初心者には激しすぎる
「ふっ!!」
少女“花火“は地面を蹴り、空中へ飛ぶ。そのまま巨漢の首元目がけ、左の刀を斜めに振り下ろす。
巨漢は動かない。刀は確かに首を切るも、薄い切り傷くらいにしかなっていなかった。よもや、巨漢はその傷に気付いていないのではないか、と疑うほどに。
「初っ端から首狙ってくるたぁ、いい教育受けてんな」
巨漢は花火が着地する前に、彼女の矮躯を掴もうと右手を伸ばす。体に似合わず、素早い動きに誰もが目を見張った。軽やかにその手をかわし、花火は少し距離を取って着地した。
着地するやいなや、今度は低い姿勢で、走り込む。巨漢はニヤニヤしながら、花火の攻撃を待っている。
「余裕ぶってんじゃねぇよ」
花火の声に巨漢の笑みも消える。そうか、と何処か納得した様子で巨漢は動きを見せた。
巨漢は走り込む花火に拳を振り下ろす。ドォンと腹の底に響く爆音に出は震えた。しかし、花火は怯まない。そのまま下に潜り込もうとする。
巨漢は足元を彷徨くネズミを払うかのように、足で蹴散らす。
「邪魔くせぇな、何したいんだお前」
花火は答えない。
「邪魔だっての」
花火は答えない。
「邪魔っつってんだろ!!!」
激昴した巨漢は、自分の足元に、正確には花火を狙って爆発を起こす。
(何もない所で爆発?粉塵爆発ってわけでもないだろ…?)
出の疑問に答える者はいない。爆音、爆風が辺りを包む。塵が景色を霞ませて、外側からは中がどうなっているのか見えない。
ようやく、塵が散ると花火が出の前に現れた。
「ぶ、無事なの?」
「当たり前、叔父貴はカッとなるとすぐ爆破するから扱いやすい。お兄さんは無事?」
出はコクコクと首を縦に振る。
花火の歩いてきた方を見ると、巨漢ーー基、叔父貴は地面に伏している。起き上がれないようだ。
「花火ぃ、何処でこんな臭い技覚えやがった」
「叔父貴が勝手に倒れただけでしょ。そういうの自爆テロって言うんだよ」
「はっ、違いねぇ」
叔父貴は苦笑を浮かべる。
「おい、坊主」
「…はい?」
「そうそう、お前だ【レセプター】。だろ、治してくれよ」
「なお、す?」
出は突然の指名に驚きつつ、【レセプター】という言葉を飲み込めずにいた。
「叔父貴、自分の【レセプター】はどうした」
「ん?置いてきたな」
はぁ、と花火はため息をつく。
「【レセプター】から離れるって死にたいの?」
「いやぁ、酒を控えろってうるせぇからよ」
「………お兄さん、治してくれる?」
「いや、え?治すって、どうして俺なんです?【レセプター】って何でしょう?」
ふむふむと頷いた花火は、出に接近する。
「ちょっ、タイム!!待ってまってまっ…んんんんんん!!!!!」
逃げられないように、花火は出の顔を抑え、出に唇を落とした。
頑なに唇を結んだ出に、業を煮やし花火は唇を歯で噛む。そのチクリとした痛みに唇を解いた出。花火の舌が侵入する。ぬるりと柔らかくも熱を帯びた互いの舌が絡み合う。
「〜〜〜っ!」
出は本日2度目の死の予感を感じていた。あかん、やばいぞ、と。
童貞で彼女も出来たこともないような自分に美少女が深いキスをしているこの現状は死ぬしかない、と。
「ふぅ」
花火はキスを終え、離れる。手を出の首に回し、小首を傾げる。
「分かった?」
「いや何も分かりませんけど!!??」
むぅ、と可愛い顔をする花火。
「仕方ないからもう一回かな」
再び顔を近づける花火。出は慌てて、花火をひっぺ剥がす。
「待って、ほんと待ってぇ………」
出は体育座りで頭を膝に埋め込み、防御姿勢をとる。そして、心と身体を落ち着けようとする。
「じゃあ教えたこと思い出して」
花火の声が聞こえたのかどうか、出はただただ震えている。情けないと言われようと、恐らくその姿勢を解くことは出来ないだろう。
「ひぃっ!?」
体育座りから急に地面へ倒れる。悶えるように頭を抱える出に、花火はジッと視線を送るばかり。
(なんだこれ、流れてくる、頭おかしくなる!
情報がずっと流れてくる!!無理だパンクする!!)
キスで唾液の交換をすることによって、出には花火の持つ大量の“この世界“のデータが流れていた。長く、深いキスほど送られる情報量は多い。
何も知らなかった出に流すにしては膨大なデータを花火は送ったのだが、本人はずっと行く末を見守っている。
「は、な、びぃ…あ」
「お?」
「おい、花火。坊主、気失ってんじゃねぇの?」
花火は頭をポリポリと掻く。
「あー、やっちゃったぜ」
「いや、俺の治療どうなんの!?」
「それは【レセプター】を連れてこなかった叔父貴の責任で。
私はお兄さんを連れて帰らなきゃ。」
花火は軽々と出を抱え、その場を去った。
出は「ごめんね」と謝る声を聞いて、意識を手放した。