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そして、始まるーB面ー④

 「映画の中で赤いメガネ…、いいえ、仮面をつけた夫婦が愛を囁き合わないと呪われてクルクル回り続ける!--そんな、ホラー映画でした」

 「結局はホラーなのか!」

 「ただのホラー映画じゃありません。ピュアラブホラー映画です!恋愛がテーマなのですよ!ソレを全面に押し出した新しい試みです」

 知らんよ。

 「ただ、問題が一つありました。彼らは仮面夫婦なのです。だから、お互いに愛を語るシーンが見事なまでに棒読みなのです」

 「…仮面夫婦…」

 「はい。まるで、ロボットのようでした。でも、最後には真の愛とは何かを見つけるのです!」

 「…そうか。良かったな」

 「はい!感動しました!三人ほど、死者がでましたけど」

 おれが思っている以上に、アズサはホラー映画に毒されているとみた。

 腕時計を見ると、休み時間が終わりそうだった。

 「長く話して悪かった。もう戻っていいぞ」

 「あ、はい。失礼します」

 仮面の件の責任がおれにもあるなんてな。今からでも何かできないだろうか。

 また、腕時計を無意識に見てしまった。ため息が出る。悪い思い出といい思い出の両方が詰め込まれている。バンドの部分をなぞる。

 アズサと再会してまだ二日。離れていた間の溝を埋めるには時間がかかるかもな。

 「はあぁー」

 ずっと、アズサのことばかり考えている気がする。


 放課後、おれは階段の踊り場でアズサの姿を見つけた。声をかけようとして動くのをやめた。

 もう一人、男子生徒がいる。そのことに気づき、思わず隠れてしまった。教師なんだから堂々としていればいいのにな。今更、出るに出られず、コソコソと様子をうかがう。

 「手鞠が必要なんだ!」

 おお。告白か?!こんなところでだなんて大胆だな。

 「何度こられても答えはかわりません。ムリです」

 おお。あっさりと振った。これまたスゴいな。

 「気持ちがかわるまで待つから!」

 なかなか、根性のある男だ。諦めない。それに対してアズサは-…。

 「何を言われても答えはかわりません。では」

 一刀両断だ。つけ入る隙すら与えない。

 「諦めないからな!手鞠!」


 死角に隠れていた、おれにアズサがぶつかる。

 「ごめんなさい!って先生!?いつからそこに?」

 「ほんの少し前ですよ。ははは」

 二人きりではないので、丁寧語で話す。ただ、隠れて見ていた負い目から挙動不審になっているかもしれない。

 「スゴいですね。告白されるなんて!彼は諦めていないみたいですし、どうするんですか?」

 「どうもしません。放置です」

 「え!?それは酷くないですか?」

 「わたしを利用するだけ利用して、いざとなったら責任をなすりつけるのですよ?前にも似たような目に遇いました」

 ん?何だか話が噛み合わないぞ?そして、また赤いメガネに触れている。

 「殺し屋とか勝手に呼ばれて、ソレによる変なウワサも一緒に流れています。さっきの方はわたしを勧誘していたのです。わたしがいれば、バックに手鞠がいるぞ、って脅しになりますから」

