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そして、始まるーA面ー①

 わたしたちは、夜の校舎をがむしゃらに走っていた。周りの友人たちは、無事にこの魔の巣窟と化した校舎から脱出できただろう。

 その為に、わたしとタロウは囮役をかって出たのだから。

 彼は死んでもいいと半ば投げやりになっている。わたしは、タロウを励まして生きるように説得する。彼がうなずいた瞬間、アレがやってくる気配が漂い始めた。

 固く目をつむっても、網膜にまで張りついた闇は取り除けない。アレが徐々に殺意を増して、近づいてくる。

 「アレはわたしたちを生かさず殺さず、痛めつけて楽しんでいます」

 わたしの言葉に、タロウは苦い顔をする。彼の右足はアレの攻撃にあって、負傷している。本当に快楽の為だけに存在しているようだ。

 「どうやって、殺すかです」

 逃げ出したい気持ちは、もちろんある。戦いたい気持ちもある。でも、身体は一ミリも動いてくれない。

 「命の保証はできないですけど、頑張りましょう」

 何としてでも、タロウだけでもここから逃がさなければ!他のみんなと同様に生きて欲しい。

 こっちにくるな、と叫ぶ声がする。わたしは、慌てて目を開けた。

 アレは、わたしを通り過ぎてタロウに狙いを定めたようだ。ジ・エンド。

 そんな単語が心を支配していく。タロウの頬にアレの生臭い息が触れて、彼は最期になるであろう叫び声をあげた。


 「あぁ。タロウが死んでしまいました。また、見殺しにしてしまったのですね。わたしに力さえあれば、アレを殺せたのに」

 「朝から何を不吉なことを言っているのさ」

 頭を軽く叩かれて、わたしは我にかえる。地面から声の主へと視線を移した。

 いつの間にか、委員長が立っていた。

 ここは、もちろん夜の校舎ではない。さっきまで、わたしがいた場所はホラー映画の世界なのだから。

 …正確には、勝手に頭の中でストーリーをねじ曲げた、ホラー映画の世界だけど。わたしが頑張ってもタロウー…彼をまた助けられなかった。

 「…、おはようございます。わたし、また声に出していましたか?」

 「うん。ブツブツと物騒な言葉を呟いていて怖かったわ」

 「悪いクセなので直したいのですが、難しいですね」

 「まあ、あたしの前でぐらいならいいんじゃない?」

 「ところで、彼氏さんはどうしたのですか?」

 「少し遅れるって言うから、先に待ち合わせ場所にきたの」

 わたしは、小さくうなずくと空を仰いだ。さっきまで、脳内で繰り広げられていた殺伐とした世界は消えて、現実がゆっくりとやってくる。

 今日の空は、とても青くて心地良い。


 わたしは幸せだ。

 周りが羨むぐらいの、美人のお母さんがいて、わたしをリトル天使と呼んでくれるお父さんがいてーー。

 それだけじゃない。昔はお隣さんにも、よく可愛がってもらっていた。特に、歳の離れたお兄ちゃんみたいな存在の彼は、いつも優しくしてくれた。

 だから、そんなわたしは恵まれている。


 『いい人が好き』

 頭の中で、お母さんの声がする。わたしはうなずいた。


 隣に住んでいた彼には、最初の出会いの時から恋人がいた。その隣を歩く女の人は、コロコロとかわっていたけど。

 わたしが彼にとって、恋愛対象にならなかったのは、仕方のないことだと思う。当時、わたしは小学生で彼は大学に入ったばかりの大人だったのだから。


 『ホラー映画に出てくる人の中ではね、いい人が好きなの』

 頭の中で、お母さんの声がする。わたしはまたうなずいた。


 隣に住んでいた彼と、また再会できたらわたしは恋愛対象になれる?ううん。それはムリな話。


 『でもね?本当はホラー映画は嫌いなの。たくさんの人が死ぬから。いい人も死んでしまうから』

 頭の中で、お母さんの声がする。わたしはまたまた、うなずいた。


 わたしは、わたしの世界に誰も深くは立ち入らせる気はない。

 無力なわたしは、未だにホラー映画の登場人物たち全員をハッピーエンドへと導けていない。ホラーは、架空の世界だ。好きなように脳内変換できそうなものなのに。

 それが結構、難しい。そんなわたしが、現実の世界で人を幸せにできると思えない。きっと、不幸にする。

 ホラー映画の世界で誰も死なない道を頭の中でだけでも描く。そして、頑張ってハッピーエンドにしてみせる。


 そうしたら、お母さんも喜ぶよね?


