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第六話 「告白」

NOW HERE 〜傍観者〜

第六話「告白」


小早川が独り、自分も独り、そんな日常が続いた。小早川は独りに慣れていないのだろうか、授業と授業の合間必死になって寝たり、はたまたチャイムが鳴ると保健室に行くとか言いだしたりしていた。顔色も青く、俯いたまま一日を過ごすようになっていた。小早川は夢宮が学校に来ていない理由を知らない。休んでいるのはただの風邪、自分が二人のことをクラスメートに伝えたと信じ込んでいた。夢宮の風邪が治ったら騒がしくなって可哀想だなと心配していると思われる。しかし、それにしても夢宮が学校を来ない日が続くので、きっと小早川も勘付いたのかもしれない。クラスメートの誰かが夢宮にそう告げ、それを苦痛に感じ取った夢宮が登校拒否しているのだと。短い間ではあったが、今までこれほど夢宮が休んだ日は無かったはずだ。きっとその真実を仮説にしたに違いない。そうなると、小早川はさらに自分を憎む。アイツが人に言っていなければ、と。小早川が騒いでいたのをクラスメートに聞かれただけという単純な理由なのに。自業自得だと彼に言いたい。しかし、自分から言うのは面倒くさい。別に彼が何をどう思おうとどうでもよかった。ただ、自分は自分の毎日を生きているだけだから。


しばらくすると夢宮が学校に来るようになった。信じていたはずの小早川のせいで自分が不幸になっている、そう彼女は思っているはずだ。だから夢宮はきっと小早川に話したくないだろう。いや、クラスメートの誰とも話したくないのだろう。騒がしいのをこの上なく嫌っているのだから。話しかけるとしたら自分だろう。しかし現在のクラスの様子を知らない夢宮にとって、自分に話しかけるのも騒がしくなるキッカケになると疑っているのかもしれない。


少し前の話になるが、何故夢宮が小早川を一方的に疑ったのかが分からないでいる。というのは、最初は小早川がクラスメートに言ったと考えるのは当然の成り行きなのだが、自分は夢宮に「小早川が『水谷がクラスメートに言ったんだろ』って言ってきた」と言ったはずだ。その時に落ち着いてさえいれば、小早川が他のクラスメートに言ってはいないということが分かるはずであろう。ここで小早川が嘘を吐くとは考えられないしメリットもない。


小早川は夢宮が学校に来たらどうするつもりなのだろうか、と自分は夢宮の顔を久しぶりに見てそう思った。そして夢宮もどうするのだろうか、と。きっと小早川が言えば二人の間柄は回復するかもしれないと思った。いくら五月蠅いコトを嫌う夢宮でも、小早川が自分の意思で人に伝えたわけではないと知れば許してくれるはずだろう。いや、そうならないかもしれない。今の夢宮は、机を蹴とばして自分を一方的に疑った、夢宮が知らなかった小早川の性格を知ってしまっているからだ。


自分が考えた結果、夢宮は何の行動もとらない。騒がしくなるからだ。そしてきっと小早川を軽蔑しているからだ。そして小早川も動くことはない。夢宮が自宅から一歩も動いていない間、小早川はクラス中から矛を向けられていたからだ。小早川がいけば必ず夢宮の周りが騒がしくなるだろうし、それをクラスメートが防ごうとするのが目に見えていたからだ。小早川が帰りの時間を狙って夢宮に話しかけるかどうかは彼次第だ。


教室に入るなりクラスメートから話しかけられる夢宮。今にも泣きそうな顔で人を振り払おうとしたが、声を聞いて安心したのだろうか。夢宮に集る人たちが発したのは心配の声。大丈夫だったか、とか。本心から告げているのが分かるようだった。この光景はつい興味を抱き、見入ることにした。やはり、現実は小説より物語染みている。面白いシーンであった。一日が経ったときには既に夢宮は普通に受け答えをするまでに立ち直れていた。問題は自分が騒がしいことに巻き込まれること。クラスメートも小早川と夢宮とついでに僕とのいざこざの内容は全部把握しているらしく、言及しなかったのが吉と出たようだ。夢宮は彼らを五月蠅いと思わなかったらしい。彼らは「辛かったね」とかの一言を言うと、見返りの言葉を求めることもなくそれ以上話すのを辞めた。


もともと夢宮とは話さないというのもあって、一日二日経てば夢宮は誰とも話さない日常に戻っていたのだが。彼女もまた、孤独になれている性分だったらしい。小早川と話す以前と同様机の上で次の授業に向けていそいそ準備をし、黙ってその場を動こうとしなかった。じっとしていることに変わりはしないが、携帯電話を机の上に出すことはほとんど無いように感じた。少し焦点を変えてみる。小早川は、一応はまだ付き合っている彼女に話しかける素振りを見せなかった。クラスに蔓延した、話してはいけない空気が彼の行動を制限させたようだった。夢宮が時たま見せる新しい携帯電話もトドメとなったのだろうか。下校時に話しかけようともしなかった。


そういうクラスを背景に、自分の安定した日々は刻々と過ぎていく。本を買い、読み、売る。もしくは借りて返す。そして毎日欠かさず日記を更新する。その他は何の特異もない生き方だった。日記は学校で起きたことや読んだ本の内容やらを客観的に述べているだけの日記。大きなコミュニティサイトを使っているせいもあり、無名の日記のくせにアクセス数は意外と多い。コメントはたまに1,2くるくらいなのだが。別に人に見せるために日記を書いているわけではない。ただ、なんとなく習慣化されてしまったから書いているだけなのだ。