 「え。じゃあ、さっきのは…」

 「告白なんかじゃありません。悪事を一緒にしようぜ、という誘いです。ふふ」

 アズサは、乾いた笑い声をもらす。何も言えない。

 あまりにも可哀想過ぎて軽く泣きそうだ。

 「あ、でも、悪いことばかりじゃないですよ!この仮面をほめてくださった、お笑い同好会の方々がいました。お笑い界の頂点を目指さないかって言われたのです」

 嬉しそうに笑う。

 「…っ」

 その顔が昔の、天使だった頃の面影と重なる。

 「先生?」

 「…反則だろ」

 「え?」

 赤いメガネを外した状態で、また今のと同じ笑顔を見せて欲しい。そんな感情が沸いてくる。手を伸ばす。ゆっくりと、あと数センチ。

 「いた!アズサ、大丈夫?!ソラくん、こっち!」

 突然の大きな声に手を引っ込める。

 今、おれは何をしようとしていた?何を考えていた?無性に恥ずかしくなってきた。おれは、アズサから距離をとる。

 「手鞠さん、何かされなかった~」

 勝田と、…舎弟が息を切らせながらやってきた。二人はおれを一瞬だけ見る。

だが、すぐにアズサへと意識は切り替えられたようだった。

 「あんたが呼び出されたって聞いた時は焦ったよ。酷いこととかされていない?」

 「はい、大丈夫です!キッパリと断りました」

 「でもね、手鞠さん。彼はいいウワサを聞かないし、心配だよ~」

 「ヘビみたいにしつこいらしいしね。今日はあたしたちと帰ろう」

 「でも、委員長たちの邪魔になってしまうじゃないですか」

 「変な気を遣わない!あたしたちは部活も休むよ」

 え。さっきの生徒はそんなに要注意人物なのか?傍観者として聞き流そうとしていたけど、口を挟むべきか?

 勝田と目が合う。

 「先生、ちょっと」

 「はい?」

 勝田がおれにだけ聞こえるように耳打ちする。相槌をうちながら、先程の生徒のことを真剣に聞く。

 アズサは舎弟と話していて、おれのことは見ていない。良かった。今、おれは教師らしからぬ顔をしているだろうから。

 「…それは本当ですか?」

 「はい。被害に遭って泣き寝入りした人を知っています。そんな男に彼女は目をつけられてしまっています。先生の方でも注意して見ていてくれませんか?」

 「教師として最善を尽くします」

 そんな奴、兄貴分としてぶちのめしてやる。建前と本音が一緒に巡った。


 職員室で生徒たちに提出させた、今日の実験レポートに目を通していた。アズサの名前を見つけるのと同時に、さっきの勝田が言っていたことが浮かぶ。

 『あの男はありもしないことでもでっちあげて、お金をせびります。自主退学にまで追い込まれた人たちだっています。ただ、ウワサの域を越えないのは周りが関わりたくないと思っているからなんです』

 現実離れした、アズサのウワサより質が悪すぎる。

 証拠さえ掴めれば、職員会議でどうにかできるんだがな。どうやって接触するか。

 うなりながら考えていたところで、ある一文に目が止まる。

 『重曹は身近で手に入れることができると聞きました。ソレを使えば、カルメラのように人間の身体も膨らみますか?』

 机に頭を思いきりぶつけてしまった。何をアホなことを書いているんだ、アズサは!!どうせ、タロウのことでも考えていたんだろうよ。

 おれは、赤ペンで書きなぐる。

 『あくまでも生地を膨らませるものであり、人間には適用されません。ちゃんと勉強をするようにしてください』

 肩で息をしながら、気持ちを落ち着かせる。


 その時、視界の端に女子生徒が映った。どこか怯えているようにも見える。職員室に用事があるのは確かだろう。しかし、中に入ろうともしない。

 他の教師も気にしていないようだ。仕方ないか。おれは、笑顔を作ると女子生徒に近づいた。

 「どうしたんですか?」

 「ゆ、夕崎先生!あの、わたし…先生に話があって」

 「ぼくに?何ですか?」

 「その…。ここだとちょっと…。あの!ついてきて…欲しい、です。ダメですか?」

 彼女の声が段々と小さくなっていく。どうするかな。少しだけ考えてうなずいた。

 「わかりました」


 うーん。まさか、外だとはな。人気のないそこは、いわゆる校舎裏だ。

 フェンスの向こう側は、木々が生い茂っている。女子生徒は、どこか落ち着かない様子で辺りを見回している。教師の顔として作っている、言動は正直、疲れる。

 そろそろ、限界なんだよなー。まあ、にこやかにしていれば評判はいいし、人間関係もスムーズにいくのだから仕方ないか。

 なんて、どうでもいいことを考えている間も彼女は話そうともしない。レポートも途中だし、職員室に戻りたいんだけどな。

 「夕崎先生!」

 「え」

 突然、抱きつかれた。

 ん?近くの木の陰から微かな音が聴こえたような?

