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第一話 「自分と彼とあの子」

NOW HERE 〜傍観者〜

第一話「自分と彼とあの子」


自分はどちらかというと交友に積極的な方ではなかった。一日の多くを書物に費やしてもかまいやしないと言っていいほどだ。だが自分を文学少年だと勘違いしないで頂きたい。部屋中ハードカバーの本で埋め尽くされているわけでもなく、ましてやそれらしい大学を志願して著名な師の元で文学史を学ぼうという気には到底なりやしない。本はあくまでも暇潰しでしかないのだ。まぁ、娯楽という事には変わりないが、感銘をうけた! 生き方が変わった! 名作をありがとう! と言った感動を抱く気持ちにはならないのだ。それに読書だけが趣味なわけではない。携帯で日記を書くのも日課である。もちろんその日記の存在を知っている知り合いはいないのだが。一日を過ごして行く上で余分な時間を読書にあてているだけだ。


「おぉーっす、水谷! 今度は何を読んでるんだよ。また表紙が変わってるじゃないかぁ」

「今回は学園物語だ」

「学園物の頻度多いねぇ。おい、お前主人公を自分に当てはめてハッピーライフな夢でも・・・」

「そこまで妄想豊かではないし、そのような趣味もない。自分はこれで満足している。お前はどうなんだ」

「まぁ、俺も楽しい。お前に会えて何よりだ」


本を閉じて、自分は彼の下らない冗談に答えた。彼も言っていたように、自分の名字は水谷という。今後自分の語りの中で自分の名前が出ることはないだろう。何故ならば人々が自分の名前を知らない、というかむしろ興味がないからだ。一切呼ばれることはないのだから、自分の名前を明かすことは単なる自己主張とみなす。名前は勝手に想像してくれ……ってほら。名前になんか興味ないだろう?


教室のドアを大げさに開き、駆け足で自分の席に向かい、早々慌ただしく話しかけてきた彼は 小早川 徹 という。高校二学年に進級してから二週間余り、彼は一応友人という枠に入るらしい。新しいクラスに一番に到着したのが彼だったらしく、二着目で教室に入ってきた自分を見て直感的に本能的に第六感で自分と話したいと考えたらしい。すぐさま自分に寄ってきて突如冗談をかましながら自分に話し掛けてきた。初対面の相手にする行為だろうか。既に彼はこのクラスでは基本的に誰とも話せる立ち位置にいる。進学して間もないと言うのにクラスの人のアドレスのほとんどを聞きにいって取得したらしい。しかし、実際欲張り過ぎたのかオールマイティすぎたのか、彼にとっての落ち着いた場所、つまり一緒に昼飯を食べるような固定メンバーは逆にできず、今もこうやって自分に話しかけてきたわけだ。アドレスは得たが何も手に入れてない、同情の余地の有無は別として哀れなやつだ。


それに比べて自分は交友には消極的だ。だが、わざわざ話してくれるクラスメートを無視するほど病んではいない。ただ、冒頭で言ったように、自分は今一つ交友に率先して取組む気がでない。それは、今このぬくい場所が丁度いいからだ。適温適度。他の人からすれば少し肌寒いかもしれないが。一応話はする。でも踏み込みたくはない。そして、孤独になってもいいと思っている。孤独を嫌わない人間だ。自分はこれ以上の関係を元より欲していないのだ。そしてこの関係は最大限であり、満足なのである。いつ小早川と離れたって悲しくなりはしないだろう。小早川が今この度自分に話し掛けてこなくなっても、きっと寂しい気持ちにはならないのだ。


「水谷、クラスの子なんだが、あの子可愛いと思わないか?」

「いつも休んでいる子か。確かにあれは美人さんだな」

「新クラスが始まってから一週間も経つというのに、俺はあの子にはまだアドレスを聞けてもいない」

「犯罪しない程度に近寄れば良い。お前のキャラだ。話せる仲にまではいけるだろうよ」

「違う! お前だから打ち明けよう。俺は恋というものをした。激しくな。波が岩にどっかーんって感じだ。あの容姿、大人しそうにしていることから察せる性格、ついでに声も俺の直球ど真ん中を打ち抜いたのだよ」


