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そして、雨の日にーA面ー②

 「キクナみたくなりたいです。彼みたいな考えはもてません。若さ故の過ちだから仕方ないって、許せてしまうのなんかムリです」

 「若いうちに失敗を重ねて経験をつむのも人生かもな。まあ、大人なっても失敗と後悔はするんだけどな」


 先生はため息混じりに言う。


 「先生もそうなのですか?」


 わたしの質問に苦しそうに眉を寄せる。

 まただ。昨日から同じ表情を何度もしている。


 「おれは何も知らなかった。無知もまた罪だ。それが過ちなんだろうな」


 何のことだろう?深く聞いてもいいのかな?でも、バケツ先輩のこともある。

 あの時は、踏み込み過ぎちゃったもんな。

 あれこれ悩んでいるうちに、先生は作業に戻ってしまった。

 完全にタイミングを逃してしまったよ。

 わたしは窓へと視線を向けた。そして、仮面に触れた。


 午後の授業は自習だった。

 自習用の課題プリントは一向に進まない。わたしは、ため息を吐いた。

 本当はカタルの罪を責める前に、わたしが責められるべきなのだ。

 『悲しみの地獄案内人』はお母さんとお父さんがいなくなってから初めて一人で観た映画だ。

 ツキイチさんは鉈で罪を裁く殺人鬼で、ネットの中では断罪者と呼ばれる存在だ。

 些細なことから重大なことまで、彼は裁く。

 何を罪とするかは、ツキイチさん次第だ。

 彼の中に罪の軽い重いはない。言い方は悪いけど、平等に裁きにくる。


 「わたしの罪はー…」


 ホラーの世界で生きる登場人物たちをハッピーエンドにできないこと?

 それだけじゃない。

 委員長には、新作ホラーなんか次から次へと出てくるんだから終わりなんかないよ、と言われた。確かに、その通りだ。

 その間は恋なんかしている時間ももったいないと思っている。

 ううん。違う。怖いんだ。

 ホラー映画に出てくる恋人たちは、悲惨な目に遭うことが多い。

 今以上に失うことが怖い。

 先生がいる『今』を失うかもしれない。

 そう思うと、恋が怖い。わたしにはムリだ。


 昔、お母さんとお父さんと一緒にホラー映画を観ていた。

 その時にお母さんが言っていた。


 『自分が危険な状態になっても、仲間を助けられるような人間がいい人だし好きなの』


 お父さんもこう言っていた。


 『いい子にしていたらいいことがあるよ』


 そんな二人が帰ってこないということは、わたしが『いい人』じゃないからだろう。

 ツキイチさんがわたしの前に現れたら、わたしは鉈を降り下ろされる側の人間なのだろうな。

 断罪されるべき人間のわたし…。へこんできた。

 お母さんの言葉の通りにホラー映画の世界で、仲間を助けられるようないい人になりたい。

 それもあって、わたしを登場人物の一人として考えてきた。

 その世界でうまくいけば現実の世界でもうまくいく。

 実際に、初めてホラー映画の世界で全員をハッピーエンドにできた次の日、委員長たちがつき合い始めた。

 わたしはその時に思った。ホラー映画の世界の幸せと現実の世界はリンクしている、と。


 「頑張らないと」


 自習課題を終わらせると、ホラーの世界へと意識を沈めていった。


 今日はあまり先生と話すことができなかった。目もあまり合わなかった。

 今までの生活に先生がずっといたわけじゃない。

 それなのに、ずっと近くで接していたような感覚があったから、堪えていたりする。

 それだけ、先生の存在がいつの間に大きくなっているのかもしれない。

 そんな中でまた、わたしの前からいなくなってしまったら?一気に不安が広がっていく。

 仮面に触れて深呼吸を繰り返す。


 「大丈夫、大丈夫だから」


 早く家に帰ってホラー映画を観よう。観なくちゃいけない。

 一人でも多くを助けないと!

 ハッピーエンドに導くものとして、頑張らないといけない。

 リュックを背負うと足早に教室から出た。


 「ただいま帰りました」


 室内からの反応がない。

 昨日までなら『あの人』が満面の笑みで迎えてくれたのに、何で?

 聞こえなかったのかな?


 「あのっ!帰りました!」


 少し大きめの声を出す。だけど、やっぱり反応がない。

 胸騒ぎがする。一つの考えにしか答えが行き着かない。

 身体が小さくだけど震えてきた。

 もしかして、北海道に帰ってしまったの?

