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そして、雨の日にーA面ー①

 朝、わたしは天気予報を見ていた。

 今日は一日、雨だという。

 お天気お姉さんがレインコートを身につけている。

 傘を片手に『強風にも注意してください』と言っている。

 何だか不安だな。仮面に触れた。

 とうとう、今年も雨の季節がやってきた。今度は深呼吸をする。

 仮面を身につけるようになってからも雨の日はあった。

 その度にちゃんと乗り越えてきたじゃないか。

 何がそんなに不安なの?わたしは自問する。

 先生がまたいなくなってしまうこと?

 委員長たちがいなくなってしまうこと?

 北海道からわざわざきてくれた『あの人』のこと?

 お母さんとお父さんがこのまま帰ってこないかもしれないこと?

 それらすべてのことが不安なのだ。


「大丈夫。わたしはまだ大丈夫」


 固く目をつむって、唇を噛みしめる。


 ホラー映画の世界で一番怖いのは、殺人鬼でもモンスターでも怨霊でもない。

 ドシャ降りの雨そのものだと思う。とても怖い。

 映画の中で雨の中を登場人物たちが走り回る。

 そして、一人また一人といなくなっていく。

 小学生の頃、最初に先生がわたしの前からいなくなった。次の日にはお母さん。

 その次の日にはお父さん。

 わたしにとって大切な人たちが三人も立て続けにいなくなってしまった。

 ドシャ降りの雨の日だった。

 いつになっても、雨のシーンはまっすぐに見られない。魔物がその中に潜んでいて大切なものを奪っていく。

 そう思うから…。

 カタカタと小刻みに震える身体をギュッと抱きしめた。


 「大丈夫。わたしは大丈夫」


 仮面もある。そのおかげなのか先生も戻ってきた。委員長たちもいる。

 きっと、お母さんもお父さんも帰ってきてくれる。


 「アズサ?もう家を出ないといけないんじゃない?」


 あの人の声で我に返る。テレビは今日の占いコーナーになっていた。


 傘立てにはスミレ色の傘がある。

 ソレは去年、委員長がわたしの誕生日にプレゼントしてくれたものだ。

 その横には小さなウサギ柄がプリントされた傘もある。お母さんのものだ。

 わたしは何度かお母さんの傘の柄の部分を撫でた。


 「無事に帰ってきますように」


 背後に気配を感じて振り返る。

 『あの人』が笑顔を浮かべて立っていた。

 

 「今度、ウサギのイラストが描かれた傘を二人で買いに行かない?そして、お揃いにするの!すっごくいい考えだと思わない?」

 「はあ」


 間の抜けた返事になってしまった。

 でも、『あの人』は気にしていないようだ。

 『どこに行こうかしら?』とか『二人でだなんてデートみたい、キャ』とかはしゃいでいる。


 「あの、行ってきますね」

 「ええ、気をつけてね。先生という生き物に気を許してはダメよ。特に夕崎先生とか夕崎とか……とにかく、あの野郎には気をつけろよな!」


 …く、口調が…。


 「…はい。気をつけます」

 と、答えないといつまでも学校に行かせてもらえない気がする。


 わたしの答えに満足したのか『よしよし』と笑顔でうなずいている。

 玄関のドアを開けた。その瞬間、雨特有の匂いがした。

 早くも挫けてしまいそうになる気持ちを奮い立たせる。

 ソッと仮面に触れる。


 「大丈夫」

 小さく呟くと、一歩を踏み出した。


 いつもの待ち合わせ場所に委員長たちが立っている。

 それだけのことなのに、スゴく貴重に思える。ちゃんと、わたしの世界に存在しているんだなー。


 「おはようございます」

 「おはよ」

 「おはよ~。じゃあ、行こうか~」


 うんうん。この流れもいつもとかわらない。

 わたしは『今を』壊さないように、笑顔を作った。


 「そういえば、昨日はどうだったのさ」

 「途中から先生の様子がおかしかったのです。多分ですが、『あの人』の地を見てしまったのだと思います」

 「スミレさんの個性爆発か!強烈だもんね」

 「何だか先生に対して敵対心をもっているみたいですし」

 「そりゃあ、いい雰囲気の異性を目の当たりにしたらねー」

 「先生は先生ですよ?」

 「…大変だね。夕崎先生もさ」


 家庭訪問が終わり、先生が帰ったあとも『あの人』はどこかイライラしていた。

 『タイマン』だとか喚かなかっただけ、去年よりかはマシか。

 先生もどこかへんだった。

 帰る時に、何か言いたそうにしていたのが気になる。気のせいかもしれないけど。

 委員長がたまに見せるソレと似たようなものを感じた。


 「アズサは今日のお昼はどうするのさ」

 「化学準備室に行きます」

 「へー、ほー」


 これは、明らかにからかおうとしている顔だ!