1年生のときに同じクラスで無い限り、クラスメートとは会って7日間しか経っていない。その僅かな期間で恋愛対象を見つけてしまった彼をどういう目で見たかというと、幸運なやつだなと思うことはなく、気の軽い男なのだろうと侮蔑の感情を抱いた。だが到底発言する気にはならない。面白半分返答をするのが一番無難である。そうやって自分は生きてきた。


「犯罪は反対だ」

「真面目に聞いてくれ、頼む! どうすればいいのかな」


自分は一応考えてあげた。彼女の名前は 夢宮 楓 というそうだ。小早川が連呼するせいで脳に無駄な情報がインプットされちまった。確かに顔立ちは綺麗だ。これは活字と格闘し続けていた自分の目でさえもそうはっきり言える。彼女はクラス替えをしたその日にも休んでいた気がする。自己紹介しているとことを見たことがない。きっと病弱なのであろう。気の毒だ。そのせいもあってか、彼女が人と喋っているところをなかなか見かけない。


小早川は繰り返し自分に夢宮の容姿を説明する。彼女の鼻と口は小さめで落ち着いていて、目は二重。ぱっちりしているが上目遣いは似合わないような清楚な雰囲気を醸し出している。眉毛は上品に整えられ、眉毛専門美容院で二時間掛けて剃ったんじゃないかと疑いたくなるくらい似合っている。髪色は当然黒、むしろ色染めは似合わない。髪型でセミロングの定義は分からないが、髪はそれより少し長めのようだ。大分控え目なパーマが掛かっていて、一度走ればさらさらふわふわと靡くように思われる。前髪は絶妙な位置で分かれている。しかしやはり清楚だ。身長は155くらいでスタイルは抜群である。少し大人になれば美しく可憐な女性になるだろうが、高校生ということもあって、彼女を表現するのに「可愛い」という形容詞は適切であった。


「それでな、黒くて通気性良さそうなニーソックスとスカートの間から覗く肌は・・・・・・んぐぅっ」


自分は暴走する小早川の口を止めた。危ない。周りに聞かれたら自分まで変質者だと思われる。無視は構わないが、噂が立つのは好きじゃない。いつか彼は犯罪者になるのではなかろうか。犯罪大国日本、犯罪を未然に防ぐために警察に今の発言を録音して提出してやろうかと考えた。まだ会って間もないのは自分と彼も同じことが言えるが、既に彼の手からは犯罪臭なるものが香ってくる。


「あの美人さん、お前にゃ無理だ。今思った。自分を知ろう」

「五月蠅い! 俺は夢宮と仲良くなりたい、あわよくば付き合いたい。今まで人と付き合ったことは無いが・・・」


心の中ではそう思いつつも、自分はこの件に関して良い展開を期待しているのが本音だった。なんせ、リアル空間は生きた小説だからだ。これもあるから、自分は本に全てを捧げるつもりはないのだ。体は現実世界に置き三次元は適度に、空き時間は二次元(本)を楽しむ。だが、本だけでも生きられなくは無い、それだけだ。小早川が犯罪さえしなければよいのだ。しかし彼の容姿は申し訳ないが、夢宮とは不釣り合いである。整った顔立ちではあるが、進学そうそうクラスの異性に騒がれるような顔じゃない。髪型はそつなくこなしているようだが、やっぱり頑張ってもスポットライトは浴びてはいけない顔だろう。身長は一応170以上あるそうだが。実際付き合うのは無理だろう。小早川のキャラなら仲良い関係にまではいけなさそうでもないが、恋したのが運の尽きだ。だが小早川にとってこれは本気の恋だったらしく、どうにかしてキッカケを作ろうと必死になって何かに励んでいるが、いざとなると臆病な性格であるからなのか、全く手だしできずに悶え苦しむ様子が嫌というほど目に写った。しかしそんな滑稽な彼の姿を見るのは時間つぶしに適していて、この何の進歩もない彼の一人芝居の観客であり続けることも悪くないとも考えていた。そんな淡い自分の期待を裏切るように小早川にチャンスが巡ってきてしまった。いや、巡ってくれたのだ。喜んでやろう。