 「先生、ごめんなさい!」

 「どういう意味ですか?」

 「こういう意味だよ、せんせ」

 からかうような声と共にフェンスを越えて出てきたのは、踊り場でアズサに話しかけていた奴だった。

 デジカメをちらつかせ、嫌な笑みを浮かべている。さっきの音は、デジカメによるものか?

 「コレ、抱き合っているようにしか見えないよなー。現役教師が生徒に手を出した。そんな風にネットに載せたらどうなるだろう?」

 「…ぼくにどうしろと言うんですか?」

 「簡単なことだよ。おれが満足するまで、ちょーっとお小遣いちょうだい」

 「あなた何を言っているの!」

 「おまえは黙っていろ!」

 ドスの効いた声に女子生徒は怯む。

 「夕崎先生…ごめんなさい。先生への恋心を利用されて、わたし…わたしっ」

 「それ以上、しゃべるとおまえの顔も写っているやつを載せるぞ!あー、ソレもいいかもな」

 「っそんな」

 女子生徒は泣き出す。男子生徒はそれすらも楽しんでいるようだった。本当に質が悪いな。

 「こんなことをして許されると思っているんですか?」

 「言葉には注意しな、せんせ。今、ここで拡散してもいいんだけど、どうするよ?」

 デジカメを揺らし、挑発的に笑っている。

 「わかりました。職員室からもってきます」

 「話のわかるいいせんせだね。あんたが逃げないように、この女はここに残ってもらう。まあ、証拠があるんだから逃げらんないだろうけど」

 「…夕崎先生」

 「大丈夫ですよ」

 おれは女子生徒に笑顔を向けた。


 アズサをあんな奴の好きにはさせない。あの女子生徒も含め、早めに手を打つ必要があるな。

 足早に職員室に戻り、サイフを手に取った。

 「一応、コレももっていくか」

 ヘビのようにしつこい。そう勝田が言っていた。おれが今、ここで何とかしないとあいつはこんなことを繰り返すだろう。

 アズサのウワサのように放置して済む問題じゃないしな。

 「……」

 いや、アズサのはアズサで放置できないな。

 さて、どうするか。


 元の場所には、不安げにおれを見つめる女子生徒とニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているあいつがいる。二人にゆっくりと近づいた。

 「手持ちはコレしかありません」

 五百円玉を渡す。

 「バカにしてんのかっ!」

 地面に叩きつけられる、五百円玉。まあ、怒るだろうな、とは思った。

 「明日には、希望額を渡します。だから、それまで待ってください。お願いします」

 「へぇ?ま、おれは優しいからな。わかった。明日、またこの額を用意して同じ場所にこいよ」

 奴が希望してきた額は、小遣いと呼ぶには高すぎる。とことん性根が腐っているな。データがある余裕からだろうな。奴は最後まで嫌な笑みを崩さずに去って行った。

 ムカつくな、クソっ!