 今のわたしの立場では、恋をする余裕もないと思う。というか、幸せになんてなってはいけない。そう、強く思う。


 『わたしは、わたしはね…』

 頭の中で、お母さんはなんて言ったのだろう。思い出せなくて、ただうなずいた。


 わたしはホラー映画を観て育った。昨日もDVDを何枚か買ってきた。全て、ジャンルはホラーだ。

 ゾンビものに、殺人鬼にモンスター、怨霊。

 どうやったら、死者を出さずにエンディングを迎えることができるだろう?考えて、考えて、考えて…。それでも、全員は救えていない。めげずに、何度でも頭の中で勝手にハッピーエンドを探す。

 昨日も今日も明日も…多分、これから先の人生もずっとかわらないのだろう。

 昨日もわたしは、空を見上げた。昨日の空は、今にも雨が降り出しそうだった。

 思わず荷物を持つ手に力が入ってしまう。それぐらいの天気だった。傘を持って買い物に出たわけじゃないから、急いで帰らなきゃ。足は、自然と早歩きになる。

 「濡れなきゃいいのですが」

 また、独り言を呟いちゃった。委員長に注意されている毎日なのに。

 雨と関連づけて、あの日(・・・)のことが浮かんでくる。

 お隣さんだった彼、元気にしているかな。ある日突然、引っ越してしまったから、もう何年も会っていない。大好きな人だった。でも、あまりにも幼い感情だった。

 「今のわたしには関係ありませんけどね」

 雨は好きじゃない。彼は、雨の日にわたしの前から消えたのだから。

 それだけじゃなくてーー。


 そこまで考えて、思考を停止させた。肺を、そして心を浄化させるように何度か深呼吸をする。

 ふと、複数の視線を感じて、そちらに顔を向けた。不自然なくらいに逸らされる視線に視線に視線ー…。でもそれは、いつものことだ。

 わたし、手鞠(てまり)アズサは殺し屋。

 そんな悲しくもある、大変不名誉なアダ名をつけられてしまった。まあ、独り言が物騒なのは自覚があるだけに、何も言えないのだけど。

 でも、幸いなことに長年、探してきた理想通りの仮面を見つけたあとだったから、心の痛みは軽減されている。

 仮面がない時だったならば、かなりのダメージを受けていたかもしれない。しかし、大丈夫!

 「この仮面さえあれば無問題(モーマンタイ)です!」

 「いや、あんたの独り言は大問題でしょ」

 「!?えっ、また声に出していましたか?!」

 委員長は、呆れ顔でこめかみに手を当てている。本当にこのクセは気をつけなくてはいけないみたいだ。

 「おはよう~、二人とも。遅れてごめんね~」

 委員長の彼氏さんが爽やかな笑顔を浮かべ、手を振りながら走ってくる。わたしたちの前までくると、ふぅ、と息を整え始めた。落ち着いたのか、彼氏さんは更に笑みを深める。

 「よ~し!みんな揃ったし行こう」

 「あ、はい」

 「遅れてきたクセに仕切るのか」

 

 何気なく、わたしは道路をはさんだ向こう側を見た。心をざわつかせるような懐かしい姿をとらえる。

 その人は、マウンテンバイクに乗っていたから顔も一瞬だけしか見えなかった。

 黒髪をなびかせて、すぐに行ってしまったし。それに、お隣さんだった彼の髪は茶髪だった。

 何より今はどこにいるのかわからない。気のせい?