先生と一対一で進路について話し合う二者面談で、夢宮の次が小早川だったのだ。小早川は夢宮に話しかけようと、少し早い時間から教室の前で待機することになっていたのだが、隣のクラスで同様に二者面談を待っている人の目を気にしてしまい、結局のところ何も話すことはなく夢宮は先生に呼ばれると吸い取られるように教室に消えていったという。要するに彼は食用鶏よりも鶏に似つかわしい存在であったようだ。しかし彼の話は続く。小早川も二者面談が終わり下校しようといつもの下駄箱の位置まで身を屈めながら外を見ると予報されていない雨が振っていて、困った顔をした夢宮が傘無しの状態で校舎内に佇んでいたのだ。その後ろ姿は無防備で愛らしく、鍵の掛けられたお城の一室から外の世界を想像しながら窓に手を当てるお姫様のようだったそうだ。一生に二度と無い絶好のチャンス。しかし小早川の足も止まっていた。自分の顔にもう少しの自信があれば、彼はいつもそういう言い訳をする。夢宮は人影に気付いたようで小早川のいる後ろを振り向く。髪はさらさらふわふわと靡く。しばらく見つめ合うこと数十秒。


「傘…、入りませんか?」


その時の彼は実に紳士であったと本人は豪語した。紳士ならば傘を渡して濡れながら走り去ってほしい。すると夢宮は感嘆の声を露にし、満面の笑みをこぼしながら首を軽く前に降って「ありがとう」と澄み切った声で礼を告げたと言うのだ。一緒に一つの傘の下だ。小早川得意の話術で話は結構盛り上がったらしい(彼は女子との会話に定評がある)。最後にはアドレスも聞けたそうだ。そして小早川は彼女からの最後の一言で何かを確信したらしい。


「誰にも教えてないんです。このことは秘密にしてね」


失神寸前だったそうだ。自宅の方面が違うため駅のホームで別れを告げたそうなのだが、小早川はしばらくそこを動けなかったらしい。


「お前よ、この発言をどう取るよ、おい!」

「秘密にしろと言ったのに俺に言ったじゃないか。大丈夫か、それで」

「いや、会話の流れ的には、五月蠅い男子に知られてアドレスを聞かれるのが嫌なそうだ。お前はそんなことしないのは俺が一番良く分かっているさ。ちょっとさー、浮かれていいですかね、ホント」

「あまり浮かれない方がいいぞ。というかまぁよくもアドレス聞けたもんだ。あの子、高嶺の華でありすぎたのだろう。お前のように無謀なヤツがいなかったのかね」

「そうみたいだ。メールも盛り上がったよ。しまいには、安心して話せる人がいなかったので嬉しいです、だってさ」

「告白してみたらどうだ」

「いや、ムリだろ! 地元に彼氏いるかもしれんし、まず俺は付き合ったことがない上に人を幸せにするなんて今の俺には無理だ」


確信したのではないのか、彼の発言をいちいち記憶していた自分にとって彼の発する矛盾は目に付くが、恋に溺れる少年はそんなもんだろうと割り切った。彼は青春まっしぐらなのだ。自分がいつしか忘れた感情の一部である。夢宮さんの姿をふと見てみた。教室の後ろの端っこで次の授業に必要な教科書類をせかせかと机に並べて、携帯を開けたり閉めたりを繰り返している。ちなみにその背筋は真直ぐだ。やはり彼女が人と話しているのはクラス替えしてから間もない時だけだったな。他の人が話し掛けて、でも話は盛り上がらないうちに終わって、それからそいつは夢宮に話しかけていなかった。


それから自分の読書時間は極端に増えたような気がする。休み時間、小早川はいそいそ携帯と睨めっこしている。同時に夢宮を見ると、こちらもまた小液晶画面に目が一点。どうやら二人の間でメールの交換のブームが到来したようだった。直接話せばいいものの。


・・・ま、どうでもいいか。すぐに自分は活字に目を移した。


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