第二話 「二人と一人」
NOW HERE 〜傍観者〜
第二話「二人と一人」
小早川が夢宮と話せるようになってから数日後、五限目最後のチャイムが鳴り響き今日一日の学校生活もようやく終わりとなった。担任がさっきまで授業していた教師と入れ替わるように教室に入って教卓の前に立つなり号令の合図を促した。自分は本の続きを待ち切れず、机を壁にページをめくり始めた。号令係の一声により再度立つ。既に礼とは思えない一回のお辞儀。頭を下げながら各々掃除や帰りや部活の準備を行う。所詮、公立高校部活動の分際が何を張り切って汗水流さなくてはいけないのだろうか。天気予報をいちいち気にして「雨だ、部活オフだ!」と手にガッツポーズまでして喜ぶ彼らの野望やらを知りたい。もっと時間を有効に使えないのだろうか。中途半端に行う運動など意味はたいしてない。自分だったら、嫌々参加している運動部など即退部届を出して読書に割り当てる。彼らの姿は退職金のためにいそいそと仕事する中年サラリーマン(下っ端)の姿に類似するものがある。つい出てしまった嘲笑する顔を片手で隠し、もう片手には本を持ち、机運びは係に任せて廊下を目指して歩き出した。大抵このドアの二歩手前で小早川が自分の肩を掴み、一緒に帰ろう、の一声を掛けてくる。しかし今日は来ない。別に振り向く理由もなく、ましてや不安になることは決してなく、部活動無所属の自分は文字を追いながら順調に昇降口まで歩いていった。
自分の目が羅列する文字から離れたのは、下駄箱に着いた時だった。自分の下駄箱の番号を探すため、一度本は指の栞でとめておいた。靴を取り出しているその時、目に映った姿は既にドアの外に出ていた二人であった。小早川と夢宮である。二人で帰ろうとしているところだった。自分は靴を履き、外に出た。もう自分も彼らも道路を歩いている。小早川は理想の異性と一緒に帰れる仲にまで発展したらしい。邪魔してはいけないと自分は幾らか歩調を遅めようとするが、夢宮の歩幅の小ささには敵いそうにない。牛歩とは言わんぞ、牛歩とは。彼らを気にするばかりに本に目が自然と離れてしまう。立ち止まったり一本道をジグザグに歩いてみたり、追い付かないための努力を幾らかしてみた。遂には小早川に気付かれるまで。
「おぉ水谷。帰宅部は楽でいいよねぇ。こんな日の明るいうちに帰れる」
「うお、小早川」
夢宮は軽く握った手を口元に寄せて当惑の表情を見せる。分かりやすい。自分はここで言葉が詰まる。「失礼」なんて語尾に笑いを含めながら言えば嫌味になるし無駄に煽るだけだし、そもそも自分と小早川は普段一緒に帰っているので通り過ぎる時点で不自然だ。そうとも言って他の言葉行動の最善策は見当たらない。しかし流石というべきか、水谷は切り出した。
「夢宮さん? 紹介するよ、前言ったけど、俺の友人の水谷。見た目根暗に見えるけど、実際は面白おかしい良いヤツだよ」
「えっ・・・あ・・・、水谷・・・くん? よろしくお願いします・・・。私、夢宮楓といいます・・・・・・」
「あぁ、おっ、おう」
お前は何様だと問いたくなるような紹介をされた自分は作り笑顔にしては上出来な笑みを浮かべて挨拶をしておく。三人とも帰宅部だった。部活動に熱心な九割九分の健全なる生徒は活動に夢中だ。やっぱり運動することに意味があるのかもしれないな。おかげで帰り道は自分たちしかいない。かくして、これが自分と夢宮とのファーストコンタクトとなり、三人は列を連ねて帰る事になった。
「おい、水谷、足速いぞ」
「あ・・・、そんな気にしなくて大丈夫だから・・・私が遅いだけで・・・・・・ごめんなさい・・・」
「夢宮さん・・・謝る事ないですよ、自分が悪い。よく他の人にも言われるし」
「私、昔から体が弱いんです・・・」
「気にしなくて大丈夫だよ。まったく、水谷のやつは」
割りと落ち着いた雰囲気の会話から始まった。なんだか申し訳ないことをしたが。自分は本をバックの外ポケットにしまうが、自ら話題を振ることはない。夢宮から話し出すこともなく、小早川の一言から話しがすすむ。会話は意外と途切れずにすんでいる。
「病弱なのか・・・。気の毒に・・・・・・あっ、でも、小早川と話せてクラス今楽しいでしょ」
「えぇ、とっても」
点描シャボントーンが彼女の背景を飾った。この笑顔は反則級だ。某ファーストフード店ではそこの全商品を買い合わせても届きそうもない値段で売買されそうなスマイルだった。0円なんてとんでもない。この子を侮辱する言葉など見当たらない。
「私、だから・・・、クラスでもなかなか話してもらえないの・・・。最初から休んじゃったし・・・。元気な女の子になりたいなぁ・・・・・・」
