アズサ、天使再生化計画ーA面ー①
黒々とした景色の中。ポツリ、またポツリと数を増やしていく灯籠。温かい色をしたソレは、ゆらゆらと川を流れていく。
死者を想い、サトルさんも灯籠を流している。あの世での幸福を願って、手を合わせている。
彼の恋人がこの世を去ってから、もう何十年と過ぎている。年老いたサトルさんには、似つかわしくないデザインのネックレスが首もとで揺れる。ネックレスには、指輪が二個通されてあった。
「幸せ絶頂期に喪う……なんて」
五歳ぐらいの女の子が近づいてきて、彼の指輪を『キラキラさんだね』と目を輝かせて言う。
「サトルさんは、指輪を磨くことが日課になっていたから」
女の子の名前を母親が呼ぶ。サトルさんに手を振って彼女は去っていく。独り言?と母親。違うよ、おじいちゃんと話して……と指差した場所には誰もいなかった。
ただ、ポツリと灯籠だけがあった。
灯籠が流れていくシーンを観ながら、わたしはうなった。
「サトルさんも亡くなっているのでしょうか?ただ、灯籠を置いて去っていっただけなのでしょうか?でも、彼が灯籠を流しているシーンもありましたし。うーん」
「アズサにしては珍しいタイプのを観ているよね」
「あの~、手鞠さん。ぼくまで部屋に入って良かったのかな?」
「え、はい。大丈夫ですよ」
「ソラくん。何をキョロキョロしてんのさ」
「当たり前なんだけど、部屋の雰囲気が違うな~って」
「委員長の部屋はピンクや淡い黄色で揃えられていますものね」
「そうそう~。ぬいぐるみとかいっぱいあってね~」
「可愛いですよね」
「セツちゃんの趣味がわかるよね~。部屋もセツちゃんも可愛いよ~」
「はぁ?!ふ、普通だし!」
顔を真っ赤にして否定している。
「というか!アズサの部屋がかわっているの!ホラー映画のDVDの山をいくつ作れば気が済むんだ!賽の河原じゃないんだからさ!」
彼氏さんが小さく吹き出した。
風邪で学校を休んで四日目の日曜日。
心配してくれたらしく、二人が一緒にお見舞いにきてくれた。ちなみに、風邪は昨日で完治している。
さらに言えば、無断欠席をしてしまったので、二日目には先生が家まできてくれた。
何故か、腰に命綱を巻きつけていた、わたしを見ても笑わないでくれた。先生は優しい。
何度も『おれは誰だ?』とか『誰に見える?』とか聞いてくるので心配にはなったけど。
その時に先生が持ってきてくれたDVDを委員長たちと観ている。『水にゆく』というタイトルのソレは、冒頭で恋人を突然の病で喪う主人公、サトルの物語だ。過去、そして現在が描かれている。
サトルさんが、火葬場で虚ろな目をして煙突を見つめているシーンがあった。彼のことを考えると心が痛い。
「火葬場の煙突…。煙が出ていないことにまた悲しさを感じます」
「あたしの伯母さんが子どもの時には、どこでも出ていたらしいよ」
「そうなのですか?それはきっと、煙と一緒に魂が天をゆくように見えたかもしれませんね」
「さっきも言ったけど、コレっていつものホラーって感じがしないんだけど」
「あ、はい。このレポートと一緒に先生が貸してくれました」
「『天使再生化計画』?」
「わ~。分厚いね~」
委員長がパラパラとめくるのを、彼氏さんが隣から身を乗り出して見ている。
「あと、さ。ずっと聞きたかったんだけど、何で夕崎先生がアズサの家にいるのさ」
「あ~。それ!ぼくも思っていた。今日は休日なのにね」
そう。何故か今、わが家のキッチンに先生がいる。
初めてソコに入ったはずなのに、テキパキとわたしたちの飲み物を用意してくれている。
「側にいられなかった償いと言われました」
「何のことだろうね」
「わたしも気になって聞いたのですが、はぐらかされてしまいました。鉄壁の笑顔を向けられまして、深くは追及できなかったのです」
「…あんたさ。もしかして、昔みたいにやらかしていないよね?」
「や、やらかすとは?!」
ゴクリ、と唾を飲み込む。一体、何のことだろう。
やらかすと言えば、ホラー関連のことが強く思い浮かぶ。それが、悲しい。
「勝田セツ、語ります!」
「は、はい!」
「あれは、中学二年の期末テストが全て終わった時のことでした。あたしは、熱を出して休んでいるアズサのお見舞いに行きました。そして…」
「…そして…」
ギュッ、と握りこぶしを作る。
「玄関のドアが開くと、あんたはいきなり抱きついてきて、愛しいわたしの妹よ……ああ、と言ったまま離してくれませんでした。以上」
「そんなことがあったのですか?!」
一所懸命に記憶を辿ってみる。
体調の悪い時のわたしは、前後の記憶があやふやになってしまう。そんな質の悪い人間だ。なので、当然のことながら何も覚えていなかった。
「大体、あんたは一人っ子でしょうが!何が妹だ!」
「まあまあ~。セツちゃん落ち着いて~」
ヒートアップしそうな委員長を彼氏さんがなだめる。
そんなことを先生にもしてしまったの?!同じようなことを?!