 「アズサ、行くよ」

 「あ、はい」

 わたしは頭を振ると、委員長たちに笑顔を向けた。


 委員長たちは、小学生の頃からつき合っている。公認のカップルだ。

 高校生になった今、二人きりの登校デートを楽しんで欲しいと思っている。心から思っている。なのに、何故?

 「あの、今更の確認なのですが、お二人はつき合っているのですよね?」

 「本当、何を今更。アズサはあたしらが邪魔だとでも思っているの?」

 いや、むしろわたしの方が邪魔な気がする。三人で登校っておかしいよね?

 それとも、わたしの感覚の方が間違っているの?!

 「手鞠さん、見て見て~。ほら、ぼくたちの手」

 そう言って、彼氏さんはわたしに見えやすいように繋がれた手をあげる。

 「恋人繋ぎっていうやつですね」

 「アズサ、黙って。お願い」

 「セツちゃんってば、未だに恥ずかしいんだって~」

 「ソラくん?公衆の面前で張り倒しますよ?」

 睨みつけながらも委員長は、手を離したりはしない。それにしてもー…。わ、耳まで真っ赤。こんなにも仲が良いのだから、尚更、わたしは邪魔だよね。

 よし!わたしが退場して二人きりにしてあげよう。わたしは咳払いをすると、二人の前に立った。

 「今日こそお二人だけで登校してください!」

 「アズサ?」

 「手鞠さん?」

 二人が不思議そうな顔をする。わたしは言葉を続けた。

 「独り言には気をつけます!誰にも絡まれないようにと考えた、校則をきっちりと守った制服と三つ編みを見てください」

 「?うん?」

 「更にコレです!この仮面!真っ赤な血のように染まったコレさえあれば無敵です!」

 「アズサ、声のトーンを抑えて」

 「そう!誰も簡単には死なせません!タロウも救います!」

 「だから、声が…」

 「誰も簡単には殺せないでしょう!殺られる前に殺る精神でいきます!だから、安心してください!」


 ーーーざわっ。


 周囲がざわつき始める。

 え?わたしは決意表明をしただけだよね?

 「安心できるかぁー!何が仮面だ!ただの赤いフレームのメガネでしょーがー!」

 「セツちゃん、落ち着いて!周りのみなさんも朝からごめんね。二人は、ぼくが責任をもって連れていくので!では、失礼します。あはは~」

 彼氏さんが委員長の手を引っ張る。と、必然的に委員長に襟首を掴まれていた、わたしも引きずられる。

 その最中に聞こえてきた、複数の声。


 ーーあの主張の激しい赤いメガネは、やはり返り血なのか、とか。

 ーー昨日は、何人いたぶったんだよ、コエー、とか。

 ーー裏の世界と繋がりがあるっていうウワサもあるらしいよ、とか。


 他にも何か言っていたっぽいけど、ざわめきから遠ざかっていくわたしの耳には入ってこなかった。


 校門に到着する頃に、ようやく、わたしは委員長の手から解放された。

 「本当にごめんなさい!」

 「アズサ、あんたね!悪目立ちし過ぎだからね。あたしは、不愉快だよ。アズサのことがじゃないよ。周りから根も葉もないウワサ話をされることに、メチャクチャ腹が立つ!」

 「まあまあ、落ち着いて~」

 「わたしがいつも物騒なことを呟いてしまうからですよね。お二人にも迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」