あの日から何冊読んだか分からない。その日にち分だけ日記を書いた。どれくらい勉強したかも覚えていない。ただ生きているだけと他人は思うだろうが、娯楽に身を投じる自分は死と全くかけ離れていたし、至福に感じていたのは決して嘘ではなかった。これが自分のライフスタイルだと思い出していたそんな時、形成されていたはずの平静が壊れるのを感じた。


「水谷・・・話がある。今日、放課後に教室残ってくれないか?」

「うん」


即答。断る理由もないからだ。自分の生活に新たな展開は求めていないが、受動的にそれが訪れたなら受動的に付き合うべきだと考えているから。小早川が久しぶりに自分に話しかけてきた。またもや読書で時間をつぶし、すぐに帰りのホームルームが始まってすぐに終わる。自分は彼が言われたとおり教室内で待っていた。掃除が終わり、机の上に置いてあった椅子を戻すと、腰を下ろして読書を開始した。人は、みな部活だ。帰宅部所属の夢宮も帰る。本を15ページほど読んだところで教室は物音しない空っぽな間になった。そして自分は顔を見上げる。斜め右の位置に小早川が立っていた。少し顔は違う方角を向き、ポケットに手を入れて、曖昧としか表現できないような顔をした。面倒くさいことにならないといいが。早めに話が終わることを期待しよう。


「話ってなんだ」

「ごめん。俺、“ひとり”じゃやってけねぇ」


弱弱しい声でそう言った。不覚にも顔をしかめてしまった。何を言っているのだろう、彼は。別に自分と小早川はいつでも“一人と一人”だったじゃないか。自分は何の返答もしなかった。そして彼は今、一人でいるだけ。そんなに辛いのだったら最初から自分に話しかけていればいい。二人になれる。今まで話しかけてきて、自分は適当な受け答えをしてきたではないか。何が現在の彼を苦しめると言うのだ。沈黙を保ち続けていた・・・が、彼の一言につい声が出てしまった。驚きの反応。「え」というたった一つの文字。



「俺を信じてくれよ、前みたいにさ。友達だろう?」

「え?」


目と耳と彼、何もかもを疑った。決して彼が歯の浮くようなセリフを吐いたことなんかが原因なわけではない。自分の頭は混乱することになる。自分は今まで小早川を信じてきたことは一度もない。友達と思ったこともない。ただ、適当に返事をしているだけ。できれば面白おかしく、普通に答えているだけ。


「『え』ってなんだよ・・・何だよ、その反応・・・! お前まで俺を軽蔑しするというのか?」

「いや、悪いが自分はお前のことを今も前も関係なしに信じていない。友達だとも思っていなかった」


率直に頭に浮かんだワードを並べてみた。この発言に何か問題はあるだろうか? ただ、小早川から話し掛けてきただけ。話し掛けて来たから受動的に返事をしただけ。心を彼に委ねたことは一度もない。あくまでも自分は一人でいるつもりだった。友情を求めてもいない。これが当たり前だと慣れてきてしまったからだろうか、彼の気持ちを察してあげることなくそう言い放った。


「・・・え?」


間は空いていたが、ふいに出てきた疑問形。自分の第一声とさほど変わらないだろう。その時の自分は、彼の反応の意が判らなかった。しばらくの間ができる。二人きり、見つめあるのは気味が悪い。時計を見ていた。確かに一秒一秒が経過しているのが分かる。秒針が一周した。数えていたとはいえ、一週がこんなにも長かったものなのかと疑う。それは普段時計の秒針を見ていないからだろうが。


「・・・そうか。お前は、そういうやつだったのか」

「自分は自分だ」


何を隠そう自分は自分。表も裏もない。今の自分は正直に生きている・・・つもりだ。小早川は何かを悟ったかのように自分の顔に目を向けるのをやめた。微動だにしなかったその身体を、ゆさゆさ動かし始めた。首を回す。瞬きが普段の二倍くらい増えている。口をパクパクさせる。足をぶらぶら振る。あくびをするポーズまでとった。一歩二歩と下がっていく。バックを持って後ろを振り向き、教室のドアにまで歩いて行った。そして最後に足を止めることなくこう言った。


「何故? 何故お前はそんな人間なんだ? お前は、裏切り者だ・・・ッ」


その直後すぐに声がでなかった。何故、と言われた。何故だろう? 自問してみる。しばらく答えが出なかったのは、何故自分がこんな考え方を持つようになったのかを忘れていたからだった。理由を思い出す。いつの日にからか、自分はこの考え方になれていた。この生き方に。そして当たり前だと感じるようになっていた。『裏切り』この言葉に自分は過剰に反応したような気がした。裏切る・・・。そうだ、自分は裏切られたくないから・・・。声に出て何度か復唱していた。もうその教室には自分以外の誰もいなかった。


顔を一切動かすことなく、手探りだけでポケットから携帯を取り出し、開いた。日記である。学校の人は知らない日記。日記を観ている人は自分の名前も顔も知らない。昼間のうちに日記を書こうとするのは初めてのことだった。だが、自分は無我夢中になって携帯を開いて自分の日記にアクセスをしていた。一つ呼吸を置いて、一気に左指で書き始めた。


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