに今目覚めたのは母親のほうだと思う、俺はもう少し前から目が覚めていた。


「最高の目覚めだ」

「母さん?どうしちゃったの?そんなキャラだっけ?」


うちの母さんは面倒臭がり屋で休日は昼まで寝て、父さんの作ってくれた目玉焼きを食べ、テレビを見てひたすらごろごろしている普通の主婦で、こんな愉快な母親ではない。ごっこ遊びに目覚めたのだろうか。


「これを見なさい」


母親はフレミングを解いて左の手の平を宙にむける。するとなんということでしょう、どこからともなくミラーボールが現れたじゃありませんか。


「手品?始めたの?」

「違う!これは私があなたと同じ17歳の時に目覚めた能力!ミラーボール!!」


そのまま言ってるだけだ。父さんは口を押えて驚いているけれど、どこに驚けばいいのか分からない。


「わたしはいくつものミラーボールを手の平から作り出すことができる」


母親が手の平を閉じては開いてを繰り返すとミラーボールが現れ、床に転がっていく。


「つっかえねー!」


それが目覚めた能力だとしても使えなすぎる!


「何を言う!停電の時にとても役に立つじゃないか!」


嫌だよ!なんで停電の時にミラーボールに頼るの。普通にいつも手元にある万能のスマ―トフォンの明かりでいいよ。


「息子よ、あなたの目覚めた能力はなんだ」

「え?よく分からないけど、俺に触った父さんが火傷を負ったり、水が蒸発したり。熱が99度もあるみたい」

「最高の目覚めだ!」

「どこが!?不便でしかない!!」


恋人が出来ても手も繋げないじゃないか!


「何を言う!停電の時ににとても役立つじゃないか!手の平で目玉焼きが焼ける!」


嫌だよ!なんで停電の時に生卵を手の平に落とさなきゃならないの?たしかにうちはオール電化だけど、カセットコンロが常備してあるじゃないか。カセットコンロでいいよ!


「大丈夫。一週間もたてば収まるわ。今日はお祝いね、お赤飯焚かなきゃ」

「任せろ。父さんがとっておきの赤飯を作ってやる」


もうどこからツッコめばいいのか分からない、俺はいつの間にか異次元に来てしまったのか?そもそも能力の目覚めってなんだよ。ここは現代社会で魔法学校からお手紙が来ることもない。俺はなんだか疲れ切って椅子に座った。


父さんが3人揃ったしごはんにしようと目玉焼きとトーストを出してくれた。俺はひとつため息を吐いてトーストを手に持った、瞬間。こんがりきつね色だったトーストが真っ黒な灰と化した。黙ってそれを見るふたり。俺も黙って、目玉焼きにターゲットを変えた。けれど持ったフォークが溶解して消えた。


「まさしく最高の目覚めだよ!!!」


俺はそう吐き捨てた。

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