 「委員長たち、お二人だけで過ごして欲しいからです!それだけですから!」


 本当にそれだけのはずなのに、顔が熱くなってくる。

 何だか妙に恥ずかしくなってきた。


 「そういうことにしておいてあげる。ね、ソラくん」

 「うん。手鞠さん、ありがと~。二人きりの昼休みが楽しみだね、セツちゃん」

 「は?!ソラくんは何を言っているのかな?!」

 「あはは~」

 「笑い事じゃなくてさ!」


 委員長の傘が彼女の顔を隠してしまう。

 微かに揺れている傘からは、表情は見えない。

 でもきっと、彼女の顔は真っ赤になっているのだろうな。可愛い人だ。


 わたしはさっきから先生の方ばかりを見ている。

 小テストを作成しているのだという。

 職員室より化学準備室の方がはかどるらしい。

 『見るなよ』と言われたきり、会話がない。

 小テストを見るなんて不正はしないのにな。

 この部屋に入ってから、一度もちゃんと目が合っていない。どうして?避けられている?

 握りしめていた手が鬱血し始めている。

 力を弱めると痺れてきた。

 わたしはドアの近くにイスをもっていき、座っている。

 対して、先生は窓際で作業をしている。

 離れたこの場所。

 それが今の先生とわたしの心の距離のような気がした。

 いや、もっと遠くにさえ感じる。こうしていても仕方ないか。

 膝の上にお弁当箱を置いて、フタを開けた。

 ミートボールのみの中身に暫し、固まる。


 「……」


 『あの人』が作ってくれたのだから、覚悟はできていたはずなんだけどね、うん。


 「スミレさんってスゴいよな」


 先生の声に箸を止めて、顔をあげた。

 わたしのことは見ていないけど、声をかけてくれたことが嬉しい。


 「まあ、個性的ではありますよね。わたしは得体が知れないところが少し怖いのですが、悪い人ではありませんよ」

 「ああ。なあ、アズサ。おれに言いたいこととかないか?」

 「?いえ、特にありません」

 「……そうか」


 声色が何だか寂しそう。『あの人』に何か言われたのだろうか。脅されたとか?あり得る。

 歴代の担任の先生たちの顔が浮かぶ。

 前科がいくつもあるし…。

 それも何か違うような?

 先生こそわたしに何か言いたいのでは?


 『おれに言いたいこととかないか?』

 

 なんて。おかしな質問だ。


 「どうかしたのですか?」

 「…。正直、おれはどうしたらいいんだかわからない」


 わたしに、というよりかは独り言に近い。

 窓の外では雨が激しく降っている。ねえ、先生。こっちを見て。

 このままいなくなってしまうのではないか?

 そんな漠然とした感情が心の中で大きく膨らんでいく。雨が助長させているんだ。

 仮面に触れ、深呼吸もする。


 「それでも、おれはここにいる」

 「え?!」


 不安を見透かされていたの?!


 「できるだけここにいるようにするから、いつでもこいよ」

 「…っ」


 見透かされていたわけではない。

 でも、タイミングばっちりの先生の言葉に気持ちが落ち着いていく。

 下手したら泣いてしまいそうなぐらいだ。

 雨のせいで心が弱くなっているんだ。

 これでは、乗り切れない。ダメだ、ダメだ。

 先生は何気なく言ったのかもしれない。

 だけど、わたしはその言葉が欲しかった。

 ずっとずっと、誰かに…ううん、大切な人に言って欲しかった。

 こんなわたしの側にでも『いる』のだと思いたかった。

 その事実に安心したかった。


 「はい!ありがとうございます!毎日通います!」

 「休みの日まではくるなよ。さすがにいないから」


 勢いよく返事をし過ぎて危うくお弁当箱を落とすところだった。

 雨の中には魔物がいる。その考えは今もかわらない。

 先生を見る。この化学準備室には、魔物が現れないように思えた。

 ありがとうございます、先生。


 先生はお昼ご飯を食べないのかな?