 「っ、先生!わたしっ、わたしのせいでごめんなさい!脅されて無理矢理、協力させられて…。でも、怖くても、こんなこと断るべきだったのに」

 女子生徒は泣き出す。

 「落ち着いてください。ぼくは大丈夫ですから、ね?今日は、あなたも気をつけて帰りなさい」

 「…夕崎先生。わたし、本気で先生のことを…。なんて、そんなことを言う資格なんてないですよね。本当にごめんなさい!さようなら!」

 走り去って行く姿をジッと見る。

 「さて、と」

 ここからが、ようやく本番だ。おれは、ゆっくりと歩き出した。


 「今までで一番チョロかったな」

 「顔がいいだけで、女に呼ばれてノコノコついていくようなバカだし?」

 「暫くは金に困らないな」

 「飽きたら拡散してバイバイだね。遊んであげてもいいけど?タイプじゃないし?」

 「はっ、それより恋心って何だよ。他にも言葉あっただろうが」

 「あんたこそ、よくもエラソーに命令してくれたわね。ムカついて思わず素が出そうになったじゃん」

 「悪ぃ悪ぃ。ま、おまえが騙して誘って、おれが証拠を作って脅す。金も手に入るし最高の遊びだな」

 「シャレにならないですけどね」

 「は?そこがスリルがあって面白いんじゃんか」

 「そのうち、痛い目に遇いますよ」

 「はあぁ!?何を今更いい子ぶっているんだよ。てか何だよ、その言葉づか……いっ?!」

 驚く二人に最上級の笑顔を向けてやる。おれを呼び出した、女子生徒の頬がひきつっている。

 「なっ、何でここにいるのよ!」

 「普通にあなたのあとをつけただけですよ?いやー、校舎内で助かりました」

 最初から、彼女のことは怪しんでいた。大人しいタイプを演じきったつもりでいたのだろう。

 甘いな。不釣り合いなぐらいに香水がキツいんだよ。あと、泣きマネ下手。


 「きみたちの会話はコレで録音しました。どうします?」

 ボイスレコーダーを掲げて揺らす。普段は自分の考えをまとめる為に使っているものだ。こんなところで役に立つとは思っていなかった。

 「こ、こっちにも証拠があるのを忘れたのか?」

 「はは。ぼくの切り札がコレだけだと思いますか?」

 まあ、コレだけだけど。

 「どうせ、ハッタリだ」

 「そ、そうよ!他の切り札があるなら見せてみなさいよ!」

 チッ。ダメだったか。

 その時、窓の開く音がした。おれたちは、同時にそちらを見る。

 カーテンが揺らいでいる。その隙間から男子生徒の姿が現れる。ボーッと立っているからか、マネキンのように見える。

 怖っ!!

 「い、いつからそこにいたの!?」

 「せんせ、あんたの差し金か!」

 いや、知らん。誰だ、こいつ。ネクタイの色からして三年生か。

 「その手に持っているのはスマホ!?」

 「切り札ってこのことか?」

 何か知らんが都合がいいので、ただ笑顔を作ってみせた。

 「さあ、どうしますか?ああ、それからきみたち、手鞠さんからも手を引いてくださいね」

 「何でここで手鞠の名前が…まさか!?」

 二人が青ざめていく。これは、勝手に想像を膨らませているな。よしよし、いい調子だ。

 「わかった。データは消す!!何ならデジカメごとやる」

 「ちょっと!」

 「よく考えてみろ。こいつらは、手鞠の手先だ。おれの誘いに嫌気がさして実力行使に出たんだ!」

 「どういうこと?」

 「よく考えてみたらおかしな点はあったんだ。おれに証拠を握られているのに妙に落ち着いていたし。それは、バックに手鞠がいたからなんだ。抹消しようとしているからなんだ。こいつは、そのスマホでおれたちを無事、抹消できたかどうかの証拠を写す為のもの…」

 は?いやいや。

 「っ?!先生というのは仮の姿。わたしたちが夕崎に目をつけているのを知って、ちょうどいいから始末するように命令された暗殺者……そんなっ。前に黒塗りの車が学校前を通っていったけど、アレに手鞠と夕崎が乗っていたのね」

 いや、だから待て。想像力がたくまし過ぎるだろうが。大体、おれはチャリ通だ。  

 慌てて逃げ出す二人。


 手渡されたデジカメと彼らの背中をボンヤリと見る。

 まあ、結果的にはいいか。いや、いいのか!?アズサのダークなイメージが強まっただけなんじゃ…。

 「ようやく、静かになった」

 まだ、ボーッと突っ立ったままの男子生徒がポツリと呟く。

 「あの、きみは?」

 「三年A組のシュウ。ところで、今、何時?ここ電波悪過ぎ。スマホの充電なくなるし」

 「はあ。下校の時刻は過ぎていますね」

 「ふーん。もう、そんな時間なんだ。あ、おれ、面倒なことが嫌いだからもう巻き込まないで」

 カラカラと音を立てて窓が閉まる。


 夕崎セイジ、二十七歳。

 一人静かになった場所に立ちながら秘かに決意する。

 アズサにクリーンなイメージをもたせてやる、と。

 あとな、巻き込んだつもりはないっ!

 ただの教師生活が色づき、新たな始まりを感じずにはいられなかった。

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