 「わかっているなら気をつけて」

 「セツちゃん、落ち着いてよ、ね?」

 それからは、三人とも無言で玄関に向かった。

 委員長が心から注意してくれているのは、頭では理解している。でも、それを素直に喜べない自分がいる。

 委員長が怒るのは、わたしを心配してくれているからだ。なのに、放置してくれたらいいのにって、ヒドイことを思ってしまう時がある。

 彼女たちには、幸せになって欲しい。

 『殺し屋』なんて呼ばれている、わたしの側にいてはダメだ。そう思っているけど、同時に側にいてくれることに安心している部分もある。結局、わたしは甘えているんだな。

 今日は始業式でクラス替えもある。

 玄関入口の真正面の壁には、一年生から三年生までのクラス発表が、貼り出されていた。

 委員長とは、小学生以来、同じクラスになっていない。彼氏さんは一つ上の先輩だし。三人一緒になるのは、通学中と昼休みぐらいだ。

 「アズサと同じクラスだといいな」

 「何でですか?」

 「そうなれば、あんたのホラーな独り言のフォローもできるでしょ」

 「う。……はい」

 本当に心配も迷惑もかけているよね、わたし。反省。

 まず最初に、ニーA組に委員長の名前を見つけた。その中にわたしはいなかった。

 委員長が軽く舌打ちをする。いや、見た目が小柄で可愛いリスみたいなのだから『ちっ』は止めた方がいいですよ。

 と、言いたいけれど心の中だけにする。彼女は身長が低いのがコンプレックスだから。わたしのコンプレックスは何だろう?

 …………殺し屋とか呼ばれてしまうところか。自信のなさか?自虐的なところ?暗い性格?あり過ぎてへこんできた。

 「はあ」

 その時、少し離れたところで女子が騒いでいるのに気づいた。いや、女子だけじゃない。複数の生徒たちがC組を見て、どよめいている。

 「うわっ、最悪」

 「もう進級したい!これだったら、留年した方がマシだったかも」

 「何?チキってんの?」

 「でも、あなたも足が震えているよ?」

 ……。何となく予感めいたものを感じながら、そのクラスに目を通した。


 『十三番女子、手鞠アズサ』


 わたしの名前がそこに記されていた。『十三』という数字はわたしの名前とドッキングされると、より人々に恐怖心を与えるらしい。不吉だ、とか囁き声が聞こえる。

 担任の先生の名前も確認しようとした。でも、委員長に腕を引っ張られてしまった。

 「行こ」

 「は、はい」

 もう一度だけでも確認しようと振り向いた時に映ったのは、わたしを軽蔑するような眼差しと怖れているような顔だった。

 一瞬だけ『夕崎(ゆうさき)』という担任の先生と思われる苗字が見えた。お隣さんだった彼も夕崎だ。

 「…っ」

 胸に手を当てる。心がざわつくのを感じた。


 「結構ギリギリに学校に着いたから、すぐに始業式だね~。なんか新任式も一緒にやるみたいだよ」

 「そうなんだ。ソラくんは何組だったのさ」

 「ぼく?A組だよ。また、例の彼と一緒だった~」

 「へぇ。あのモテるんだけど、ボーッとしている人だよね?」

 「そうそう。未だに、何を考えているのかわからない人なんだよね~」

 「三年間ずっとか。スゴいね」

 二人の会話を聞きながら、担任の先生のことを考えていた。懐かしい響きの苗字に胸が小さく痛む。思い出すのが怖いようなビミョーな感覚だ。

 同じ苗字の彼は今はどこにいるのだろうか。わたしを『妹のようだ』と優しく言ってくれた、お隣さんの彼は。


 二人と別れ、わたしは新しくスタートを切る教室へと向かう。

 「ねえ、見た?」

 「見た見たぁ!アレって新任だよねぇ?」

 「黒髪!色白!優しそうな雰囲気の!タイプの顔だった」

 「三年の先輩以来のイケメンだよね」

 「職員室に行ってみようよ」

 教室の中から楽しそうに話す声が聞こえる。よし!わたしも。

 足を踏み入れた瞬間、話し声が止まる。それから、わたしを避けるように生徒たちが散らばっていく。やっぱりか。

 中学二年の時もそうだった。一年の時にやらかしたことで、悪評が流れて…。

 わたしは仮面にソッと触れた。わたしは、大丈夫。

 「すーはー、すーはー」

 心を落ち着かせるように深呼吸をする。ついでに、頬を両手でパシッと叩く。

 「よし!やりますか!」

 クラスメイトたちがビクッとなったのを感じた。


 ーーー殺るって!?早速?とか。


 ザワザワしている。…………しまった。

 背中を軽く丸めながら、自分の席へと移動する。それから座ると、昨日から救出方法を考えている登場人物の一人、タロウのことを思い浮かべた。

 

