徐々に離れていく
出は2つ上の兄と同じ大学に通っている。偶然ではなく、必然的に。親の指示である。学費等、援助してもらっている以上、逆らう訳にはいかなかった。
兄は駅に近い場所にアパートを借りて暮らしている。当初、出も一緒に暮らすことを勧められたが頑なに出は断った。そのため、大分時間はかかるが実家通いである。
8:00
電車を降りる。蜘蛛の子が散るように、という訳ではないが人はどんどん外へ流れていく。
あとは20分程度の道のりを歩くだけだ。出は兄と会わないように敢えて、ゆっくりと歩く。目的のキャンパスへは普通なら15分で着くだろう。
しかし、その日、何故か出の足取りは軽かった。
10分もかからなかったのでは無いかとも思うくらいに、早く歩いた。
兄とすれ違った気もする、それよりも本人はその異様な足の軽さのままに進んでいてよく覚えていない。
キャンパスが見えた。
が、軽い足取りのまま、キャンパスへ向かう道を外れた。
身体が、何かに引っ張られるように。
「なんだっ、ちょっと…これ、なんだって言うんだ」
驚きを隠せない。身体が言うことを聞かない。思えば駅を降りた時点であれだけ足取りがおかしかったのだから、もっと前に焦ってもいいものだが。
今度は謎の引力のまま、どんどん裏路地、小道へ入っていった。
「止まれ、止まれって!!」
出は恐怖を覚え始めた。得体の知れない恐怖。自分はこのまま死ぬのではないか、とぶっ飛んだ考えを頭を過ぎる。どうすれば元に戻るか、など思考する余裕はこの時消えていた。
右へ、左へ、右へ、右、左、左、左、右。
「っ!!?」
バタン!と大きな音を立てて出はその場に崩れ落ちた。急に身体は解放され、今度は重力のままに地面と向かい合う。
埃を払いながら立ち上がる。そして辺りを見回した。
中華街のような街並み、ネオンの灯、空は暗く、どこまでも高く見えた。看板が多い、しかし何の文字が書いてあるのか分からない。日本語か中国語か、英語かすらも分からなかった。道は整理されていて、赤茶色のレンガ畳が敷かれている。
どこからともなく音楽が流れている。音は1つではなく、よく聞くといくつもの曲が同時にあちらこちらから鳴っている。
「ここは…」