頬を赤く染めながら夢宮は両手で掴んでいる革素材のバックを見るように下を向いた。夢宮が人とまともに話せない理由はそれだけじゃないと自分は考えている。この容貌だ。それに大人しい。きっと今まで話してきた男子勢は彼女に波長が合わなかったのだろう。自分のクラスメートは良く言えば明るく元気なクラスと称せるだろうが、自分は客観的な意見を言わせてもらうと全くそれは不適な形容であり、率直に「五月蠅い」の一言に尽きるのだ。ハエのようなクラスの連中がナンパまがいな行動に出ても、夢宮が下を俯きながらか細い声でごめんなさいと言っている様子が容易に想像できる。その中で小早川は場に応じてわきまえる心を知っていて、まぁ夢宮に恋したからでもあろうか、常に自分と共に行動していたから騒がずにすんだのだろうか、夢宮は小早川を受け入れてくれたのだ。自分は脳内台詞の所々を摘み採って夢宮に聞いてみると
「確かに話し掛ける人はたくさんいました・・・。でも私なんかじゃ・・・って。うん・・・」
さっきから下向きの発言を繰り返す夢宮。謙遜しなくてよい。あなたが悪いのではなく、話しかけてくる彼らが気持ち悪いのですよ。夢宮の発言にフォローを入れる小早川。彼から彼女に話題を振り、今日初めて会った夢宮と自分が互いに互いを聞き合うような会話が続く。どうも小早川がそうなるように上手く話題を仕切っているようである。大した奴だ。
「その・・・携帯電話は持っていたのですが・・・・・・メールはしたことがなくて」
夢宮は小早川とメール交換できることをたいそう喜んでいる気持ちを露わにしていた。小早川の進んだ一歩は彼にも夢宮のためにもなったらしい。恐らく彼女は独りでいることに慣れつつも、自分と違って孤独を好かない人なのであろう。小早川と話せたことがよほど嬉しかったのだろうな、幸せが伝わってくる。
「あ、じゃぁな。気をつけて」
どんなに遅くても歩いていることには変わらない。話しているうちに駅に着いたようだった。小早川が夢宮に手を振った。合わせて自分も手を振る。これは礼儀というものだ。する事に意味がある。
「さようなら。また明日」
駅を歩く人にいちいち観覧料を請求したくなるような笑みをまた浮かべる。その微笑みはもう癒しの域に達している。夢宮はその場で手を振って小早川を見送っていた。徐々に彼女の姿が小さくなっていく。自分と小早川は後ろを向きながら歩き、同じくして手を振った。階段に差し掛かった時、自分たちは目線を前に向けて既に停車している電車にめがけて走っていった。運良くイスに座ることができ、重いバックを地べたに置いて向かい側の窓を向いた。夢宮がゆっくりと階段を下りてきているところだった。あまりにも慎重に歩いているものだからつい手を貸して一緒に降りてあげたいと小早川は心配そうな目を向けながら呟いた。自分たちを乗せた電車が出発すると、夢宮はまた手を降ってくれた。小早川は返す。手を振る愛くるしい夢宮の姿を見届けた後、小早川は誰にも聞かれないだろう声で自分に話した。
「まぁ見ての通り夢宮さんは落ち着きのない連中をあまり好まないようだ。クラスではあまり話し掛けないでくれだとさ。それを機に他の人に絡まれるようなことがあると困る・・・とさ」
「・・・ごめんな。自分、今さっき夢宮と話しちゃったじゃないか」
「いや、それは大丈夫。俺の友人ということで話題には上げていたし、お前の静かさだ。嫌なわけでは無さそう」
「ホントは二人きりがいいんじゃねぇのか?」
「ですよねー。・・・だと嬉しいよな―・・・」
小早川はニコニコ顔でそう言った。そして上を向くなり将来を見透かしたような表情を見せた。
「告白はしないのか?」
「まだ会って間もないんだ。俺は最初から好きなわけだったが、彼女から見たら俺が軽い人間と見られるだけさ。慎重に・・・だ。それに、今こうやって話しているだけでも幸せなんだ。それを、気の焦った行為によって壊したくはないんだ」
「確かにそうだな。まだ内面を見て間もない時期だからな」
「そうだ。まぁ実際性格は俺の見抜いた通りだった。時期が経ったら告白したいんだが」
「自信がないのか」
「自分にも、な。告白したところで何がどうなるかも分からない」
「お前らしくないな」
「いや、仕方ない」
やはり経験が無いのは相当痛手のようだ。一回でも告白されるという華やかな過去があれば自分にどれだけの自信を持つことが出来るだろうか。まぁ自分にそんなことは関係ないのだけれども。
「じゃぁな、ばいばいだぜ。また明日学校で、だ。あとそれから、明日一緒に昼飯を食おう」
「おお」
小早川はそれだけ言って電車を降りて行った。自分の駅はあと五つほど先の遠いところにある。外バックにしまっていた本を取り出すと栞を入れ忘れていたことに気付き、ページを振り返ってみると数ページ先の展開部分が目に写ってしまい意気消沈しながらもようやく読むべきページを見つけると、自分は深呼吸をしてから文字を読み進めることに集中した。