 わたしにとって、ホラー映画は身近な存在だ。色いろなジャンルがある中でホラー映画が一番理不尽な死が多い気がする。とは言っても、ほぼ、ホラー以外は観ないから比較はできないけど。

 そんな悲しい物語をハッピーエンドにするのが、わたしに与えられた唯一の役割だと思っている。思い通りにいけば、わたしの世界もきっと輝く。

 だから、ずっと頭の中で救出方法を探しているのだ。

 殺人鬼やモンスターが現れる前に被害者たちに報せてみたり。ワナがあれば解除したり。怨霊だったら親身になって説得してみたり。本当に色いろやってきた。そして、一人一人助け出してきた。

 でも、どうしても不幸になってしまう人物がいる。それが今回はタロウなわけだけど。

 独り言を呟かないように気をつけなくちゃ。わたしは目をつむる。映画の冒頭から映像を浮かべていく。今度こそぶっきらぼうだけど、仲間想いのタロウを救うんだ!


 始業式が始まって数分が経った。校長先生の話がまだ続いている。わたしは、キレイに磨かれた床を見つめていた。

 タロウは、さっきから何度もわたしの頭の中で死んでいる。一人だけ戦おうとするからいけないのだ。仮面があれば何でもできる気がしていた。確かに、この仮面に触れることで、わたしは現実世界で心を落ち着かせることができるようになった。

 でも、ホラーの世界では無力だ。全員を救えたらきっとーーー…。

 「あ、また死にました」

 隣に立っている、男子がわたしから距離をとったのが気配でわかる。また、やってしまった。

 始業式が終わり、そのままの流れで新任式が始まる。次の瞬間、体育館がざわつき始めた。わたしが何かやらかしたのかと慌てて顔をあげた。そして、そのまま、固まった。

 「…ウソ…」

 三人の新任の先生たちが立っている。それはいい。気になるのはそんなことじゃない。その一人に目が釘づけになる。

 苗字を見た時から。ううん。朝、マウンテンバイクに乗った黒髪の人を見た時から彼のことを思い浮かべていた。でも、まさかの本人登場だなんて。

 「夕崎セイジです。産休中の(みなみ)先生にかわって二年C組の担任になりました。一所懸命に頑張ります。よろしくお願いいたします」

 六年ぶりに声を聞いた。それだけで涙が出そうになる。帰ってきた。当時の面影のままだ。柔らかな笑顔を浮かべている。

 女子が更に騒ぎ出す。


 ーー久しぶりの当たりじゃん、とか。

 ーー優しそう!カッコいい!とか。

 ーー結婚しているのかな?彼女は?薬指が見えなーい、とか。


 他にも色いろ。みんなの気持ちがわかる。わたしもドキドキしていた。

 彼に初めて会った時、わたしは七歳だった。引っ越してきたばかりのわたしたち家族は、挨拶巡りをしていた。

 彼が家から出てきて笑顔を向けてくれたのを鮮明に覚えている。わたしは何となく恥ずかしくなって、お父さんの背中に隠れたっけな。

 そんな姿を見て彼は、可愛いね、と言ってくれた。今なら、お世辞だってわかる。

 だけどその時は、自慢のお母さんに近づけたと思って嬉しかった。

 『可愛い』という言葉は、お母さんにピッタリだったから。お母さんもお父さんもお隣の彼も、みんなみんな笑顔だった。わたし一人だけ、恥ずかしくてうつむいていた。それからの三年間は幸せだったな。

 彼がヒマな時は、遊び相手になってくれた。彼女がコロコロかわるのは不思議だったけど、幼いわたしにはあまり関係なかった。

 一度だけ、わたしが大人になった時に彼女がいなかったら結婚しようよ、みたいなことを言った気がする。勢いというか。その時は、本当に大好きだったから。

 彼は何て返したのだっけ?なんか難しいことを言っていたような?ロリなんとかになってはいけない……とか何とか。頭を抱えていた気がする。

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