 『あの人』が何も言わずに帰ることなんて、今まで一度もなかった。

 去年なんて、わたしが説得するまで帰ろうとしなかった人だよ?

 足が玄関にくっついてしまったようだ。

 立ちっぱなし状態のわたしの耳に雨の音が入ってくる。

 雨は魔物を連れている。わたしの大切な人を奪おうとしている。

 耳を塞ぎたい。でも、身体の動かし方がわからない。


 「大丈夫。大丈夫だから」


 乱れていく呼吸を整えながら、少しずつ手足を動かしていく。

 時間をかけて靴を脱いでゆっくりと座る。


 「ちゃんと帰ってくる。大丈夫」


 お母さんは買い物に行くと言ったままいなくなってしまった。

 違う!『あの人』はお母さんじゃない。


 「『あの人』は帰ってくる。大丈夫」


 お父さんはお母さんのあとを追うようにいなくなってしまった。

 だから違うってば!!こんなことを考えたいわけじゃない!

 わたしは仮面に触れた。そして、思いっきり強く掴んだ。

 仮面が歪んでしまおうが構わない。

 それで状況がよくなるなら、仮面が壊れてもいい。


 どのぐらいの時間が経ったのだろうか。

 三十分?二時間?もっと?時間の感覚がなくなっていた。

 部屋まで行くのに、時間がかかったのだけは覚えている。

 画面の向こうではタロウが叫び声をあげている。

 ほぼ同時に頭の中でも彼は死んでしまった。また、救えなかった。


 「もう一度」


 DVDを一時停止させる。まぶたを閉じて集中する。

 救いたいのは『脱出不可能』のタロウだ。閉じていたまぶたを開けた。

 画面越しにタロウがわたしを見ている。

 『助けてくれ』と言っている。

 わたしは強く強く思う。彼を救えたら『あの人』は帰ってくる、と。

 本当は客間を確認した方が早いのはわかっている。

 『あの人』が利用している部屋がそこだから。でも、荷物がなければ…。

 そのことを知るのが怖かった。

 だって、ただ帰っただけじゃなかったら?

 わたしが『いい人』じゃないからいなくなってしまったのだとしたら?

 それを突きつけられのは怖い。もう嫌だ。

 さっきから、悪いイメージばかりがグルグルと巡る。


 「一人は嫌」


 わたしの呟きを雨音が吸い込む。雨なんて嫌い。大嫌い。


 玄関のドアが開く音がする。わたしは顔全体を擦る。


 「あー、もう最悪よ!スカートの裾が濡れちゃったじゃない!あの車、許せない!」

 「スミレさんのロングスカート素敵だよね」

 「でしょー!一目惚れの衝動買いよ!だからこそ、許せないわ。こちとらナンバー覚えてやったんだ。首洗って待ってろよ」

 「捕まらない程度にね」


 委員長と『あの人』の声がする。


 「…やっぱり…」


 リンクしているのだ。

 わたしは、さっきようやくタロウを救えた。

 彼を救えたから…いい人に少しでも近づけたから、現実世界が良くなった。

 帰ってきてくれたんだ。


 ーーーーバンッ。


 部屋を勢いよく飛び出た。二人は驚いた顔をしている。

 さっき、拭ったし涙のあともないはずなんだけど、おかしなところがあったかな。


 「おかえりなさい!」


 わたしは、うまく笑えているかな?

 あまり、自信がないな。

 二人は一瞬息を飲んだようだけど、すぐに笑顔になった。


 「あら、アズサ!ただいま。書き置きは見てくれたかしら?」

 「書き置き」

 

 おうむ返しに呟く。


 「そう。夕食の肉が足りなかったから買い出しに行っていたのよ。ごめんなさいね、帰るのが遅くなって」

 「あ、いえ!大丈夫です!でも、何故、委員長まで?」

 「あたしは偶然、会ってさ。つき添い」


 委員長がスーパーの袋を持ち上げる。


 「力仕事はわたしの分野だって言ったのよ?ムリに持たせたわけじゃないからね!嫌いにならないでね、アズサ」

 「あ、はい」


 自然に接してくれているのがわかる。わたしはそのことに甘えた。

 仮面に触れると、少し?いや、かなり歪んでいた。


 「そうだ!セツも食べていきなさいよ」

 「……………え」


 委員長が固まる。

 わかる。わかりますよ、その気持ち!