 会話が終わると同時に作業に戻ってしまった。

 また、無言の時間。

 食べ終わってしまったし、やることがない。どうしよう。

 昨日から何度も観ている映画『駆ける青』のことでも考えようかな。

 先生から借りたDVDだ。

 テニスに燃える青春期を過ごした青年たち、カタルとキクナが主体になっている。

 ホラーでは、ほぼ定番化した裏切りもあった。


 「なのに、死なない」

 「ぶっ?!」

 「先生?!」


 先生は飲み物を盛大に吹き出して、むせている。苦しそうだ。


 「おまえはまた何を考えていたんだよ!」

 「先生から借りているDVDの『駆ける青』です」

 「ああ、アレか。あのなー、ホラー映画じゃないんだぞ!そう簡単に人が死んでたまるかっ」

 「そこなのです。四回は観たのですが、どうしても納得がいなかくてですね…はあ。悩んでいるのです」

 「……どのシーンの話なんだ?」


 先生が顔をあげている。

 視線がわたしに向けられている。目と目が合う。

 何だか鼻がツンッとしてきた。

 委員長がいたら抱きついて、彼女に今グルグル巡っている感情を吐き出してしまうかもしれない。それぐらい、嬉しい。

 ん?嬉しいとな?

 そう思うなんて、委員長の言葉を否定したというのに。

 いや!雨が寂しさを呼び込んだだけだ。


 「アズサ?」


 先生がわたしの言葉を待っていることに気づく。

咳払いをすると、まっすぐに見つめた。


 「あのですね。キクナが友達にも恋人にも裏切られるじゃないですか」

 「ああ」

 「それなのに、鉈をもった巨体の男の人が現れないのはおかしいと思います!」

 「ホラーじゃないからな」


 わたしたちの間に沈黙が生まれる。


 「で、でも!罰せられて報いを受けてもおかしくない状況ですよ!こうー…鉈で背中をバッサリと死なない程度にですね」

 「ホラーじゃないからな」


 再びの沈黙。


 「裏切りがあったのに許されるなんて不公平ですよ。理不尽過ぎます」

 「何度も繰り返しになるが、ホラーじゃないからな!アズサは何と混同しているんだ!」

 「『悲しみの地獄案内人』という罪を裁く殺人鬼が出てくるホラー映画です!」


 仮面を持ち上げ、上斜め四十五度に顔もあげる。


 「自信満々に言うなっ!」


 「どうしても、ホラー映画では全員に生き残って欲しいのです。頭の中にはわたしも登場させたりしているのですが、なかなか上手くいきません」

 「使命だったな」

「『駆ける青』の場合は先生の言う通りに、ホラー映画じゃありません。わたしを登場させる必要はないのです。それなのに、こうなって欲しいとかああなって欲しいとか考えてしまうのです。それって、おかしくありませんか?」

 「あのな、アズサ」

 「はい、何でしょうか?」

 「人はその感情を感想というんだぞ」

 「えっ?!」


 …これが感想?

 今まで抱いたことのない感情に振り回されていた。

 わからなかった。気づかなかった。

 『水にゆく』で感じた思いもソレなの?


 「ちなみに、その鉈男の話しは……いや、いい。絶対に話すなよ」

 「ツキイチさんのことですか?彼はですねー…」

 「話さなくていいっつーの!」


 先生の大きな声で遮断されてしまった。


 『駆ける青』では、一人がプロの道をもう一人が牧師の道を選ぶ。

 月日は流れ、シワの増えたカタルが罪の告白をしにくる。

 確かに、ツキイチさんに鉈でバッサリとやられるほどのものではないのかもしれない。

 でも、カタルはキクナの恋人を奪い結婚までした。女の人もヒドイよ。やっぱり、納得いかない。

 何でキクナは許したのだろう?

 『自分もまた未熟だった』

 『若かったのだ』

 と、独白めいたシーンでは毎回うなってしまう。

 牧師になるぐらいだものね。心が広いのだろうな。

 わたしだったら、一生許さなくてもいいと思ってしまう。

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