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そんな、夢を見るーA面ー①

 そびえ立つ、コンクリートの墓標。

 そんな言葉がしっくりとくる廃墟となった、団地にわたしたちはいる。

 止めに入るべく、声をかけても彼女たち三人、ハナ、チカ、ノブコは構うことなく進む。

 かつては、美しい花々が咲いていただろう花壇も雑草が生えたまま放置されている。玄関入り口前まできた。嫌々ながら、中に入る。

 ズラリと並ぶポストの中には、戸の部分が折れ曲がっているものもある。


 「まだ、生きているものがいたか」


 「今、誰か何か言った?」

 「わたしは、何も言っていないよ」

 「冗談はやめてよ」

 「明るい時にくればいいのに。夜にくる必要性あるのかな」

 わたしは、思わず呟く。

 「ねえ、怖いからもう帰ろうよ」

 その意見には賛成だ。

 三人は、この先に待ち受けている恐怖を知らない。

 「固まって歩ーーきゃあ!」

 「な、なんなのよぉ」

 「今、わたしに触った?!」

 ハナが震える声で聞いてくる。

 「何もしていないよ!」

 「こんな時に、そんな風に脅すのは禁止!」

 チカとノブコが口々に言う。彼女たちは、半ばパニック状態になっている。

 わたしが落ち着かせて、ここから安全な場所へと誘導しないと。

 怨霊であるミサキは、闇に潜み、強い殺意のこもった視線を向けている。

 彼女は全てのものを呪っている。

 生きる全てのものを憎んでいる。

 「呪い続けるのは、きっと苦しい」

 わたしがそんなことを言ったところで、危険は去らない。

 苦しみに思いを寄せていると、ミサキの骨ばった手がノブコの肩へと伸びる。

 しまった!!しかも、彼女は気づいていない。

 「危ないです!」

 

 「危ないのは、あんただ」

 「え!?あ、委員長。おはようございます」

 叩かれた頭をさすりながら、委員長に挨拶をする。

 そのまま、周りを見渡すと通学途中の生徒たちに一斉に目を逸らされた。

 今日もまた同じく、やってしまったようだ。委員長の彼氏さんは苦笑している。

 タロウを助けるのは後回しにしている。

 DVDの中では、まだ殺人鬼と戦っている。ハナたちもまた。

 わたしには、助け出さなければならない登場人物がいっぱいいる。

 まあ、今は現実のことを考えなくちゃいけないんだけどね。

 仮面に触れると、ホラーの世界を頭の片隅へと移動させた。


 「そういえば、アズサさ。新任に気に入られていない?」

 「そうでしょうか?」

 「うん。授業の時も呼ばれていたし、廊下でも親しげに話していたよね。嫌な感じも受けないし。うん、いいよ!」

 やけに嬉しそうに、委員長はうなずいている。

 先生とのことを委員長たちになら話してもいいよね?

 「ーー実は」

 わたしが小学四年までお隣さんだったこと。とても、優しくしてもらっていたこと。

 一度だけだけど、妹のような存在だと言ってくれたこと。

 それらを話す。

 コロコロかわる恋人たちのこと…は委員長が嫌がるだろう。

 言うのはやめた。

 「手鞠さんは、夕崎先生のことが好きなんだね~」

 「ね。そんな顔をしているよ」

 「ど、どんな顔ですか?!」

 昔は大好きだった。今だって、憧れみたいなものは抱いている。

 あの柔らかな笑顔を向けられるとドキドキする。

 態度の変化には驚いたけど、向けられる表情は昔のままだった。

 だからかな?必要以上に近づくことが怖い。

 わたしは恋をしないと決めているのだから。

 万が一にも、昔の感情が甦ってしまったらどうしよう。いや、どうもしないのだけどね?恋、しないし。

 …って、誰に言いわけしているのだろう。

 与えられた幸せが大きいほど、ソレを奪われた時の喪失感も大きい。

 空を見上げる。

 委員長は、恋人繋ぎをしていない方の手でわたしの肩を軽く叩いた。

 「気持ちいいぐらいの快晴だね」

 「はい」

 青い空を眺めていると落ち着く。

 そのことを、誰にも話したことがない。

 委員長たちをソッと見る。何故だか、二人は知っている気がした。


 「!?」

 下駄箱の中に、とても可愛い花柄の手紙が入っている。間違えた!?

 一度閉めて、下駄箱に表記されている名前を確認した。


 『手鞠アズサ』


 「わたしの下駄箱であっていますよね。うーん」

 この手紙の主が誰か他の人と間違えたのかな?