『おお、愛しのわたしの兄よ』みたいなことを言っていたら…。頭を抱えたくなってきた。
その時、三回ノック音がした。
返事をすると、おぼんに人数分の飲み物と色いろなお菓子を乗せたものを持って、先生が入ってきた。
「そんなに乗せて、よくバランスがとれますね」
「学生の時にレストランで働いていましたからね。はい、勝田さんたちもどうぞ」
「アズサの家に馴染み過ぎていませんか?」
「はは、気のせいですよ」
飲み物のお礼を言いながら、先生をジッと見る。
「あの、先生!」
「何ですか?」
「先生が家にきてくれた時に、わたしは先生のことを変な風に呼んだりしていませんでしたか?」
「さあ。ははは」
また、笑ってごまかされてしまった。
「DVD観賞の途中なんですね」
話も逸らされてしまった!?
わたしは画面を見る。
ホラー映画以外を観ることがないので新鮮だ。これで四回目になるけど、何回観ても新しい発見がある。
例えば、シーンの途中で誰もいない病室のベッドだけが映る。
サトルさんの恋人が最期にいた場所として表現したいのか。
それとも、サトルさん自身の病室として表現したいのか。明確になっていない。
前者なら回想シーンだけど、後者だとすると謎となる。
それは、サトルさんが『まだソコにいる』のか『もういない』のか。
わからない。
このシーンで何度もうなってしまう。
ホラー映画のように単純明快ならいいのに。
ホラーにも不可解なものはあるけど、ソレが当たり前のこととして描かれることもあるしな。深く考えてはダメなものもあるというか何というか。
観る側にゆだねられた、エンドロールを見つめる。うーん。
「さあ、みなさん。どうでしたか?」
先生はまるで、授業みたいに問う。彼氏さんが手をあげた。
「ぼくが主人公なら、大切な人を喪ったら立ち直るのは彼以上に時間がかかると思います。未来は真っ暗ですよ~。ラストまで恋人を想い続けたところは、好感がもてました」
「え、そうかな。あたしが恋人なら自分のことは忘れて、新しい幸せを見つけて欲しいし、掴んで欲しいよ」
「う~ん。でも、セツちゃんさ。シーンの至るところでサトルの身に起こる窮地を救っているんだよ~。そんなことされたら、忘れられないでしょ?」
「それは恋人が助けた、なんて断定していないじゃん。サトルが勝手に思っているだけかもよ」
「はは、白熱していますね。手鞠さんはどう思いましたか?」
先生に柔らかな笑顔を向けられる。その笑顔にドキドキしながら考える。
「『火で逝く』という映画とタイトルが似ているので、ポイントは高いです!」
三人が口をポカーンと開けている。
そっか。その映画を観たことがないのかも。ちゃんと、説明しなくちゃ!
わたしは言葉を続ける。
「全身を炎に包まれた魔神が悪人たちを次から次へと抱きついて殺すのです。その様子は地獄絵図ですよ!でも、最近になって思うようなことがあります。それは、この世に根っからの悪人なんているのかな、って」
仮面に触れて三人を見る。もう少し詳しく説明が必要かな?