 彼女もまた『あの人』の料理の被害者だ。ううん。料理と呼べるか疑問だらけだ。


 「夕食は何なのですか?」

 「焼き肉よ。やっぱり、比率は十:一で肉が多くなきゃね!」


 わたしたちは黙る。

 頭がよくなくても、その比率が間違っていることはわかる。

 赤点をとっても生きていけるという持論をもっている人。

 確かに、その主張通り『あの人』は社会できちんと過ごせている。

 ただ、本人が気づいていないだけで恥はかいているのかもしれない。わたしも気をつけなくちゃ。


 「ほら!二人とも、肉を食べなさい!肉を」


 器にはもうすでに肉が山盛りだ。タレが見えないぐらいだ。

 委員長のもまた、スゴいことになっている。

 野菜は鉄板の上で肩身が狭そうにしている。ギリギリ存在している感じだ。

 いい感じに焼けてきた玉ねぎが食べたい。

 箸を伸ばす。


 「ほらほら!肉」

 

 ああ!さらに追加される肉。玉ねぎは端に寄せられてしまった。

 野菜がとてつもなく恋しい。


 「そういえば、リビングにDVDがあったんだけど、スミレさんも映画とか観るんだね」

 「あー、それね。昨日、アズサと一緒に観たのよ。一緒にね!」


 『あの人』がウットリとしている隙にわたしたちは、それぞれ野菜をゲットする。

 玉ねぎがとても美味しい。

 

 「アズサと一緒にってことはホラー?」

 「違うわ。カタルって野郎が友情を踏み台にして自分だけが栄光を手にする胸糞映画だ。最低な野郎だぜ。キクナって奴も奥歯の二、三本へし折っちまえばいいのによ」

 「スミレさん…地が出ているよ?」

 「あら、やだー。ごめんなさいね」

 「で。実際はどんな映画だったのさ」

 

 委員長がわたしに聞いてくる。


 「主人公が友達を裏切るのですが、何の制裁も報復もなく生存するという映画でした」

「二人に聞いたあたしが間違いだった」


 委員長が深いため息を吐く。わたしと『あの人』は顔を見合わせた。ほぼ同時に首をかしげる。


 「あー、ほら!肉が焦げちゃうわ!」


 それからは地獄の肉祭りだった。


 「肉よ肉ーっっ!!」


 『あの人』の声が遠くに聞こえる。


 雨の音を聞く余裕はできてきた。

 委員長が帰ってから、わたしは一人で『駆ける青』を観ていた。

 今はエンドロールが流れている。

 そうか。この胸に抱いている感情が感想というのか。

 停止ボタンを押した。

 それから、引き出しからノートとシャープペンシルを取り出す。


 『思い出として語るには近すぎて。今として語るには曖昧過ぎて。ぼくは悪い夢の中を歩いているのだ。いつか白い光が空から降り注ぎ晴れてゆく。そう信じて。でも、今はこのままで』

 

 カタルの最後のセリフだ。それをノートに書いていく。

 キクナに許されても彼自身が自分を責めている。

 それがわかるセリフだと思う。これには、共感ができる。

 わたしもカタルも本当の意味で許された時に、世界がかわるのだと思う。

 ホラー映画以外でわたしが何かを感じ、気持ちを主張するなんて不思議な感覚だ。

 慣れないから戸惑ってしまう。


 「これでよし」


 ノートを見る。

 そこに書いたカタルのセリフを、何度も声に出してから眠ることにした。


 家族でホラー映画を観ている。いつのことだろう。

 そう考えて、コレが夢だと気づく。


 『わたしはね、言葉遣いが丁寧な人が好きなの』

 お母さんが言う。


 わたしはその日から丁寧語にかえた。

 そうすれば、お母さんは喜んでくれると思ったから。


 『ホラー映画って人が無意味に死ぬから嫌いなの』

 お母さんが再び言う。


 誰も死なないホラー映画にする。全員が助かるラストにしてみせる。

 わたしはお母さんにそう言った。


 『もし、ソレができたならば好きになるかもね』


 わたしのことを?それとも、ホラー映画のことを?その答えをもらっていない。

 お母さんの為にホラー映画を観る。

 そして、ハッピーエンドにすることを誓う。

 いい人になるの。いい人になれたら、現実でもいいことがあるよね?

 わたしにとってのいいことは、お母さんとお父さんが帰ってくることだ。 

 夢の輪郭がぼやけていく。 

 その一瞬に先生の顔が浮かぶ。わたしに笑顔を向けてくれている。

 頑張るから。そう強く思った。

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