 宛先には、手鞠アズサさま、と震えているかのような文字。

 「何やってんのさ。早く行こ」

 「委員長、大変です!ラブレターをもらってしまいました!はあ、空想上の産物だと思っていました」

 「どれ?」

 委員長がラブレターを見る。

 花柄のソレを手に取ると、眉をひそめながら裏返した。

 「名前が書いてないじゃん。しかも、花柄…。性別からして怪しいんだけど。もしかして、アズサを利用しようとしていた、あいつからなんじゃないの?」

 「あの方なら、今朝、わたしの顔を見て悲鳴をあげて逃げていきました」

 「は?なんかしたの?」

 「心当たりはないです。それより!これをか、開封します!中に名前も書かれているかもしれませんから」

 

 正直な話、軽く興奮していた。

 殺し屋と呼ばれるようになってからは特に、わたしに近づこうなんて考える人はいなかったから。

悪い道への勧誘は今までもあった。純粋な行為は稀だ。

 緊張からか、手が震えてうまく開けられない。

 この手紙をくれた人もそんな想いから字が震えてしまったのだろうか?

 「アズサ、鼻息が荒いよ」

 「す、すみません」

 「あたしが開けようか?」

 「いえ!一人で確認します!」

 「変な奴からだったらどうするのさ」

 「まずは、確かめないことには動きようがありません」

 「まあ、ね」

 便箋には、ピンクのボールペンでこう書かれていた。


『この手紙を読んだら、一人で渡り廊下のところにきてください。仲間は絶対に絶対に連れてこないでください』


 後半になるにつれ、文字の震えが酷くなっていく。震えてはいるが可愛い字だ。

 名前がどこにも書かれていないから、断定はできない。

 でも、相手が誰であろうと嬉しい。

 わたしは、こういった手紙を書いたことがないし、この人のことも知らない。

 殺し屋というダークなウワサに惑わされて、憧れに似た感情を抱いてしまった可能性もある。

 ならば-…。

 「迷える子羊を助けてきます!」

 「何言って?!ちょっと!!」

 わたしは走った。

 きちんと気持ちを聞いて、内容によっては断らないと!

 ダークなウワサの誤解も一緒に解けたらいいんだけどな。


 渡り廊下には、先客がいた。

 先生の周りにいる女子たちのうちの三人だ。ヒソヒソと話ながらわたしを見ている。

 仕方ないか。

 花柄の手紙を胸に抱きながら、少し場所を移動することにした。

 それらしい人がきたら、渡り廊下に戻ればいいよね。

 これから、何かをわたしに告げてくれる人を想いながら、昨日から観ているホラー映画のことを考える。


 『唄うミサキさん』。

 それが、タイトルだ。

 生前から彼女には、普通の人にはない力があった。

 ケガを治したり、ちょっとした未来を予言したり。

 最初のうちは、周りから尊敬の眼差しを浴びていたのにな。

 だけど、団地の住人が次々と病で倒れ始めてからは状況が一変しちゃう。

 病は全て、ミサキの未知の力のせいだと言われるのだ。

 イジメを受けるシーンは、あまりの悲惨さに早送りしたくなった。

 でも、彼女が耐えているのだから、わたし一人が逃げるわけにもいかない。

 その苦痛を受け止めようと頑張った。

 ミサキには妹がいた。

 どんなに理不尽な目に遭っても、妹の存在に癒されていた。彼女の唯一の救いだった。

 なのに、悪意ある一人の住人によって…。


 「て、手鞠さん」

 上擦った声が聞こえて、顔をあげる。

 渡り廊下にいた三人が目の前に立っている。

 「……何でしょうか?」

 よく見ると、彼女たちは冒頭で命を落としてしまう登場人物に似ている気がする。

 ハナ、チカ、ノブコだ。

 …ミサキももちろん、可哀想な怨霊ではあるけども彼女たちだって亡くなっていい存在ではない。

 「その手紙のことなんだけどぉ」

 手紙?

 いえ、そんなことよりも彼女たちを救わなくてはいけない!

 わたしは、仮面に触れると臨戦態勢に入った。

 「朝から呼び出してごめんねぇ。あのね?って、やっぱりムリぃ!あんたが言ってぇ」

 「え?わたし?!…ふぅ。よし!手鞠さん、夕崎先生のことなんだけどね」

 「先生がどうかしましたか?」

 もしも、ミサキに妹だけではなく、先生みたいな恋人がいたら救われた?

 でも、待って。

 その恋人までも喪ってしまったら、彼女はますます憎しみに囚われてしまうのでは?

 わたしは、目の前の三人をジッと見つめた。

 ああ、ハナ、チカ、ノブコ!!あなたたちを今すぐ助けなくちゃ。


 チカと目が合う。

 「ひっ!わたしもパスッ」

 「えぇー、わたし?!何て言えばいいの?!」

 「さっき、練習したでしょぉ」

 「じゃあ、あなたが言えばいいじゃん」 

 ああ、そんなに騒いでいたらミサキに気づかれてしまう。

 わたしは、慌てて辺りを見渡した。

 「わたしたちでぇ、夕崎先生を守るって話したじゃない!」

 「そうだよ。何かが起きてからじゃ遅いよね!」

 「わかった!わたしに任せて!」

 ノブコがわたしを見る。

 「手鞠さん。夕崎先生に近づかないで欲しいの!絶対に絶対に近づかないで!わたしたちは一般人なの!先生も善良な一教師なの!あなたとは住む世界が違うの…です、はい。ごめんなさい!」