「悪人が悪へと導かれるトリガーをなんとかすれば、この映画はハッピーエンドになる気がするのです!」
あれ?おかしい。
先生も委員長も笑顔なのに寒気を感じる。彼氏さんは苦笑しているし。
「えーと。手鞠さんに質問です」
先生の口許がひきつって見えるのは気のせいなんかじゃない。
「は、はい」
「何の映画のことを言っているんですか?」
「ホラー映画『火で逝く』です」
「アホかーっっ!!」
「ああ~、セツちゃん落ち着いて~」
委員長に頭を叩かれる。今回は思いっきり強くだ。
わたしのプチトマト並みの脳ミソが、もっと劣化してしまいそうだ。
先生が唇だけを動かしている。『このアホ』と言われているような気がする。
「夕崎先生!アズサに渡した『天使再生化計画』の出番だと思います!」
「勝田さん!気が合いますね!始業式の時から望んでいたことが書かれています。ずっと、ソレを実行したかったんです」
何やら二人は燃えている。
「手鞠さんも大変だね」
「何がですか?」
彼氏さんが目を見開く。そのことに、首をかしげた。
「では、立案者であるぼくが進行役をつとめたいと思います」
わたしは拍手した。わたしだけが拍手をしていた。
「ご、ごめんなさい。気にせず続けてください」
先生は、咳払いをする。
「感動するようなDVDを観ても、ホラー脳になってしまうことがわかりました」
「はい、夕崎先生~。ホラー映画を一人で観ないようにするのはどうでしょうか?独り言が問題なので、口に出したらセツちゃんにツッコミをいれてもらうとか~」
「あたしがホラーが無理なのを知っていて発言しているのかな?ソラくん?」
「大丈夫ですよ、委員長!慣れないうちは、早送りで観るのです。慣れてきたら消音で観ます。これを繰り返すことによって、耐性ができるのです。わたしはこれでホラー映画を一人で観られるまでになりました」
「ねえ、アズサ?そうまでして観るもんなの?ねえ」
「ぼくもホラーは苦手ですが…できるだけ協力しますね。でも、最初のうちは一緒に観ませんか?」
「いや、教師が生徒の家にしょっちゅう行くのは世間が許しませんよ?」
「…。はは。そうですね。そうでした。ぼくは教師でした。はい、ごめんなさい」
先生が委員長に謝ったうえに項垂れている。一回りも二回りも小さく見える。
「夕崎先生~。メガネをもう少しまともな物に買い替えるのはどうでしょうか~」
「奇抜なメガネ…目立っていますよね。メガネが単体で歩いているような印象がありますね」
「大体、オモチャなのがいけないと思うな、あたしは」
「ええ、九十九円均一だとか」
「先生も知っていたんですね」
「ええ」
「あの」
わたしは、ソッと手をあげた。
「何か案が浮かびましたか?!」
「いえ、あのっ…この計画は誰に向けてのものなのですか?」
「は?」と「はあ?!」と「え~」という三人の声が重なる。
「どなたに対するものかがわかれば、わたしからもアドバイスができるかもしれません」
今度は、三人が同時にため息を吐く。
え?え?わたしの頭の中では『?』が踊りまくっている。
「アズサのことに決まっているでしょうがっ!あんた以外の誰がいるのさ!」
「手鞠さんに渡したんですよ?負のイメージを改善する為のものだと!」
「や、あの!ごめんなさい!今までの三人の話を聞いていて親近感を抱いていたのですが…わたしのことだったのですね…」
「あんたのソレは『天然』じゃなくて『空気が読めない』!になっちゃうからね。気をつけて」
委員長の低音ボイスが怖い。悪いのは百パーセントわたしだ。
反省のない日はない。はあ。
「本当に申しわけございませんでした!」
「さあ、気を取り直していきますよ!ぼくはまず形から入るのが早いかなと思っています。『天使再生化計画』の四十九ページのここを読んでみてください」
先生はわたしたちに見えやすいように、レポートを広げてくれた。
そこには、『イモっぽい髪をカットしてイメチェン♪気分転換にもなるし人生までかわるかも?』と可愛いイラストつきで書かれてある。
「そうだね。たまにはプロにやってもらえば?」
と、委員長。
「意味なんかなくても髪って、時々切りたくなるよね~」
と、彼氏さん。
「手鞠さん。ほんの少し、毛先を揃えるだけでも違いますよ」
と、先生。
「わたしの髪って、そんなにイモっぽいですか?」
三人が大きくうなずく。よかれと思っていた髪型なのに!軽くショックだ。
お母さんの髪が肩につくかつかないかぐらいだ。
見た目だけでも近づきたくて、伸ばしてきた。
今のわたしの髪は、確かに放置し過ぎたかも。三つ編みに触れてみる。
うん、ちょっとぐらいならいいかもしれない!
「わかりました!改造して殺し屋のイメージをなくしてみせます!」
「イメチェンですよ」
先生が言う。この中で一番、嬉しそうな顔をしている。
来週の休みに、さっそく実行に移すことになった。
美容室に予約をいれて、その日は解散となった。