9話 出奔
「パパ、どうしてこんな事になっちゃったのかなぁ。キャロたちなんか悪いことしたのかなぁ。パパはずっと街の人が健康で暮らせるようにって薬を作り続けてたよね?」
呆然と立ち尽くすボクの横でキャロが呟く。
この街に来るまでのボクといえば根無し草で、ふらふらと旅をしては珍しい薬の材料を探したり、新しい薬を作ったりしていた。
でもあの日、キャロを託されてからはこのままじゃいけないと思って、この街に来て居を構えた。
それから9年だ。
街にも溶け込んで、周りの人達と仲良くなって……その結末がこれか。
目の前の家を覆う分厚い鉄の板はまるでボクとキャロを拒絶しているかのようだった。
「街……出ようか」
ボクはキャロにそう呟いた。
するとボクの手に温かい感触があった。
「パパ、街は出よう。でもさ、また戻ってこよ? パパの無実を証明してからさ」
キャロはボクの手を握ってそう言った。
「そう……か。そうだね、ボク達は何も悪い事をしていないんだからいつか分かってもらえるか!」
「うん、そしたらまたこの街で一緒に、ね」
ボクとキャロはこうして俯いたままこの街を出た。
次にこの街に帰ってくる時は胸を張って帰ってくるんだ、そう誓いながら。
「びっくりしちゃうくらい簡単に街を出られたね!」
キャロがわざとらしく明るくそんな事を言ってくる。
娘に気を使わせてボクがくよくよしている訳にもいかないな。
気持ちを切り替えよう、と自分の頬をひとつ叩く。
……よしっもう大丈夫だ。
「この街は冒険者も多いから深夜に街を出る人もそれなりにいるからね。それに入る人のチェックは厳しいけど出る人のチェックは案外甘いんだよ。あと、ボクらは牢に閉じ込められていると考えているだろうから街中に手配が回っていないかもっていうのもあるか」
違法薬物に関してはでっち上げだけど、拘禁されていた牢を破ったのは事実だから、今後はその大義名分を得ておおっぴらに手配をしてくるかもしれない。
だから早い所、この街から離れるんだ。
「とりあえず隣街のフォルトさんの所に行ってみようと思うんだけどどうかな?」
「ウチに何回か遊びに来てくれたあのおヒゲがモジャモジャの薬師さん?」
「うん、あの人だったらきっと力になってくれるだろうからね」
そういってボクらは隣街に向けて歩き始めた。
馬車でいけば三時間くらいの距離にある隣の街だけど、さすがにこの時間に馬車はない。
それに今の状況で馬車に乗れるかも分からないから……やっぱり歩くしかないか。
「キャロ、これを飲んでおいて」
そういってボクは取り返した荷物の中から薬と水を取り出す。
キャロは受け取るとすぐにゴクリと飲んだ。
「パパ、これ何だったの?」
そういう事は先に聞くべきだろう。
まぁボクが変なものを飲ませる訳がないと信頼してくれているからこそか。
「これは元気が出てくる薬だよ。眠気も吹っ飛んじゃうやつだね」
「あ、本当だ。頭がスッキリしてきた。それに……星が綺麗だなぁ」
ボクの薬は即効が売りだからすぐに効果が現れたんだろう。
ちなみに毒性も依存性ないから違法薬物と一緒にしないでもらいたいな。
一息で飲み込んだキャロに続いてボクも飲み込むと……よし、力が湧いてきた。
「キャロ、薬を飲ませるほどの無理をさせてごめん。でも今だけは……」
「パパ、最近謝りすぎだよ。キャロとパパは家族なんだから一緒に頑張ろ?」
確かにここ数日色々ありすぎて弱気になっていたか。
そうだね、と返してボクらは歩き始めた。
しばらく街道を歩いていると後ろの方から足音が聞こえてくる。
まだ遠かったけど、念の為にボクらは街道を離れて身を屈める。
街道から離れた茂みに隠れてじっとしていると、後ろから馬に乗った兵士たちが数名駆けてきた。
これは誰かを探しているな……というかボクらか。
門衛にボクらの向かった先を聞いたのか迷わずに隣街へ向かっているようだ。
「まずいな……キャロ、これを身体中に振りかけてくれ」
ボクは牢屋の中で作った消臭剤をキャロに渡すと、自分にもそれを振りかけた。
追手が出ているという事は鼻が利く犬系の獣人が駆り出されているかもしれないからだ。
こんなところで消臭剤が役に立つとは……作っておくもんだ。
キャロもちゃんと振りかけているのを確認したボクは、無言でキャロに下がれと合図を出す。
このまま街道を行ってはすぐに見つかってしまい、また牢屋にトンボ返りだろう。
それならここは一旦森の中に入って追手を撒いた方がいい、そう考えたのだ。
こうしてボクとキャロは真夜中の暗い森に足を踏み入れた。
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