 一気にまくし立てて放たれた言葉は、ミサキにとっては地雷だ。


 『近づかないで』。


 この言葉を住人たちから言われ続けて行き場を失っていったのだから。

 彼女は呪いの言葉を吐いて亡くなった。

 そして、怨霊となってしまった。

 「そ、そうなのぉ。ただ、近づかないで欲しいだけなのぉ」

 「お願いします!近づかないでください!」


 ああ、そんな刺激するような言葉を連呼していたらーーー、


 「あなたたちを呪います」


 ーー、ミサキが。


 三人の顔がどんどん青ざめていく。

 と、突然、バシャッ、という音がした。

 わたしの頭から上半身がずぶ濡れ状態だ。

 前髪から水が滴り落ちて、地面を濡らす。

 許してください~、と叫びながら三人が去っていく。

 そこで、ハッとなる。

 わたしは、ホラー映画の世界と現実をごちゃ混ぜにして見ていなかった?

 どっぷりとつかって、口に出していたような気がする。

 三人の逃走姿とハナ、チカ、ノブコは今は重ならない。

 ……やってしまった。しかも、今回のはかなりヤバイ。

 「あー、ごめん。下に人がいると思わなかった」

 バケツを逆さにした状態で窓から顔を出している、男子生徒を見た。

 その人から悪意は感じられなかった。

 ボーッとしているからか、何も考えていないようにも思える。ネクタイの色からして先輩だろうか。

 「怒った?」

 「いえ、むしろ助かりました。ありがとうございます」

 「そのメガネ、スゴいね」

 「仮面です!」

 「ふーん」

 「シュ~ウ。誰と話してんの?…っひっ?!逃げるよ!」

 女子の先輩がわたしのずぶ濡れの姿を見て、ものすごい勢いで窓を閉めた。

 朝だけで二回も恐れられて、逃げられるなんて悲しい。

 あれ?そういえば、あの三人は何の用があったのだろう?

 聞けば教えてくれるかな?あの怯えっぷりじゃムリかも。

 「はあ」

 花柄の可愛い手紙も水に濡れてしまった。

 わたしが暴走している間にきていたのかな。あとでまたこよう。

 そう決めて、校内に戻ることにした。


 濡れた状態で歩く姿は、いつも以上に注目を浴びる。

 ヒソヒソ声が聞こえてくる。

 走りたいけど、それもまた変なウワサが流れる要因になりそうだ。

 うつむいて歩くのも変な気がする。

 どうやって、移動するのが正しいのかさえわからなくなってきた。

 気のせいか、手足が同時に出ているような?

 「手鞠さん?!どうしたんですか?!その格好は!」

 「あ、先生。おはようございます」

 「はい、おはようございます。じゃなくて!例の生徒にやられたのですか?」

 

 例の?

 先生から怒りのオーラがもれている。

 その背後から更にドス黒いオーラが重なった。委員長だ。

 「手紙の奴にやられたの?」

 「勝田さん、手紙とは?」

 「お二人とも、安心してください。このように濡れたことによって、助けてもらったのです。感謝しているぐらいなのです」

 「何を言っているんですか?」

 「意味がわからない」

 先生と委員長が声を揃えて、わたしに詰め寄る。

 そのことでまた、視線が集中する。

 わたしは、狼狽えることしかできなかった。

 

 その時、フワッとしたあまやかな香りがした。

 「女性の身体を冷やしてはいけませんからね」

 そう言って、先生は自身の上着をかけてくれた。女子たちの悲鳴めいたものが聞こえる。

 「そうだね。詳しく話を聞く前に着替えた方がいいよ」

 「体育がないので、ジャージがありません。貸していただけませんか?」

 「わかった。取りあえずきて」

 「ぼくもつき添いたいんですが、職員会議があるのでごめんなさい。勝田さんに任せてもいいですか?」

 「はい」

 「あ!先生…」

 「はい?何ですか?」

 「コレ、ありがとう、ございます」

 上着に軽く触れる。

 「どういたしまして」

 柔かな笑顔を向けられて、一気に耳に熱が集まるのを感じた。


 バスケ部の部室でわたしは着替えていた。

 ドアの向こうでは委員長が見張りをしてくれている。

 渡り廊下であったことを覚えている範囲で話す。

 アホマヌケ、と言われるもその声に悪意は感じられない。むしろ、心配をかけてしまっていることがわかる。

 「と、言うわけで水を被ったおかげで現実に戻ることができたのです」

 「アズサがホラー映画にこだわる理由は知っているけど、もう観ない方がいいよ」

 「それでは誰一人として助けられません!」

 「周りに迷惑かけているし、それに…」

 言葉が途切れる。

 少しの間、静かになる。

 「何より、アズサ自身が助かっていない」

 「?」

 言っている意味がわからなくて、首をひねる。

 「あんたのソレはもう、強迫観念だよ。悪影響しか受けていない」

 「悪影響だなんてそんな!小さな頃から慣れ親しんできただけですよ」



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